第1話 出発:Beginning

 東京の郊外にある武家屋敷のような荘厳な雰囲気の館。その家主である土御門重三郎つちみかどじゅうざぶろうは1000年程続く陰陽道凶星まがつぼし流の名家である土御門家の19代目当主である。土御門家は代々、人々を悪鬼や悪霊から守る「はらい師」として知られていた。しかし日本の近代化と共に、祓い師の仕事は人々から「非科学的」と見做され、多くの陰陽師が祓い師としての職を失う中、重三郎だけは「最後の祓い師」として、細々と活躍していた。

 

 ある夜、重三郎は息子の一人である航を呼んだ。

「親父、何か用でもあるのですか?」

「航、お前は本当に私の後を継ぎたいのか」

「何を言っているんだ、俺は本気だ。親父の後を継ぎたいが故にこの前学校を中退したばかりなんだぜ」

「やれやれ、お前は筋金入りの馬鹿息子だ」

 自慢げに宣う航に対し、半ば呆れ顔の父が言った。

「全く、凶星流の歴史は私の代で終わりにしようかと思ったのだが・・・」

「親父、それは本当かよ⁈」

 突然の重三郎の発言に耳を疑う航。

「ああ、知っての通りわが土御門家は祓い師として様々な魔から人々を守ってきた。しかし日本は近代化の道を選んだのと同時に、超常的な価値観は『非科学的』なものとして切り捨てることとなった。つまり我々祓い師を必要とする世の中ではなくなったのだ。そして私自身も祓い師としての能力が衰え始めていることに気づき始めたのだ。そういう訳で凶星流の歴史、そして祓い師の役目を終わらせることにしたのだ」

 息子に現実をわからせるかのように、物々しい口調で話す重三郎。

 そんな父の考えに対して、航が言う。

「親父の言う事はよくわかる。確かに人々は親父のことを『時代遅れのペテン師』などと罵った。しかし親父は何を言われようと、人々の為に祓い師としての責務つとめを果たしてきたじゃないですか。俺は幼少の頃からそんな親父の背中を見て育ち、その意志を継いで親父のような祓い師になろうと修行を重ねてきた。親父は最後にして最高の祓い師だ。たとえ社会が大きく変わろうと、凶星流、いや祓い師の存在を絶やしてはいけないんだ!」

 真剣な目をしながら必死で訴える航。

「ふっ、お前がそこまで考えていたとはな・・・」

 そんな息子の姿に心を動かされたのか、重三郎が言った。

「ならばお前が20代目当主に相応しいか、確かめた方がいいな」

 重三郎は本棚から一枚の写真を取り出した。写真には若い頃の重三郎、そしてその隣には小柄な男が写っていた。

「航、この男は私の友人である実業家の磯辺信人いそべのぶとさんだ。磯辺さんは現在家族と共に紐育に暮らしている」

 航は興味深そうに父の話を聞いた。何せ祓い師の仕事一筋だった父にそんな知人がいたなんて初耳だ。

「この前磯辺さんから手紙が来たのだが、どうもそれによると最近紐育では奇怪な事件が多発している。それも現代科学では解明出来ないような事件がな。それで私は紐育に来てほしいと頼まれたのだが、その代わりとして航、お前が紐育へ渡ってほしいのだ。そこでのお前の祓い師としての活躍で、お前が20代目当主に相応しいか試してやる」

 父の発言に航は驚いた。

「お、俺が異国の地へですか!?」

「航、今の日本は近代国家として発展しているが、米国はそれをしのぐほどの超文明国だ。それ故に今の日本と同じく怪異的な存在なぞ『非科学的』の一言で済まされる。そこでのお前の活躍を通じて、本当に祓い師の存在意義があるのかを知ってほしいのだ」

 父の話を聞いて次第に納得したような顔になる航。

「航、まだまだ若いお前には無茶かもしれんが、だからこそ世の中を知る必要がある。この話、引き受けてくれるか?」

 航は暫く黙った後、大声で言った。

「ああ、これもわが土御門家の為だ。米国だろうが何処だろうが行ってやるよ! たとえ場所が違おうと陰陽師としての誇りを見せてやるよ!」

 息子の勇ましい言動に、ほっと胸をなでおろす重三郎だった。


 数日後、港には荷物を担いだ紳士服姿の航がいた。これから米国行きの汽船に乗るところだ。

その時、後ろから航を呼ぶ声がした。振り向くと航より年上の二人の男がいた。

いさむ兄さんにひかる兄さんじゃないか!」

 航の二人の兄である勇と輝。5歳上の兄である勇は「多くの人々を医術で救いたい」という理由で医者を、そして2歳上の「多くの人々の味覚を喜ばせたい」という理由で料理人を目指していた。

「親父から聞いたぞ。20代目当主になる為に渡米するそうだな」

「という訳でお前を見送りにきたぜ」

「兄さん・・・」

 今後しばらく顔を合わせることがないであろう二人の兄と話を交わす航。

「しかし航、米国に行くというけど、英語わかるのか?」

「安心しろ輝、コイツは英語の成績が本当に優秀、いや英語以外はカラッキシだったな」

「勇兄さん、そいつは大きなお世話だ」

 二人の兄のいじりに赤面しながら躊躇する航。

「いけねぇ、もうすぐ出港の時間だ。勇兄さん、輝兄さん、俺は向こうでもなんとかやっていくから心配しないでくれよ! そして兄さんたちも頑張ってくれよ!」

 二人の兄に向ってそう叫ぶと、航はさっさと乗船した。

「なぁ、アイツ向こうでもちゃんとやっていけるかな・・・?」

「なぁに、親父の仕事を継ぐことを俺達よりも望んでいたアイツのことだ。異国の地でも何とかやっていけるだろうよ・・・」

 次第に姿が見えなくなっていく弟を眺めながら、二人の兄は呟いた。


 それからして、船は米国に向かって港を出た。一族の誇りと己の向上心を胸に秘め、若き陰陽師は未知なる世界を目指すのであった。


 



 

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