第3話

 この異世界で私たちの世界でいう夏、つまり暑い季節は、フォドンとデファロム、と言う。


 デファロムが中盤に入ると、陽射しは和らぎ、日中外に出るのがもう苦痛ではなくなる。後半にもなると、夕方にはそよ風が吹いたりする。


 そうなるとしめたものだ。


 次には、日本の秋に当たる、ショルティウィーがやってくる。


 私が彼を布団袋に入れて押入れに片付ける時、彼はこう言った。


「僕は羽毛布団だ。たしかに、茉莉の言う通り、フォドンやデファロムに出てくるべき存在じゃない。

 けれど、ショルティウィーならもういいと思うんだ。


 ショルティウィーには、日によっては夜半や明け方冷え込むし、その時は合いものの布団よりも、軽くて寝ながら掛けたり撥ね退けたりがしやすい、羽毛布団を出しても不自然ではない。


 だから、僕らが一番早く会えるとしたら、それはショルティウィー初日の夜、ということになるね」


 私は貨幣交換所のデスクにも、もちろん家のカレンダーにも、星印でショルティウィーの初日をマークして、デファロムが過ぎ去るのを今か今かと待ちかねた。


 そしてついにやってきた、デファロムの最終日。

 明日はショルティウィー。日本で言うなら初秋だ。


 現実がどんな気温だろうと構うものか。

 私は羽毛布団を出す。


 毎日布団袋を開いて、触れて、おはようとおやすみのキスはしていたけれど、異邦人としてこの世界のルールは守ろうと、頑なに布団の精の彼を布団袋からは出さなかった。


 それはすべて、明日のショルティウィー初日の夜を、彼と共に祝うため。

 あの日誓った再会の日を、二人で盛り上げるため。


 私はショルティウィー・イブと称して、一人お酒を飲んで、来るべき明日の夜を、前祝していた。


 彼が出てきたら、まず何をしよう。何処へ行こう。

 でもきっと、どこで何をしても、彼と一緒なら楽しいんだわ、きっと。いえ、きっとなんじゃかじゃない。保証付きよ。


 そして、二人で楽しんだ後は、この家でまた、彼とのショルティウィーの熱い夜を過ごすんだわ。そして汗だくになった私たちの身体を、真夜中のショルティウィーらしい涼風が冷やしてくれるの。


 ぬわあんて。


 一人でキャーキャー言いながら盛り上がっていると、もう夜ふけになっていた。

 よし、まあ前祝はこのくらいにしておいてやろう、ということで、酔いは相当まわっていたが、ちゃんと皿洗いはした。偉いぞ私。


 風呂には先に入っていたので、あとは身体を濡れタオルで吹いてから、寝着にきがえた。

 私はいつもどおり、羽毛布団姿の彼におやすみのキスをしようと、押入れの戸を開けた。


 その時私の目に入ってきた、あの姿。

 そして、あの声。


「やあ、茉莉。約束の日が来たね」


 私は口を魚のようにパクつかせ、一言も発することが出来なかった。

 それほど、驚いてしまったのだ。


 昨日まで、いや、今朝まで、確かに布団袋の中の彼は、羽毛布団の姿をしていて、丸っこくかわいらしく、押入れの二階に収まっていた。


 しかし今はどうだ。

 彼はもう、布団袋の中から出ていた。

 それだけではない。

 かつてのように、私好みの顔をした、人間の男の姿になっていた。


 さらにさらに、出会った頃と同じようだったのは、それだけではなかった。


 まっぱなのだ。


 全裸なのだ。


 しかもその……。もしかしてキミ、欲情してる? だって、見るからにそうだよね?


 私の視線が、彼の男性そのモノに注がれているのに気づいたのだろう、彼は少しすねたように頬を赤らめた。


「だって、シーツをかけて布団袋に入れるわけにはいかない、って言ったのは、茉莉のほうだろう?」


 いや、それは論点ずらしだろう? と私は思ったのだが、論点を絞ってしまうと、はしたなくなってしまうのは私の方だ。


 私は敢えて彼自身のソレから目をそらし、カレンダーを指さした。


「ちょっと待って。あなた、間違えてない? 今日はまだデファロムよ? ショルティウィーは明日よ?」


 すると彼は、ニヤッと笑って押入れから降りてきた。


「もう、ショルティウィーだよ?」


 彼の指さした先には、時計があった。

 午後十二時……いや、午前零時一分!


「ショルティウィーだわ!」


 私は羽毛布団の彼と抱き合い、何カ月ぶりかの、人間姿の彼とのキスを交わした。


 しかし、すでに押入れの中ですら欲情していた彼が、それで止まるわけはない。

 そして、彼からにおう、プンプンとしたしょうのうの臭いが、私のフェチ心を媚薬のようにくすぐり、すぐに私までをも発火させることになった。


 はしたない、とは言わないでほしい。

 ここまでよく我慢しできた、と褒めてもらっていいと思っているくらいなんだから。


 こうして私たちは、約束通り、念願のショルティウィーの熱い夜を、私の予想よりも一日早く、迎えられることになったのだ。


 その念願の夜。

 私たちは、二人で心ゆくまで、全身のありとあらゆる場所と器官を使って、愛情を確かめ合った。


 夜を完全に堪能しつくした私たちは、さすがに疲れ果てた。

 でも、まだ眠りたくない。この人の顔を、姿を、まだ見ていたい。

 私だけではなく、彼もそう思ってくれているらしい。


 二人で汗をシャワーで流すと、軽くローブをはおって、ベランダに出た。


 ショルティウィー初日の夜風は、まだそれほど涼しくはない。

 けれども、これからだんだんと涼しくなり、やがて冷え込むようになっていくだろう。


 そう。

 羽毛布団が恋しく、有難い季節になっていくのだ。


 これから、日本の冬に当たるギャニャックに近づくにつれ、私の羽毛布団の彼への愛は、よりまた深まり、盛り上がっていくだろう。

 そしたらその時には……


 キャー、だめだめだめ!

 やだもうそんな、はしたない!


 ……でもほんとは、すごく楽しみ♥うふ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暖かくていつも私を包んでくれる彼。いやだって布団だし。 青木 赤緑 @haruhara_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ