第10話 不愉快な光景
何て不愉快な光景なのだろう。吉子は微笑んだ後、瞳と文子、そして良太を順番に睨み付けた。三人とも顔が引きつり、その場で固まっている。
「吉子さん。どうしてここに……」
文子が消え入るような声で、吉子に問いかけた。
「たまたま前を通りかかったら、あんた達がここに入っていくのが見えたんよ。ずっと隣の個室に座っとったのに、気付かんかったんやね」
文子の顔が青ざめていく。すると瞳が、突然店員呼び出しのボタンを押した。ピンポーンという音が店内に響き渡る。吉子は一瞬だけ驚き、目を見開いた。
するとすぐに、店員が厨房から出てきた。そして吉子達の方へ歩いてくる。
「お呼びでしょうか?」
「すみません。少しの間だけ、この子をプレイルームに連れて行ってくれませんか? 少しお話がしたいので、見ていてほしいのです」
「かしこまりました。さあボク、こっちへいらっしゃい」
店員が、良太を瞳たちのいる個室から連れ出す。良太が素直に外に出た後、瞳は吉子の方を見た。
「吉子さん。お話があるなら、是非これからしましょう」
「望むところよ。座らせてもらうわ」
吉子は堂々と、文子の隣に座った。文子が怯えた様子で、肩身が狭そうにしている。
すると吉子は、隣で怯えている文子の方を見た。すると文子は、ビクッと体を震わせ、そのまま吉子から視線を逸らした。
「文子さん。一体どういうつもり? もう私とは関わらないですって? ちゃんと分かるように説明して」
吉子が低く、静かな声で文子に問いかける。だが文子は、体を震わせ、下を向いたままだ。
「文子さん」
「瞳さん。貴方は出しゃばらないで」
文子に話しかける瞳を、吉子は鋭い目で睨み付けた。瞳が困ったような顔をして、文子の方をジッと見る。
「どうして黙っているのよ! 説明しなさいって言っているでしょ!」
するとその時、吉子は声を荒らげた。周りから聞こえてくるお喋りが、一瞬だけ静かになる。すると文子は顔を上げ、吉子の顔をジッと見た。
「――私、もう貴方の言いなりにはならないから」
「何? もう一度言ってごらん?」
吉子の引きつった顔が、奇妙な笑みに様変わりする。すると文子は、若干怯えながらも、今度は吉子に鋭い視線を向けた。
「聞こえなかった? 私、もう貴方のいいなりにはならないから」
――パン!
「吉子さん。何てことを!?」
するとその時、吉子は文子に平手打ちをした。平手打ちをされた文子が、頬に手を当て、深くうなだれる。
「貴方、私に逆らうんやね。後先のことも考えずに、愚かな決断をするとは。まあいいわ。好きにしなさい。ただしこの先、私に何かされたとしても、今日の大馬鹿な自分を恨むことやね」
すると吉子は、文子の髪を掴み上げ、無理やり顔を上げさせた。文子が頬から手を離し、吉子をジッと睨み付ける。吉子もそんな文子を、強く睨み付けた。
「私は絶対に後悔しないわ。貴方みたいな人と縁が切れて、むしろ心が軽くなっているくらいよ」
吉子は再び文子に、平手打ちをしようとした。だが吉子はそれを止め、文子の髪を強引に突き放した。文子がゴンと壁に頭を打ち付ける。
「文子さん、大丈夫? 吉子さん、もう止めて!」
すると瞳が、吉子を制止するように手を近づけてきた。吉子は睨み付け、それを振り払う。
「吉子さん。いい加減にしてください。どうして貴方は、いつもそんなに攻撃的なのですか?」
「攻撃的? 貴方達が勝手なことばかりするけんでしょ? 大体全部あんたのせいやけんね。あんたが一番邪魔な存在なんよ!」
吉子が再び声を荒らげる。だが瞳は、冷静に吉子の顔を見てくるだけだ。ここで吉子は、瞳がヨウコウに入ってきた理由を聞こうと思った。
「どうしてここまでするか分かる? あんたがヨウコウにまで入ってきたけんよ。どうして入ってきたん? どうして関わってこようとするの?」
「吉子さん。私、吉子さんがヨウコウの方だと知らなかったんです。知ったのは、最近だったのです」
瞳が冷静さを保ったまま、吉子に告げる。吉子は机の上で両手を組み、身を乗り出した。
「そう? だったら今すぐ辞めてちょうだい。あんたなんか一人辞めても、また新しい人を雇えばいいだけやけん」
吉子は身を乗り出したまま、目を見開いて瞳に言った。すると瞳の表情も、険しいものになった。
「どうして私が辞めないといけないんですか?」
「何ですって?」
「せっかく自分にとって働きやすい職場を見つけたのに、そして何も悪いことをしていないのに、どうして私が辞めないといけないのですか?」
吉子の言葉に、急に噛み付いてきた瞳。吉子の言葉が気に入らないと感じたのか、どうやら意地を張り始めたようだ。
吉子は乗り出していた体を元に戻した。隣の文子が、猫背のまま怯えた様子で瞳をじっと見ている。吉子は一旦冷静になり、瞳を睨み付けた。
「まあいいわ。意地を張っていられるのも今のうちよ。そうやって強がっていても、私は必ずあんたを辞めさせてやるけん」
吉子はフッと微笑んだ後、椅子から立ち上がった。そして瞳と文子を交互に見る。
「瞳さんに文子さん。お似合いコンビの誕生ね。まあいいわ。私に逆らったらどうなるか、とことん味わわせてやるわ」
吉子は言葉を吐き捨てるように、瞳たちに言い放った。そしてそのまま、吉子は瞳たちのいる個室を後にした。
外に出ると、プレイルームの中にいる良太と目が合った。良太が怯えた様子で、吉子を見てくる。吉子はそのまま良太のいる方へ近づいていった。
その時、吉子は店員の姿がないことに気が付いた。店員は良太を放置して、どうやら中で作業をしているようだ。
「りょうたくん。おばさん、ママとたのしくおはなししてきたから、もうもどってもいいわよ」
吉子が笑顔で、そして低い声で良太に話しかける。良太が怯えたまま、目を合わせずプレイルームから出ようとし始めた。吉子は出ようとする良太に、再び声を掛けた。
「りょうたくん。りょうたくんも、あまりおばさんをおこらせんといてね。いいこいいこにしていれば、おばさんはぜんぜんこわくないけんね」
吉子が低く、落ち着いた声で良太に語り掛ける。良太が怯えた様子で、個室へと戻っていった。
「ママ!」
良太の怖がっているような声が、店内に響き渡る。吉子はフフッと微笑んだ後、そのまま立ち上がり、自分の個室へと戻っていった。
ヨウコウに入ってきたと思えば、今度はママ友を取られた。様々な手段を視野に入れ、あの女を徹底的に排除してやる。吉子は決意した後、テーブルに置かれている伝票を手に取り、そのままレジへ向かって歩いていった。
満たされない億万長者 しんたろー @shintarokirokugakari
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