森林浴&飛びこみ営業 🛀
上月くるを
森林浴&飛びこみ営業 🛀
香りは記憶の名ナビゲーター……なあんちゃってね~。(´ω`*)
爽やかな森林の香に包まれ、ヨウコさんは呟きました。(´艸`*)
節約な彼女には珍しく昼風呂に入浴剤を奢ったのは、洗面所の抽斗に昨冬の残りを発見したからで、シュワシュワシュワ、硬質な水道がたちまちマイルドに華やいで。
🍸
やれやれと身体を伸ばすと、繁華街のほの暗いバーが、まなうらに浮かびあがる。
ママが一見の客に冷淡な「いらっしゃ~い」、カウンターの客も一斉に振り返る。
そのひとりが郊外の秘湯の老舗旅館の経営者だったので、思わず二の足を踏んだ。
ヨウコさんの営業先のひとりだが、いまで言うセクハラが相当に過度な人で。💦
踵を返したかったが、連れて行ってくれた商工会の先輩諸氏の手前そうもならず。
それに商品の卸や雑誌の広告取り……飛びこみで開拓した大事な顧客だったから。
「両隣は、宇宙公園を管轄する省のお役人さんだよ」商工会の役員に耳打ちされて、え、いいの? そんなこと……思いはしたが、もちろん、オクビにも出せやしない。
ちなみに、ごく一部の高潔な人品を除き過半の男性が隙あらば……の風情を見せたこと、あの時代に一線で働いていた女性たちの多くが苦い記憶に留めているだろう。
🚙
セクハラ社長の旅館は宇宙公園内にあり、野趣ゆたかな露天風呂が名物だったが、渓流沿いに曲がりくねった狭隘な砂利道を、小一時間も運転しなければ到着しない。
冬場は閉鎖されるが、予想外に早く初雪が来た年は、命がけのドライブになった。
なのに顧客サービスのつもりで、ある初冬の週末、全社員で一泊旅行に出かけた。
白濁した源泉の薬効はてき面で、赤く腫れた足のしもやけが完治して感激したが、翌朝の帰路では、前夜の雪にスリップして谷にダイブしている車を何台か目撃した。
💵
リーマンショックで観光業が大打撃を受けたのは、それから何年後だったろうか。
江戸末期からつづく老舗を都会の大資本に売却したという話を、風の噂に聞いた。
ヨウコさんの会社はそれより前に経営方針を転換させていたので、さほどの痛手を被らなかったが、大旦那と呼ばれ慣れていた人にとっては相当な試練だっただろう。
🍂
そういえば、あのあたりの山は、紅葉や黄葉のとりわけ美しいところだったなあ。
社用バンに満杯に積んで行った商品が大方さばけた帰路、落葉松林に車を止めた。
黄金色の針の雨を仰ぎながら、その日の新規開拓先のデータをノートに記録した。
勇気をふるってイチかバチかの飛びこみ営業……そんな時代もあったんだよね~。
湯船の皮膚から入って脳内をオゾンで満たしてくれる森林の香りに誘われ、初老の思いは二度と帰らぬあの日々へ、公私ともに活発だった時代へと駆けもどってゆく。
森林浴&飛びこみ営業 🛀 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます