「...よし、『Vote System』動作停止完了。これまでの投票データも削除済。ログも削除、バックアップも削除。これですぐに復旧はできない。すぐにタンザの元に...」


モニターから目を離し、振り返ったハクが目にしたのは、扉の前で仁王立ちで待ち構えるダイヤだった。


「...ダイヤ様、いや、コンゴウ博士?」

「...『B-01』は2のタンザ博士のおかげで十分な『ヒトの感情』を持った人工知能に育った。世界も驚く結果だ」


ダイヤはハクの横を通り過ぎ、『Vote System』の停止画面が映る巨大モニターまで歩んでいく。そして、操作盤上にあるいくつかのキーを押し、モニター上に『Vote System restoration』の文字を映す。「え!?」と驚きの声を漏らすハクに、丁寧にダイヤが語り始める。


「バックアップは3つある。最後のひとつは研究団ストーン管轄の外。俺以外アクセスできないところに置いてある。絶対にお前は常々の学習結果から研究団ストーンのデータベース内にすべてが置いてあると考えたんだろう。それがAIの欠点だ。人間とは違い、想定外の行動に弱い。そして人間は実のところ、ぽんこつである故に『ほぼ起こり得ない可能性』についても想像することができる。お前という、俺が造ったロボットが、俺の開発したシステムを止めに来るという、なんとも奇妙な可能性をだ。俺が人間であるおかげで、俺はお前を出し抜くことができた訳だ」


ダイヤはそう言い終えると、ハクの首を両手でつかみ、思い切り可動域とは逆方向に捻じ曲げた。ハクは抵抗する間もなく、身体と頭部を引き千切られてしまった。落ちていく頭部を、ダイヤは拾い上げて抱える。


「これが負けの証拠だな」


ダイヤはそう呟くと、ハクの身体を置いて部屋から出ていった。しばらくして、再度扉が開き、青髪の少女が床に落ちている身体に向かって駆け寄ってきた。少女は白いワンピースに包まれた、顔のない身体を抱き、ぽつりとつぶやいた。


「おねえちゃん」


その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。


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ダイヤは第4共同研究室に向かっていた。『B-03』を利用し、タンザを此処に呼び寄せる算段だった。タンザがガス室から脱出できたことは知っていた。ダイヤは脱出できたという事実に敬意を表し、もう一度会って、『生きて』研究団ストーンから出してやろうと決めたのだった。地上に登り、第4共同研究室に向かう道中に、メカトロクラスの大実験ホールを震源地として大きな揺れが起きた。地下は揺れに強いように特殊構造が組まれている(この研究は、表に出せば日本国民が泣いて喜ぶはず)。しかし、地上は揺れに強くはない。各々の閉まった扉の向こう側から、がちゃん、がたり、と物が落ちたり割れたりする音が聞こえてくる。そして刹那、建物の崩壊音がダイヤの耳を貫いた。


ダイヤは、ついにかと音の方を向いた。その巨大ロボットは、大実験ホールの天井を貫き、よくある大型クレーンよりもう一回り大きいくらいまで展開され、その身体は大量の瓦礫で構成されていた。かつての大地震で発生した、行き場のない瓦礫をトリルノースが引き取り、再利用することになっていた。しかし、その瓦礫は忽然と姿を消したのだ。どこに行ったかと思ったら、このロボットの胴体に使われていたのか、とダイヤは納得した。巨大ロボットは、その身体をうまく利用することができず、のたうちまわっていた。その間、バイオクラスの居住エリアだとか、諸々の施設を壊してしまっていたが、ダイヤには大したことはない問題だった。


今日は研究員は全員休み、強制的に帰省させている。そして技術庁となる新しい研究団ストーンの建物は、第1地区に既に完成している。むしろ、取り壊しをやってくれた方がありがたいのだ。研究団ストーン跡地は、各種部品や基板類の量産工場として建て替える予定だった。


巨大ロボットに人間の意識が取り込まれると、人間が本来使える五体と、今後のボディとなるロボットの可動域制限によって、相当なストレスを感じるらしい。過去のタンザ博士の実験では、蛇に人間の意識を組み入れた時、即座に蛇がショック死したというデータがあった。腕がない、脚もない、そして喋れないという環境下に精神的に耐えれなかったのではないかという考察がある。今まで当たり前にあったものをほぼすべて失ってしまう形になり、そのショックで被験者は亡くなったのだ。


そして今、目の前の巨大ロボットにはかつての先輩の意識が入っているのだろうが、自身が思う以上の不自由さに混乱し、暴れまわっているように見えた。それをダイヤは「...愚かな研究を、あれほど拒んだ実験を、最後の最後に遂行してくれてありがとうございます。吉居先輩」と言い、目を反らした。


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タンザ...硝子は、とある部屋で目を覚ました。その部屋は、大学卒業まで過ごした実家の、自分の部屋だった。大学時代の趣味のアニメポスターや、描いていた(または、描いている途中の)カンバスボードが壁に立てかけられている。ふと左腕を見る。硝子は左利きだった。左腕には、見慣れぬ何やら軽い存在で出来たロボットアームが取り付けられていた。なんだこれはと眺めていると、がちゃりと部屋の扉が開き、海月マリンがひょこりと顔を覗かせた。


「...目が覚めたか、よかった」


ほっとする海月の表情を、硝子はじっと見つめる。そして、疑問をぽつりとつぶやいた。


「大蛇は、どうやって撃退したん?」


マリンは、何食わぬ顔で


「それが、お前が奥の部屋へ向かった後、すぐにいなくなった」


と答えた。


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硝子が目を覚ましてから数日。このうちに、トリルノースであった出来事について海月から聞いた。


まず、トリルノースの新市長に土屋伴久が就任したこと。そして、研究団ストーンを前身とした『技術庁』が発足し、その技術庁長官が土屋伴久となった。長官を補佐する副長官は黄瀬芯弥...研究団ストーンで『ダイヤ』を名乗っていた人物が就任した。技術庁には特別な『技術士官』が配置され、『一等』から『四等』に分かれているという。四等技術士は研究団ストーンにおけるメカトロクラス、バイオクラスの研究員、三等技術士からは昇格式のようで、今後任命されていく方針だという。そして、技術庁名誉技術士は『ミスター・ストーン』であった羽鳥利一が就任した。今年の9月までに、トリルノース市民全員に対し『トリルノース・ID』が発行され、9月以降から正式に名乗る際に『ファーストネーム・ラストネーム』で名前を名乗り、サイン等もローマ字で記載するよう義務化されていくという。そして、3月に幼稚園・保育園を卒業し、4月から初等教育を受けるはずだった子供たちは、半年の期間プリスクールに通うことになり、9月から小学校に入学する運びとなった。らしい。


「...うちらは、どうすればいいん」

「またゲームしとんやろ?なら、勝敗が決まるまでは俺らは生かされてんじゃね」

「それはそう、一生あいつにかかわらん事だってできるわけよね」

「...どうせ硝子のことだ。このままじゃダメやろ」


硝子の今の服は、かつて大阪でハクが着ていた物だった。実家にあまりにも服がないので、硝子の親も困っていたところに海月が思い出して新城が運んでくれた荷物から引っ張り出してきたのだ。


結局、あの日硝子が意識を手放した後、海月が必死に硝子を抱きかかえ、走って逃げてきたのだという。その間、ダイヤも、『B-01』も、攻撃することなくただ見ていただけだったという。勝負を仕掛けた手前、すぐに殺すのはルール違反だもんな、と海月は独り言ちた。新城は研究団ストーンの崩壊を外から見ていたらしく、硝子達が逃げてくることを察知して準備してくれていた。そして、絶対に研究団ストーンからのアプローチが来ない、一般市民の居住地である実家に避難してきたという事だった。


「...次は勝つ。あまりにも情けないし、あまりにもどうしようもない1年やったわ、今でも、意味が分からない」

「...まあ、な」

「...うちらじゃ、何の解決もできん気がするんよ。何でそう思うかっち言われるとわからんけど...ただ、今のままじゃダメな気がする」


硝子ははあ、とため息をつく。海月は、そっと硝子の肩に腕を回した。


「...時間がかかってもいい、生きているうちに、方法を探そう。俺らの過ごした街を、助けるために。このままだと、本当に機械まみれの、人間のいない街になるけんね」


海月の提案に、硝子はただ、「うん」と答えるしかなかった。


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2032年4月。大阪。1組の夫婦の元に、新たな命が届けられるも、あっけなくその命は終わりを迎えた。それも、夫婦の知れぬところで。母となるはずだった人物は、その事実に深く悲しみ、そして疑問の念を抱いた。


「遺体があるはずでしょう、何故、それもないの?」


母になれなかった彼女は、ただ唇から血が滲むまで、噛み締めることしかできなかった。そこに、父に鳴れなかった人物が彼女に提案する。


「...トリルノースに行こう」


彼女は、彼の方を向く。その眼には、希望のと怒りが入り混じった光が灯っていた。


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永遠という縛り るた @armmf_f

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