白い夜と蒼い月

藍詠ニア

狂夜

名前の価値を知りたい


名前を捨てて

立場を捨てて

名声も捨てた

神の気まぐれで出会った

何も持たない彼女を僕は鏡と呼んだ



上層と中層

‪”‬ついで‪”に‬下層

オマケとしてしか語られない

誰も話にしない世界



上層は常に裕福だ

裕福が服を着て悠々闊歩と歩いてる

中層は常に平穏だ

平穏が真っさらに不倶戴天とのさばっている


何時も変わらない

何も変わらないことが変化だと誰かは言った

変わらないと言う事実が既に変わっているのだと

言い得て妙だ

僕は何も無いから全てになれると思い上がった

そんな儚い物語

あくまで人が望む夢で

亡くなる月を想う王の様に

心を相い

失った



下層に住む家畜である僕は中層に居る人間や

上層に住む神々を見た事すらない

毎日空から降ってくる

奇麗で病的な白い粒は家畜を段々と弱らせる

そんな薬らしい


常に夜のような薄暗いドームのような下層に降り注ぐ美しい白を

僕は家畜に有るまじき

煌びやかさ

神々しさ

そんな感情を思い出してしまった


街は爛々と輝き

家畜は皆20歳を迎える前に死の白で死んでゆく

短き生を

迫る死を

言葉にできない程の狂気が包み

軽々しい程根こそぎに

魂胆からロジカルに

白々しいほど惨憺と

刈り取り続けているのだ


なんて概念はとうの昔に消え去って

目を覚ませば死と踊り

心を少しずつ失い続け

死が救済であると広めた教団に

今日もお祈りをするのだ

素晴らしい死が

震えるように熱く

燃え上がるように凍えた

そんな未来を思い描いて


そんな心を摩耗して

死にゆく美しさに取り憑かれた僕は

上層から降りてきた天使と巡り会った

全てを捨てて

家畜へと成り下がった

神々の落し子


彼女は声を出せなかった

彼女は目が見えなかった

彼女は何時も脅えていた


僕が彼女に出会った意味は

神々は何を意図したのか

僕は彼女を愛してしまった


彼女は声を出せなくても言葉を伝えられた

彼女は目が見えなくても全てを見通せた

彼女は脅えていても心が芯を持っていた


生きる価値を

死ぬ恐怖を

楽しさを

嬉しさを

喜びを

全てが色づいて

僕の元に帰ってきた

世界に僕と君しか存在しなかった


何時しか

僕は誰かのために動くということを覚えた

困った家畜が居れば助け

同じ旗本に集った


気づけば皆感情を取り戻し

死を救済と呼ぶ教団に並ぶ

大きな勢力と化していた


大切な宝石のような君の

生きる場所を求めて

君とふたりの世界を求めて

僕は壊れて散らばる

歪んだ世界のように折れ曲がった鉄パイプを握りしめる


見たこともない太陽のような

君が待つ家へ帰る日が少なくなった

気温なんて概念でしか知らないけれど

きっと生物がまともに生きるには低すぎる

掃き溜めのような下層を駆け回る


鉄パイプが赤く染まる

般若のような姿

君にはとても見せられない

死の教団は今日をもって

この世から姿を消した


下層を統べてからは早かった

下層の中央に聳え立つ

エレベーターのような

優に人が横に500人は並べる

そんな広さの柱を壊す


そんなことをすれば下層に住む

我々‪”‬人‪”‬がどうなるか分からない

中層に上層の事なんて

最早同じ生物として

認識していない


裕福そうな服に身を包み

太陽の君とデートと称して

中層へ降り立つ


中央に位置する柱を壊せるほどのものを

下層の住人は作れるはずもないのだ

君の目を盗んで様々な暗躍を重ねる


きっと君は気づいていたのかもしれない

僕を見る目が恐怖に歪んでいた

でも僕は

君を救いたいんだ

君と2人きりで過ごす未来を

脳裏から消すことが出来ないんだ


聞いたことすらないような

そんな化学薬品を並べる

上から捨てられるゴミ達の中に

爆薬に関する書類があったこと

ゴミから文字を独学で覚えたものがいた事

きっと色んな偶然の産物に過ぎなかった


その日

僕は世界のシステムを破壊した

上層の人間は皆死滅し

数少ない生き残った中層は下層の‪”‬家畜‪”‬となる


どうやら上に行くにつれて面積が狭く

下層の被害は中心部にしか無かった

予め退避させたことも奏して死者はなし


この世界の

たったひとつを除いた

全ての生物が僕を崇める


だけど僕の心は満たされなかった

最後まで彼女は

僕を愛することは無かった

世界を掌握し

君を縛る全てを消し去ったのに

君はどうして怯えるの?

僕にどうして怯えるの?

小さな世界に大きな蒼

欠けた月の半分は君にあげたって構わない


僕は君を求めたのに

君は僕を求めなかった

僕は心を手に入れたのに

君は心を失った


世界は今や

僕を中心に廻り続けて

僕の言葉が世界の言葉

なのに何故

君は僕のものじゃない


君のためならこの白い美しい夜だって

死の白に蒼く反射した静謐とした月だって

なんの価値もないというのに


僕は君に鏡と名付けよう

過去の僕なら許さないだろうけれど


君はなんて名を僕につけてくれるだろうか


消して相容れない反対側の僕

鏡の君は何を想う


決して消えない白い死は

決して癒えない蒼い月は

僕の人生に必要ない






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白い夜と蒼い月 藍詠ニア @Lene_tia

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