第22話闇の権力というモノ

「ふむ、よかったではないか主よ。あの娘がよくなって」


あれから数日後、昼時に弁当をかき込んでいる俺にフェンが話しかけてくる。

結局、俺はレゼに香炉を渡した。毎日使っているらしくどんどん顔色が良くなっており、順調に回復。今では教会にも顔を出せるようになっているらしい。


「当然だ。レゼにはまだまだ働いて貰わないといけないんだからな」


しつこいようだが彼女は俺の大事な道具の一つなのだ。こんなところでダメになって貰っては困る。


「だが心配だな。主は意外と精神的に脆いようだし、また似たようなことがあっては立ち直れないのではないか? 今回はこの程度で終わったが、より酷い目に遭うこともあるだろう」


心配そうに俺を見やるフェン。確かに今回は幸運が味方してくれた。

ビンセントの奴も俺を恨んだだろうし、牢から出て来た時にまた俺を狙うという事も十分に考えられる。

全てを失った者に何も怖いものはない。遠慮なくその原因、つまり俺を狙ってくるだろう。

そう、前世と同じように――


「……一応、そうならないようにはしているつもりだけどな」


こちらは二度目だし、それなりの手は打ってある。その為に今世では権力を持つことに重きを置いてきたのだから。

仮に相手が動きを見せたとしても何らかの対処は出来るはずだ。

ま、相手は不良貴族の息子なのだ。この程度ならどうにかできると思うが……いや、油断は禁物だな。それで前世でも死んだんだから。

俺と奴、どちらの権力が強いかは未知数である。


「な、なんだか怖いぞ主よ……」

「権力ってのは恐ろしいものさ」


そう呟いて俺は弁当を平らげる。

結局はなるようにしかなるまい。この戦い方はあくまで結果で判断するしかないのがつらいところだな。

やれやれ、また死ぬようなことにならなきゃいいが。



暗闇の牢獄の中、ビンセントは一人座り込んでいた。

汚い囚人服を着せられ、風呂にも入れず、髭は伸びっぱなしで髪も洗えない。まさにゴミのような扱いだった。


「殺す……殺す殺す殺す……! あの男……エリアスを……!」


ブツブツと呟きながら、血走った目で虚空を睨み付けるビンセント。

爪は嚙み過ぎてボロボロになっており、まさに幽鬼のようだった。兵士たちも彼を恐れ、その牢には近づかないようにしていた。

そんな彼の牢にコツコツと音を立て、何者かが近づいてくる。牢の前で立ち止まったのは中年の男。

男はビンセントを見下ろすと、落胆したような息を吐いた。


「――全く、尊き血筋である我がザーランド家の四男ともあろうものが、なんてザマだ。情けない」

「……父……上……!」


ジーンハルツ=ザーランド。男は地方貴族にしてビンセントの父親である。


「貴様が捕まったという話を聞いて飛んできたが……全くなんと情けない。ザーランド家の恥晒しだな」

「父上! しかし私は……!」

「言い訳無用ッ!」


びくんと震えるビンセントを睨み付けたまま、ジーンハルツは言葉を続ける。


「何を言おうと貴様が負けたことに変わりはない。そういうのは弱者がやることだ」

「す、すみません……」

「ふん、しかし腐っても貴様は私の息子、保釈金は痛かったが助けてやろう。貴様が牢に捕まったままでは私の評判にもかかわるのでな」

「ご迷惑をおかけします……」


項垂れるビンセントを一瞥するジーンハルツ。

首を振って促すと兵の一人がカギを解いた。

と同時に、ビンセントは立ち上がりジーンハルツへと駆けて出した。


「父上ぇぇぇっ!」

「……汚い」


抱きつこうとする息子を手で払い退ける。その光景を見た兵士は顔を顰めるが、ビンセントは気にする様子はない。

彼にとってはそれはただの日常。父親に頭を撫でられたことすらないが、今更それをどうも思いはしない。

それでも親子は同じ視線を向いていた。即ち、エリアスへの復讐を。


「息子が舐められたということは私へのそれと等しい。――エリアスとか言ったか。奴を潰すぞ」

「はいっ! 父上!」

「ふん、たかが貧民街の医者一人、ザーランド家の力を持ってすれば一飲みよ」


口角を持ち上げるジーンハルツとビンセント。あまりに似通った二人の笑い顔に兵士は思わず息を呑む。


「人々から信頼される貧乏医者か。……くくっ、随分評判は良いようだが問題はない。歴史とは強者が作るものだ。たとえ不審な死を遂げ、一時的に問題になったとしても時間が経つにつれて民衆はそれを忘れ、社会は無慈悲に回るのみだ。それをわからせてやろうではないか……くくく、ははははは!」


牢獄の中を、ジーンハルツの甲高い笑い声が響いていた。



「さて、まずは魔術協会に行くとしよう。連中には怪しい術がある。人知れずターゲットを殺害することなど容易かろう」


魔術協会には呪いを請け負う暗部が存在し、そこでは金さえ払えばどんな依頼でも受けて貰えるのだ。

それがたとえ人殺しであろうとおも――

ジーンハルツが持ってきたのは数人殺してもお釣りがくる程の大金、貧民街の医者一人を殺すには十分すぎる額である。

魔術師協会の地下にある暗部受付、そこでタバコをくゆらせている受付嬢にジーンハルツは話しかける。が――


「え? 無理です無理です。そんな仕事は受けれらないですよ」

「……は?」


にも拘らず、予想外の答えを返してくる受付にジーンハルツは思わず問いただす。


「これでは少ないと言うのか? 以前はもっと安く請け負っていたくらいだろう」

「いやぁーそうなんですけどね。ていうか今も別に値上げしたとかじゃないですよ」

「では何故受けられん!?」

「エリアスさんはウチのお姫様と仲良しですからねぇ。そんな額じゃあ暗殺なんてとてもとても……」

「……では幾らなら?」

「最低これくらいは」


提示された額を見て、ジーンハルツは顔を引きつらせる。

屋敷を売って土地を手放して、なお足りない程の額だった。


「ふざけるな! なんだこの額は! 出せるわけないだろうが!」

「だからぁ……やめておけ、と言ってるんですよ。わからないかなぁ? もしそんな噂がお姫様の耳に入ったら、こっちがヤバいんですって。ウチらもそれなりに付き合い長いんであんたの顔を立ててあげますけど、限度ってものがあるんですよ。今の話は聞かなかったことにしてあげますからご理解ください。ね?」


首を横に振る受付嬢にジーンハルツは食い下がる。


「貴様ァ……魔術師風情が歴史あるザーランド家に逆らうと言うのか!」


激昂するジーンハルツを受付嬢は動じる様子なくじっと見上げ、静かに口を開いた。


「わかってないですねぇ……ウチは確かに何でもやります。ですがリスクに釣り合う報酬がなければ動けないんですよ。アンタが今まで殺してきた連中はどいつもこいつも周囲から恨みを買っていた雑魚ばかりだったから適当なやり方でもどうにでもなった。ですがエリアスさんは貧民街に住んではいますが、色々な組織の重役と繋がってるんですよ。もしそんなことしたらすぐにバレて報復されちゃうでしょう。そんなリスクある人を暗殺なんてとてもできません」


今までとは違う黒い雰囲気を醸し出す受付嬢にジーンハルツは息を呑む。

受付嬢はにこりと笑うと、置いていた煙草をゆっくり吸い込んだ。


「というわけです。人間、身の程ってのを知るのが長生きするコツですよ。王様と貴族じゃ命の値段が違うでしょ? エリアスさんと貴方も似たようなもんです」

「……私が、あんな小僧に劣ると言うのか……!」

「はい」

「~~~ッ!」


笑顔で頷かれ言葉を詰まらせたジーンハルツは、拳を机に激しく叩き下ろして鼻息を荒らげてその場を後にするのだった。


「またのお越しを~」

「貴様ら等に二度と頼むか!」


そう吐き捨てながら、彼は次の目的地へ赴くのだった。



次に辿り着いたのは冒険者ギルドだ。

魔術協会はあくまでも組織、なんだかんだで利益を重んじコンプライアンスを遵守する。

リスクの高い案件には易々と手は出せないということだろう。そう悟ったジーンハルツは魔術協会に見切りをつけて冒険者ギルドで依頼することにしたのだ。


「冒険者共は馬鹿で粗雑な連中ばかりだ。金さえ積めば何でもやるだろう。くくっ、最初からこちらに来ればよかったわ」


酒と煙草のニオイが漂う中央酒場に腰を下ろす。

冒険者ギルドでは基本的に殺人依頼など請け負わないが、個人でそれを行うならず者もいる。

あくまでも自己責任の範疇ではあるが、そういった事例があることはジーンハルツも知っていた。


「さぁて、誰がいいか……」


蛇のように辺りを見渡すジーンハルツ。金に困ってそうな男がいい。

何も考えずに殺しでも何でもやりそうな、粗野で野蛮なら最高だ。


「あーーー! クソ、また負けちまった!」


――と、馬鹿デカい声を上げる禿頭の男が視界に入る。

テーブルに散乱する銀貨を全てかっさらわれ、舌打ちをしながら席を立つ。

酒に酔い、ギャンブルで負け、更に素晴らしい体躯を持つ男だった。

良いカモを見つけた、とばかりにジーンハルツは舌なめずりをしながら男に近づく。


「やぁ、腕利きの冒険者とお見受けするが?」


そして暗がりで一人になったところで声をかけた。

当然、正体は知られないよう顔は隠して、だ。その姿をいぶかしみつつも男は尋ねる。


「ん? なんだぁあんたは?」

「私のことなどどうでもいいだろう。一つ頼みたいことがあるのだが……実はだね――」


ジーンハルツの説明に男はみるみる顔を顰めていく。

そして――ばきっと、右ストレートを叩き込んだ。


「ぐはぁっ!? な、何をする!?」

「何をする、だぁ? 優しいぜ俺は。貴様を殺さずにぶん殴るだけでとどめてやったんだからなぁ」


拳を握りしめながらジーンハルツを見下ろす男。その表情は怒りに燃えて見えた。


「俺はよ、エリアスの奴にすげぇ世話になってんだ。俺だけじゃねぇ、ギルドの全員がだ。テメェみてぇな腐った野郎の言うこと聞く奴なんざここには一人たりともいやしねぇぜ。殺されてねぇうちにとっとと出て行きやがれ!」

「ひ、ひいいっ!」


男の迫力に恐れ慄いたジーンハルツは飛び上がった。


「てめぇら、この男はエリアスにちょっかいをかけようとしたろくでなしだ! 蹴りの一つでもくれてやれや!」

「や、やめてくれぇぇぇっ!」


がん、がんと何度も蹴られながら逃げていくジーンハルツ、最後はゴミ箱を頭から被せられながら、ほうほうのていでようやくギルドを脱出するのだった。



何とか逃げ出せたジーンハルツは、追手が来ないかと何度も後ろを確認しながら胸を撫で下ろす。


「恐ろしい目に遭った……一体何者なのだ。エリアスとやらは……」


ただの町医者かと思ったが、どうも様子がおかしい。

どれ程の権力と繋がっているというのか。下手をしたら貴族である自分以上の――


「ありえない! ありえないありえないありえないッ!」


頭を掻き毟りながら、よろよろとどこへともなく歩いていくジーンハルツ。

ふと見上げれば、そこには教会があった。


「――そうだ。暴力で裁けぬなら法の力を使えば……!」


教会では民同士のいざこざを収めるべく、法に則って人を捌く司法機関が存在する。

神の名において行われるそれは清廉潔白に行われるべし――とはいえ世の中の大半は金で解決もする。

教会であろうとそれは同じに違いない。

ジーンハルツはこんなこともあろうかと過去に数百枚の金貨を寄付していたのだ。

上手くいけば一方的に相手を断罪することも可能――


「無理だね」


――が、ダメ。老シスターは首を横に振るのみだ。


「やはり神のおわす教会で、金で懐柔するような真似は通じないか……」

「いんや。純真無垢な下の連中はともかく、上の方はなんやかんやで金次第さ」

「では何故!?」

「そりゃあーた、あの子がとんでもない寄付をしてくれたからさ。数日前に国宝級の宝石を収め直してくれてねぇ。金貨数万枚の価値はあったかね。おかげで本部にも大きな顔が出来るようになったよ。彼とレゼには足を向けて寝られないってもんだ」

「数万……っ!?」


宝石の話はビンセントから聞いているが、そこまでのものだったのか。

なんと愚かな息子だろうか。それを手にしてもっと上手く使えば今頃はより大きな一歩にすらなりえたのに。

逆に自分が捕らえられてしまうとは……ジーンハルツは唯々頭を抱えるのみだ。


「つーわけだ。ウチらはあの子の味方だよ。あ、寄付ならいくらでも受け付けるからね」

「……」


もはや言葉を返す気力すらなく、ジーンハルツは教会を後にするのだった。



あらゆる組織に拒絶され、ジーンハルツはとぼとぼと帰途についていた。

まるで何かに化かされているかのようだ。ただの貧乏人がこれほどまでの力を持っているなんて、息子は予想以上の敵を相手にしていたのかもしれない。

ジーンハルツはまだエリアスの顔すら見ていないというのに、すっかり気力を削がれていた。

諦めるべきなのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、前方から人影が走ってくるのが見えた。


「た、大変です父上っ!」


駆けてきたのはビンセントだ。血相を変えてジーンハルツに詰め寄ると、彼が帰ろうとしていた方角――即ち屋敷の方を指差した。


「屋敷が……屋敷が燃えていますッ!」

「なんだとぉ!?」


慌てて走り出す二人。数分後辿り着くと、確かに彼の屋敷は燃えていた。

ごうごうと燃え盛る屋敷、その窓からは火が噴き出し、柱の数本が焼け折れ、建物の半分ほどが既に倒壊していた。

それを二人はただ、茫然と見上げるのみだ。


「おやおや、屋敷が燃えてしまったようですな」


話しかけてきたのは老人だ。どこかで見た気がするが、今はそれどころではないこともありその顔を思い出せはしなかった。


「あらまぁ、大変ですねぇお貴族様」


話しかけてきたのは老婆だ。やはりどこかで見た気がするが、やはり思い出せない。


「一体誰がこのようなことを……信じられませんね」

「ですが悪人は報いを受けるもの。きっと犯人には思い罰が与えられるでしょう」

「えぇ、えぇ、そうですとも。悪いことは案外出来ないものなのです」

「人の目というのはどこにでもあるものなのですから。……ねぇジーンハルツ様?」


話しかけてくる者たちは、どこかで見たことがあるはずなのに全く覚えがない者たちばかりだった。

なのに向こうは自分の名前まで知っている。ジーンハルツは背筋が凍るような感覚を受けていた。


「ジーンハルツ様、お困りでしょう。是非ウチに泊っていきませんか?」

「食料の炊き出しをしているのです。貴族様の口には合わないかもしれませんが」

「我々に出来るもてなしなどたかが知れていますが、どうぞこちらへいらしてくださいな」


ずい、ずいと近づいてくる人々に囲まれていく。

誰も彼も笑顔を浮かべてはいるが、その様子がジーンハルツにはより恐ろしく感じられた。


「さぁ」

「さぁ」

「さぁ」


差し伸べられた彼らの手がジーンハルツへと伸びていく。

そして、彼は――


「ひ、ひゃああああっ!」


悲鳴を上げて逃げ出した。


「ち、父上っ!? 待ってくださいーーーっ!」


それをビンセントが追いかける。

勢いよく駆けていく二人を、人々は不思議そうに見送っていた。



「ふむふむ……ザーランド家、謎の出火により全焼。原因は不明。家主であるジーンハルツも行方不明……か」


新聞を読み上げながら思い出す。

そういえばビンセントのファミリーネームってザー何とかだった気がするけど……ま、どうでもいいか。俺には関係ない話だしな。

新聞をテーブルに置くと、傍らにいたフェンがふむと頷く。


「一部始終を見ていたが……見事だな主よ。これが権力というものか。自ら手を下さずとも断罪を行うとは大したものよ」

「ん? なんのことだ?」

「ふっ、我は素晴らしい主を持った、ということだ」


よくわからんがフェンは納得顔で頷いている。

謎の視点から褒められても不気味なだけなんだがな。まぁ別にいいんだが。


「ねぇねぇエリアス! 新しい仕事だよーーー!」


訝しんでいるとまたいつものようにリオネが飛び込んでくる。

こちとら一息ついたばかりなんだが……まぁ闇の権力者になるには立ち止まっている暇なんてないからな。


「あぁ、すぐ行くよ」


立ち上がり服を羽織ると、リオネを迎える。

――さて、今日も仕事をするとしますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二度と理不尽に屈しない為、闇の権力者になろうと思う 謙虚なサークル @kenkyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ