最終話 月が綺麗ですね

 それから葵にお薦めの本を教えてもらって、ふたりで読書の時間を過ごした。

 ストレスのない、穏やかな時間はあっという間に過ぎて下校時刻になる。

 

 特に声を掛け合う訳でもなく本をしまって、図書準備室を出た。

 誰もいない図書室を抜け、人気のない廊下を歩く。

 

 途中ついでにお手洗いを済ませてから、昇降口へ。

 外出ると、ひんやりとした空気が頬を刺した。


 辺りはすっかり暗くなっている。

 

 澄んだ夜空にぽつんと浮かぶのは、綺麗な月。

 読書の秋は過ぎ去って、冬の訪れを感じさせた。


「ふいー、寒い寒い……」


 手を擦り合わせていると、隣からスッとペットボトルが差し出された。


「どうぞ」

「いつの間に」


 ホットと思しきお茶を前に目を丸める奏太。


「さっき奏太君がトイレに行っている間に買ってきました」

「そんな、気遣わなくていいのに」

「この前のココアのお返しです。友達との貸し借りは、なるべく早く精算すべし、なんでしょう?」


 得意げな顔で言う葵に、思わず笑みが溢れる。


「……こりゃ一本取られた」


 降参だと、奏太はお茶を受け取る。


「あったけえー、身に沁みる……」


 掌からじんわりと伝わってくる温もりにほっこりしていると。


「改めて……ありがとうございました」

「何のお礼?」

「色々です。私一人じゃ……学校に来れてませんでしたから」


 葵の言葉に、奏太は少し考えて口を開く。


「俺は別に、大した事はしてないよ。少し背中を押しただけと言うか。結局のところ、学校に行こうって勇気を出して決めたのは、葵自身だから……葵が自分を褒めてあげると良いと思う」

「……嬉しいこと言ってくれますね」

「そうでしょ。もっと誉めてくれてもええんやで?」

「調子乗らないでください」

「ありゃ、厳しい」


 肩を竦めておどけて見せてから、奏太も自分の思いを口にする。


「……むしろ俺の方こそ、ありがとう」

「それは、何に対してですか?」

「それこそ色々だよ。葵と出会う前までさ……俺、ぶっちゃけ本なんてクソだと思っていたんよ。でも、葵と出会って……俺はたくさんの事を知った。本の面白さを、知識を得る喜びを、友達と物語の感想を共有する楽しさとか……色々知った」


 葵をまっすぐ見て。


「俺に新しい世界を教えてくれて、ありがとう」


 嘘偽りない感謝の気持ちを葵に伝えると。


「ふふっ」

「どうしたの?」

「いえ……なんだか、いいなって」


 ほうっと夜空を見上げて、葵は言う。


「共通の趣味を通して、仲良くなって、お互いに良い影響を与えあって、成長していく……それってとても、素敵な事だなって、思いました」


 ふんわりと柔らかい笑顔で彩られた、綺麗な横顔。

 それを視界に収めた途端、奏太の心臓がどくんと脈打った。


(……あー、もう)


 そろそろ、認めてもいいんじゃないかと、奏太は思った。

 自分が葵を『異性として好き』だと感じている事に。


 不思議と驚きはなかった。

 というか薄々、勘づいていた。


 過去に好きな人がいた事も女子と付き合った事もある身としては、葵に抱いている感情の正体を誤魔化すことはできない。


 なんなら、葵と書店で出会ったあの日。

 ほんのりと顔を赤らめ恥ずかしそうにする葵を見た瞬間から、葵の事が異性として気になっていたのだろう。


 あれから約一ヶ月半ほど、葵と過ごして。

 直感的な「いいかも」から、確信的な「好き」に変わっていったのは、言うまでもない。


(俺、好きだ、葵のこと)


 何が、どこが、なんて考えるのは無粋だ。


 葵と話すたびに、葵の知的な一面を見るたびに、葵の笑顔を見るたびに。

 胸がドキドキして、顔が熱くなる。それだけで、好きの証明としては十分だった。

 

 葵に自分の気持ちを伝えたい。今すぐに、伝えたい。そう思った。

 

 何と伝えようか。

 

 ──葵が好きだ。


(いや、違う……)


 頭に浮かんだ言葉を打ち消す。


「奏太君?」


 不意に立ち止まった奏太に気づき、葵も立ち止まる。


(……やっぱり、これかな)


 自分と葵の関係性にふさわしいフレーズが一つだけ浮かんだ。

 というか、これしかないと思った。


 きっと葵も、言葉の意味を察してくれるはずだ。

 そんな確信があった。


「真面目な顔をして、どうしたのですか?」


 怪訝そうに首を傾げる葵に、奏太は想いの言葉を贈った。





「月が綺麗ですね」





 言った途端、葵は大きく目を見開いた。

 呼吸も一緒に止まったんじゃないかと思うほど、わかりやすく驚く葵。


 それからみるみるうちに頬を赤くしていく。


 奏太の見立て通り、葵は言葉の意味を察してくれたようだった。

 しばらく葵は逡巡していたが、恥ずかしそうにした後。


 今まで見てきた葵の表情の中で、一番の笑顔を浮かべて。


 返事を、口にした。





「あなたのためなら死んでもいいわ」












【あとがき】


というわけで、『陽キャで本嫌いの俺が、『図書室の魔女』に恋をした』なのでした。


『本』を通じて始まる、正反対だった二人の物語はこれにておしまいです。


広げようと思えばまだまだ広げられる気がするのですが、ちょうど10万文字くらいでキリ良いですし、収まるべきところに収まってる感じもあるので、ここで一旦完結とさせていただければと思います。


本作は、僕が普段書いているあまあまーな作品に比べるとちょっと理屈っぽさが濃かったと言うか、どちらかというと青春寄りな物語に仕上がったのですが、楽しんでいただけたでしょうか?


少しでも楽しんでいただけたのでしたら、幸いでございます。


さてさて、完結と言いつつも他の作品の執筆が落ち着いたら番外編なども書いていきたいなと思っておりますので、ブクマはそのままでお願いできればと思います。


というわけで、最後に皆様にお願いがございます!

本作を読了し、『面白かった!』『お疲れ!』『ふゆのこれからの小説も楽しみにしてるよ!』と少しでも思ってくださった方は、感想や『☆』などで評価いただけると幸いです。


それではまた、何かの作品で会えることを祈って!


2023/2/19


青季 ふゆ


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【書籍化】陽キャで本嫌いの俺が、『図書室の魔女』に恋をした 青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売 @jun_no_ai

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