06 エピローグ

 直人の家から一人で帰る道すがら、俺は今日の出来事を繰り返し頭の中で再生していた。暖かな彼の体温。柔らかい髪。その全てが愛おしかった。


「優也くんには、僕たちが付き合ったと電話で報告しましたよ」


 家に帰ったとき、そんなラインが届いた。俺は優也のことを想った。さぞかし落胆したことだろう。


「優也、どうだった?」


 つい心配になり、そんな返信をした。


「落ち込んでましたけど、祝福もされました。応援してくださるそうですよ」


 きっとそれは強がりなのだろう。優也だって傷心しているはずだ。けれど、俺は直人を選んだ。そのことに悔いはない。ベッドに横たわり、俺は彼の感触を思い出していた。あの彼をこの俺が独占できたのだ。その喜びに今は浸ろう。




***




 俺と直人が恋人同士になってからも、優也の態度は変わらなかった。


「ちぇっ、おれってとんだ当て馬じゃないっすかー」


 そう言いながらヘラヘラ笑い、俺と直人が廊下を歩いている間に割り込んできた。


「そういうことです。残念でしたね?」


 直人は眼鏡のフチに指をやり、いたずらっぽく微笑んだ。


「でも、おれ諦めていませんから! 海里先輩が直人先輩に冷めたら、すかさず奪いに来ますからね!」

「言いますね。いいでしょう、そんなことにはならないですからね?」


 ぐいと優也を押し退けた直人は、俺の右手を握った。


「あー! 見せつけてくれますねぇ!」

「ちょっ、直人、ここ学校……」

「もうこの際、オープンにしてしまいましょうよ、海里。これ以上悪い虫がつくのは嫌ですからね?」


 結局、俺と直人は手を握ったまま、教室に入った。クラスメイトたちの視線が痛かった。俺は自分がどういう表情をしているのか分からなかった。優也は教室の中にまで着いてきた。


「海里先輩。直人先輩に飽きたら、いつでも言ってくださいね? おれ、待ってますから!」

「あーもうそういうこと大きな声で言うなって!」

「海里の声も大きいですよ?」


 それから、俺と直人はすっかりバカップル認定されてしまった。ついでに、その間に割って入ろうとする後輩のことも有名になった。




***




「夏休みは、三人でどこかへ行きますか?」


 期末テストが終わった日、直人がそんな提案をした。


「えっ、いいんですか?」

「はい。海里と二人っきりの時間ならもっと作りますし、そのオマケみたいなもんです」

「例えオマケでも嬉しいっす! どこ行きますか!?」

「おいお前ら、俺を置いて話を進めるな!」


 そのやり取りは教室でなされたものだったので、またもやクラスメイトからの視線が俺たちを刺したが、気にしているのは俺一人だけだった。


「花火もいいし、水族館とかも行ってみたいっすね! あとやっぱり海とか!」


 無邪気に笑う優也。直人も頬を緩めていた。


「海里はどうしたいですか?」

「別に、何でもいいよ」


 俺は、やいやいと話を進める二人をただ、見ていた。直人を一人占めできたこと。それでも優也に好かれていること。それらが合わさって、俺の生活は虹色に彩られた。


「じゃあ、海にしましょうね! おれ、泳ぐの得意なんで、見ててください!」

「泳ぎなら僕も負けませんよ? 海里に良いところを見せようとしても無駄ですからね?」


 この夏は、まだ始まったばかりだ。俺は、このまま三人の関係が続くことを、どこか期待していた。だって、これ以上に幸せなことなどあるだろうか? 俺はしっかりと噛み締める。この幸福を。

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俺とあいつと後輩と 惣山沙樹 @saki-souyama

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