第5話 息子

 という日記を読んだ。親父のものである。


「お兄! 早くしてよもー! 届かないんだから」


 一階から妹がギャースカ騒いでいる。高いところの掃除ができないのだろう。あいつは背が低いからな。


 というより、ウチの家族で背が高いのは俺だけだ。親父は俺より十センチ以上低いし、母さんも別に背は高くない。平均くらいだ。妹は背の順では安定の一番前だ。学年で一番低かったか? まぁそれはいいや。


 親父と母さんが帰ってくるまでに大掃除をあらかた終わらせなくてはいけないのだが、面白いもん見つけてしまったんだからしょうがない。後であいつにも見せてやろう。


 まぁ、随分とぶっちゃけた日記である。父親と母親の馴れ初めを赤裸々に書いた日記を読むのは、なかなかにして趣深い。正直、あんまり読みたくはなかったが、読まずにはいられなかった。


 なるほど、こうやって俺は生まれたのか。


 というより、生まれなかった可能性も高けーじゃねーか。帰って来たら親父に文句言ってやろう。どんな顔するかな? 怒られちゃったりして。


 しかし……。この日記の感じだと、母さんはともかく、親父は生まれてきた俺のことをどう思っていたのだろうか? そして今はどう思っているのだろうか?


 親父は俺は「生まれることで苦しむ」と言っていた。


 確かに、別に毎日楽しくなんかない。普通だ。


 しかし、幸いにして別に今苦しくはない。むしろ割と快適に生活している。


 ……そのことを伝えたら、親父は何と思うだろうか?


 それにしても大学の時の親父は極端な考え持ってたんだな。子ども生まない方がいいって、どんだけだよ。そんなにマイナス面ばかり見てどーすんの?


 あんだろー、いくらでも。プラスなことが。親父だって実際、ザリガニ獲りに行って楽しかったって書いてあんじゃねーか。……まぁ、人生の楽しかったプラスの思い出がザリガニ獲りってのも悲しい話ではあるが。……いや、それもまたアリか。


 ただまぁ、俺も他の多くの男連中と同じように結婚はしないだろう。そもそも結婚する奴の方が珍しい。親父の時代はまた違ったようだが、男にしろ女にしろよっぽど優秀な連中じゃないと、結婚なんてしないし、そもそも結婚しようとすら思わないだろう。


 そういった意味では、俺は子どもをつくらない。大抵の奴は子どもをつくらない。子どもをつくらない、という結論だけ見ると、親父は時代のかなり先を行っていたのかもしれない。


「ただいまー」


 親父が帰ってきたようだ。


 俺は日記を手に、階段を降りて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カッコーの卵 涼紀龍太朗 @suzuki_novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ