第2話 出会い:Boy meets girl

 日本から出発して数日後、船は無事米国西部の港町である桑港サンフランシスコに到着した。そして航は人生で初めて、異国の地に降り立つのであった。かつて学校の授業だと米国は「自由」の精神を掲げている国だと教わったのだが、自分は今、その「自由」の国の大地に立っているのだ。

 ここからは鉄道を利用して紐育へ向かう為、駅を探していた。その時、一人の少女に馴れ馴れしく絡もうとする二人組の男を見かけた。

「なぁお嬢ちゃん、俺達といい事しないか・・・」

「そうだ、このお兄ちゃんには逆らわない方がいいぜ」

 男の一人が少女の顔に触れようとした時、それを嫌がった少女が男の手を振り払った。

「やめて! 汚らわしい!」

「おい、女の分際で・・・!」

 男が乱暴に少女に迫ろうとした時、航が男の腕を力ずくで止めた。

「そこの野郎ども、女の子に対してちぃとおイタが過ぎやしませんかね?」

「うるせぇ、テメェは関係ねぇだろ!!」

「コイツ、よく見たら"ニホンジン"じゃねぇか。"ニホンジン"の分際でいい気になるんじゃねぇよ!!」

 男の一人が航に殴りかかろうとするが、ヒラリと身をかわし、男の腕を掴んだ後そのまま放り投げた。もう一人の男も背後から襲い掛かろうとするも、航に見抜かれてしまい、腹部に勢いよく鉄拳をお見舞いされた。

「お、覚えとけよ小僧!!」

 男たちはそんな捨て台詞を残して逃げ去っていった。

「フン、お前らを懲らしめるくらいなら陰陽の術を使わなくても十分だぜ」

「あ、ありがとうございます。この度は何とお礼すればいいか・・・」

 感謝の意を示す少女に対して、航が言った。

「お礼か・・・。まぁ言っちゃあ難だが、体を動かしたらちぃと腹が減ったからな、君が持っているそのパンを少し分けてくれないか?」

「え・・・!?」

 よく見ると、少女はパン屋の紙袋を持っていたのだ。

「わ、わかったわ」

 航と少女は近くの広場で少し早めの昼食を取ることにした。

「そういや君、親御さんとかいないのか?」

「母は幼い頃に亡くなりました。父は今もどこかで暮らしています」

 航の問いかけに対して、少女は色々と話してくれた。


 少女の名前はケニー。航より3歳年下で、アメリカ・インディアンの部族の一つである"ヒポ族"の少女だ。ヒポ族をはじめ、アメリカ・インディアンは大自然にいる精霊たちとの意思疎通コミュニケーションが可能で、精霊の力を行使することも出来る。しかしアメリカ・インディアンの殆どが欧州から渡ってきた入植者たちにより土地を奪取され、民族としてのアイデンティティも「彼らの価値観に合わせる」という名目のもと、強制的に否定されることとなった。ケニーもまた例外ではなく、幼少期に「居留地」と呼ばれる場所に強制移住させられ、そこで自身のアイデンティティを否定されながら育ってきたのだ。そして15歳になった時、居留地での生活に嫌気がさした彼女は居留地を抜け出し、居留地行きにより生き別れとなった父を探しに旅を続けていたのだ。

 彼女の話を聞いた航は、彼女の境遇を自分のそれと照らし合わせていた。そしてケニーに自分の過去を話し始めた。


「や~い! 時代遅れのペテン師のせがれ!」

「近所のオッサンが言ってたけど、この前航の父ちゃんが人の苦しみを化物のせいにして、それでお金貰ってたそうじゃんよ」

「いっけないんだ~! 科学的にあり得ない話で人を騙すなんてインチキじゃん!」

「インチキなんかじゃない!! 僕の父さんは本当に魔物を祓って人々を守ってるんだぞ。父さんの悪口は僕が許さないぞ!」

「やめるんだ航! 喧嘩しても余計に印象が悪くなるぞ!」

「輝兄さん、だってこいつらが父さんを・・・」

「あんな奴らなぞほおっておけ。父さんの凄さは周りからは理解されなくて当然だ。お前が父さんの凄さを十分理解しているだけでいいんだ」

 航の父は「最後の陰陽師」として、邪悪な魔物たちから人々を守ってきた。三人の息子たちもそんな父の姿を幼い頃から見て育ってきた。中でも末っ子の航は父のような祓い師になりたいと望んでいた。だが近代科学の隆盛に伴い、社会全体が陰陽道の存在に対して懐疑的になっていくと、父の活躍に感謝する者よりも、父に対して批判的な者が多くなり、中には祓い師の尊厳を踏みにじるような者も現れた。土御門邸の周りの壁には「悪徳ペテン師」「化物使い」等といった落書きや貼り紙が増えていき、三人の息子たちも世間から白い目で見られるようになっていった。しかし社会が変わり、世間の評価が低くても、父は不満を漏らしたりせず、祓い師としての役目を全うしていった。そして航は「父はこの国から消え行く陰陽師の精神を守ろうとしている」「今度は自分が父が守ろうとした陰陽師の精神を継がねばならない」と考えるようになり、祓い師の修行に励んでいった。


 気づけば二人は紙袋の中のパンを全て食べ終えていた。

「そうでしたか、貴方もそんなことが・・・」

 航の過去を知ったケニーは、彼に親近感を抱くのであった。

「俺はこれから祓い師として紐育に向かわなければならない」

「紐育ですか。実は私もあそこへ行こうと思っていました」

 そう言うとケニーは革袋から新聞を取り出した。

「この町に来た時に買った新聞ですが、この写真を見てください」

 記事の写真には紐育市長の演説を聞く市井の人々が写っていたが、市長に一番近い場所に立っているガタイのいいカウボーイ姿の男を彼女は指さした。

「この男の顔は私の父にそっくりだったのよ」

「でも他人の空似かもしれないだろ」

「そうかもしれないけど、一度探し出して会ってみたい。あと貴方の話を聞いて思ったのよ。もしかしたら貴方の力になれるかもしれないと」

 その言葉を聞いて、航は妙な安心感を抱いた。

「そうか・・・。よし、だったら一緒に駅に向かうぞ!」

「待って、この子も一緒よ」

「何、もう一人誰かいるのか?」

 ケニーは指笛を吹いた。するとどこからともなく何かがケニー目がけて走ってきた。何やら雪のように白い獣のようだが、狐だろうか? しかしよく見るとまるで狼のような姿をしている。狐のようであり狼のようでもある獣・・・? そして航はコイツを大昔に動物園で見たことあったのを思い出した。コイツは北米大陸に生息している「コヨーテ」という獣だ。

「紹介するね。この子はディックっていうのよ」

「毎度おおきに!」

「しゃ・・・喋ったぞコイツ!?」

 航はビックリ仰天した。それもそのはずで、狐や狸ならともかく、人間語を喋るコヨーテなぞ生まれて初めて見たからだ。

「航、ディックはスピリチュアル・アニマルと言って、精霊の力を宿した獣なのよ。スピリチュアル・アニマルと会話したり、操ることが出来るのは私と同じ霊力の持ち主なの」

「そ、そうか・・・。よろしくな、ディック!」

「こちらこそぼちぼち行きましょか、航はん」

 航はディックの頭を撫でた。結構触り心地のいい毛並みだった。

「さて、ボーっとなんてしていられない。さっさと駅に向かうぞ!」

「はい!」

「せや!」

 こうして航、ケニー、そしてディックの二人と一匹は駅に向かって走るのであった。


「それにしても、ディックってなんで関西弁で喋っているんだ・・・?」

 

 

 

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凶星(マガツボシ):Exorcist in the Metropolis ケン・シュナウザー @kengostar2202

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