第47話 帰ってきた日常
放課後。
教室を出た後、奏太はあの場所へ足を運ぶ。
「よっ」
「……どうも」
図書準備室に入るなり、葵がぺこりと頭を下げる。
ここへ来るのは実に二週間ぶりで、妙に懐かしい気持ちになった。
以前と変わらない定位置で本を開いている葵。
「……あの」
荷物を机に置くと、葵がじっと抗議するような目を向けてくる。
「とても、恥ずかしかったのですが」
「心中お察しします、アーメン」
「馬鹿にしてます?」
「冗談だって。まー何にせよ、うまいこと纏って良かったんじゃん」
「それは……そうかもですが」
奏太の言葉に、葵は納得をせざるを得ない様子だった。
朝の一幕から、今日の事を思い出す。
皆の前で『葵と仲良いです!』宣言をした後の展開は予想通りだった。
案の定、奏太と葵はいつメンと仲の良い他のクラスメイトたちから質問攻めを受けた。
どういう関係なのかと、仲良くなったきっかけはなんだと迫られた。
片やクラスで陽キャとして認識されている男子に、片や空気も同然だった陰キャ女子。
それだけではなく、地味で野暮ったかった葵がとんでもない美少女に変貌を遂げたいたのだから、話題性は天井知らずであった。
と言っても、それらの質問に対しては奏太がほとんど答えた。
外見は変わったとはいえ、葵の中身は店員さんと十文字以上話す事ができないアルティメットコミュ障だからだ。
近くの書店でたまたま会った事や、それから本をお薦めされるようになって仲良くなったなど、事実をベースにしつつも当たり障りのない感じで答えた。
放課後、毎日のように図書準備室で本を読んでいたことや、カフェで一緒に読書をした事などは、余計な火種になりそうと判断して伏せた。
なんにせよ、ちゃんと話したら皆納得した様子だった。
印象がガラリと変わるほどの外見チェンジをして堂々としていれば大丈夫という、奏太の仮説は当たっていた事になる。
もちろん、万事全てが上手くいったという訳ではない。
教室の中で奏太のカーストは上位の方で、少なからず好意を持っている女子もいた。
そんな彼が、少し前まで『図書館の魔女』と称され悪い印象を保たれていたカースト下位の女子と仲が良い事実に、少なからず衝撃を受けている者もいた様子だった。
なんなら奏太に対し、ネガティブな感情を抱いたクラスメイトもいるだろう。
しかしかといって、あからさまな態度を取ってくる者はいなかった。
「葵ちゃんめっちゃイメチェンしてる! 髪はどこでセットしてもらったの!? その髪留めも可愛いよね! とにかく何もかもがかーわーいーいー!」
コミュ力が高く可愛いもの好きの陽菜は瞬時に葵を気に入ったようで、興奮した様子で話しかけていった。
コミュ力強強過ぎる絡みに葵が怯えていたので、陽菜に澪がチョップを入れていたのは微笑ましい光景であった。
悠生に関しては先日の一件があったため葵とを話しずらそうにしていたが、奏太や陽菜のフォローもあって少しはやりとり出来ていた。
澪に至っては事情を知っているとだけあって、すんなりと葵を受け入れてくれている。
一体どうなることやらと、学校に来るまでの間は心臓がバクバクだったが、何はともあれ丸く収まるところに収まって良かった。
葵の見た目が激変しているという違いはあるものの、元の日常に戻ってきた事に奏太はこの上ない嬉しさを感じていた。
「……なんですか?」
奏太から視線を注がれている事に気づき、葵が尋ねる。
「やっぱり、前髪出してた方が可愛いね」
「かわっ……」
ぼんっと、葵の顔が茹で蛸みたいに沸騰する。
「だから、揶揄わないでください……」
「いや、本当だって」
嘘偽りない、本心からの言葉だった。
ちなみに葵の髪は、奏太の行きつけの美容室で切ってもらった。
顔馴染みの美容師さん曰く「こんなダイヤモンドの原石を今まで磨かずにいたなんて勿体無い!」とのこと。
ちゃんとすればもっと可愛くなるという奏太の見立ては大当たりだった。
いや、それ以上だった。
負のオーラを纏った野暮ったい印象から激変。
街中を歩くと誰もが振り向くような美少女に変貌を遂げた。
正直なところ、まさかここまで変わるとは思っていなかった。
施術が終わった後、「ど、どうでしょうか……?」と恥ずかしそうに感想を求めてきた葵に、しばらく見惚れてしまったのは言うまでもない。
そうこうあって昨日は学校を休む羽目になったが、葵の仰天チェンジを間近に見れたと考えれば安いものであった。
「そういえば……」
本に視線を落としたまま、葵が言う。
「鳳君、謝ってくれました。この前はごめんなさいって」
「それはよかった。てか、謝ってなかったら俺が謝らせていたところよ」
「私はさほど、気にしていませんでしたが……」
「だとしても、変なわだかまりは残さない方がいいでしょ。友達同士はなるべく、気を遣わない関係が望ましいらかね」
「それは、確かにですね」
その時、奏太の脳裏にふと言葉が浮かんだ。
「日本の読書家、清水奏太は言いました。友達との貸し借りは、なるべく早く精算すべし」
「底の浅い名言ですね」
くすりと、葵が小さく笑う。
「読書家を名乗るなら、せめて千冊は読んでからにしてください」
「そのうち名乗れるでしょ。千冊くらい、どうせ読むことになるんだし」
「それって……」
机に本を置いて、葵に言う。
「これ読み終わったからさ。また、お薦めを教えてよ」
「……仕方がないですね」
嘆息しながら言いつつも、葵は満更でもない笑みを浮かべた。
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