第2話 グスタブ・ノルン

A:グスタブ・ノルン



グスタブ・ノルンは北辺ノルド人の間で伝承されている伝説的人物である。その生誕年や死没年に関しては未だ詳細を明らかにするには至っていない。


グスタブ・ノルンの伝説には以下のようなものが挙げられる。グスタブ・ノルンは怪力で知られ、それは四肢のみならず顎力においても例外ではなかったという。幼い頃よりグスタブは凡ゆる道具を使わずに万事をこなすことができた。その握力で木々を削り取り、へし折った木を素手で割いて薪に加工した。また、武器を使わずとも狩猟上手であり、刃物や棍棒を振るうまでもなく獲物を文字通り締め殺し、それからまだ温かい内に頭から喰らったという。また骨だけが残れば、その骨を己が歯を用いて角笛として削り出して用いた。その笛の音は三つ隣の集落にまで聞こえた。


曰く、グスタブ・ノルンは北辺において最も強力な戦士の一人であった。その剛腕振りは正にこのような伝説的所業により広く知られている。無論、伝説的な存在である以上は大いに後世の創作物による影響があることは否めない。しかし、ほぼ悩ましくない事実としてグスタブ・ノルンが存在したことは間違いがないであろう。というのも、グスタブ・ノルンの存在を今日の我々が知ることができたのは単に編纂者ヴェリナの文書が遺されていたからである。


本来の北辺は記録を残すことにそこまで熱心な地域ではない。それはノルド人が王朝建設を果たして以降も変わらず、凡そ300年以上に渡り公式的な史書が編纂されなかった。このような背景から、本評伝が紹介する何の古典時期の人物その全員に関して言えることだが、これらは全て編纂者ヴェリナの文書に文献的資料の大半を頼り切っている。そして、先述した通りにノルド人は歴史的公文書の編纂に対して熱心ではない為、ヴェリナの文書が何らかの政治的な影響下に晒されて編纂されたものではないと判断することができる。よって、我々後代の学人は比較的信頼に足る資料として編纂者ヴェリナの遺産を活用することができる訳である。


ここまで説明したことで予想された方もいらっしゃるかもしれないが、編纂者ヴェリナの遺した文書の中においてノルド人の伝説的人物としてその存在を確かなものとして記録されているのがこのグスタブ・ノルンなのである。


これより先は編纂者ヴェリナの言葉を原典の古ノルディッシュ(ノルド人の言葉)から限界まで厳密に訳したヴァーリア・ランクス(ヴァランク人の言葉)でご紹介させていただく。全く恐縮なことであるがご容赦されたし。


「北辺にて強き人あり。その名をグスタブ・ノルンと言った。彼は勇敢な戦士であり、時に獰猛な父親であった。」


「ある時、北辺ノルドの南より我々とは全く異なる者達が来た。彼らは毛むくじゃらで、赤い目をして、潰れた鼻に、赤ら顔。ゴツゴツとした汚れた灰色の肌をしており、力が強く、背が高く、下顎から牙が生えていた。泥のような臭いを纏い、時に嗄れた怒声で吠えては無闇に森の木を傷つけた。彼らは鉞や棍棒を掲げては私たちの財物を奪って行った。」


「ノルデン人と名乗る彼らは次第に数を増やした。冬に近づくと彼らはより強欲になった。特に厳しい冬がきて、遂にはノルドの民にまでその毛むくじゃらの手を伸ばした。この時には数百ものノルド人が攫われた。彼らは帰ってこなかった。」


「幾度も厳しい冬が来て、次第に北辺ノルドは貧しくなった。そして、ノルドラ1世が現れた。ノルドラ1世は北辺の大山羊が多く住むような谷底の集落で生まれた。若い頃から逞しく、恐れを知らなかった。ノルデン人の蛮行に怒り、ノルド人の女が連れ去られる様を目の当たりにして思い余り、ノルドラ1世はそのノルデン人を殺した。」


「ノルドラ1世はもはや戻る道を失い、彼は仲間を募った。仲間は直ぐに集まり、仲間と共に集落を回りノルデン人を次々に追い出した。ノルデン人が減るたびに、ノルドラ1世の仲間は増えた。」


「ノルデン人はノルドラ1世とその仲間が自分たちを打ち倒す様に恐れ、同時に強く怒った。ノルデン人は次の冬が来るまでに戦士を集め、次の春までにノルドラ1世たちを皆殺しにするために一度ノルドの地を去った。」


「敵がいなくなった時間を使い、ノルドラ1世は仲間を増やし、強い戦士をより多く集めるためにノルドの奥地へと足を踏み入れた。仲間と共に進んでも尚、ノルドの奥地は酷く寒かった。一人、二人と仲間が逃げ帰った。ノルドラ1世は一人になるまで歩き続け、一際巨大な木が連なる北辺の最奥地に辿り着いた。しかし、強い吹雪によって最後の気力も奪われてしまい、遂には雪深い大地に沈み込んだ。」


「凍えるノルドラ1世は巨大な戦士に助けられた。ノルドラ1世を助けたのは、伝説で知られていたグスタブ・ノルンだった。ノルドラ1世はグスタブに自分の身の上を語った。グスタブはこれに全く憤慨した。そして、ノルドラ1世に二度の試練を課した。試練はグスタブが飼う巨大な熊と狼の群れに二度襲われて二度生きて戻ることである。」


「ノルドラ1世はこの試練を受け入れた。厳冬の下、真っ裸にされたノルドラ1世はグスタブに熊と狼の群れの目と鼻の先に放り込まれた。」


「三日三晩駆けてノルドラ1世は生還し、休む間もなく更に三日三晩駆けてグスタブの元へ戻った。戻ってきたノルドラ1世にグスタブは不承不承ではあったが、自分の一人娘をくれてやる事にした。」


「グスタブ・ノルンの娘ヴィヴィを配偶者に迎えたノルドラ1世は、その名を大いに広めた。伝説の戦士であるグスタブが認めた男を一度見ようと北辺中の戦士が押し寄せた。そして、その多くがノルドラ1世の逞しさ、器の大きさを見込んで彼の仲間となった。」


「次の春が来る頃には北辺でノルドラ1世を知らぬ者はいなくなっていた。そして、春の到来と共にノルデン人の大軍勢が攻め寄せた。春の戦いをノルドラ1世は戦士たちの先頭に立って戦い抜いた。春の戦いをノルド人は勝利した。」


「戦いを終えて、ノルド人が勝利できたのはノルドラ1世の勇気のお陰である、と名のある戦士達が口々に言った。この時、偶然にも居合わせた遠方からの客人、エルザール王国の使者がノルドラ1世をノルド人の指導者に選んではどうか、と提案した。戦士たちはこれに賛同し、ノルドラ1世を知る多くのノルド人もまた大いにこれを応援した。そして、ノルドラ1世はノルド人の最初の指導者として選出された。」


編纂者ヴェリナによりグスタブ・ノルンに関係して遺された文章は以上である。各文を鑑みれば、グスタブ・ノルンはノルドラ1世大王の配偶者であるノルド人の母ヴィヴィの父親であり、ノルドラ1世の義父という扱いである。この点に関して言えば、ノルドラ1世とグスタブの出会いや、果たして本当に試練があったのかどうかなどの疑問が生まれる。しかし、事実としてグスタブが当時の北辺において影響力の強い人物であり、ノルドラ1世はその後援によって頑強な支持基盤や影響力を獲得出来たのだと考えるのは苦ではないだろう。


グスタブ・ノルンの評伝として、その伝説的勇名とは裏腹にノルドラ1世との出会いや試練の華やかさや剛毅さを除けば、春の戦いなど実際の戦役における活躍は皆無であり、その実像には或いは勇敢な戦士というよりも、隠然たる影響力を持つ北辺の有力者だったという方が近しいのやもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界創作史実伝 ヤン・デ・レェ @mizuhoshi24916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ