魔録家の1ページ
神秋路
魔録家・三ツ鈴美鈴による記録
鳥の囀りさえ聞こえる森の中、
地図アプリで先輩から教わった場所を探し、歩くこと約三十分。一時は普通の住宅街に住んでいたが、ある時から元いた森の中に隠れ住んでいるというから、人が入りづらいところにいるのかと思っていた。前人未到の雑草だらけの道を覚悟していたのだが、存外そうでもなくそれなりに道ができていたのだ。人の出入りはあるらしい。
それらしき木造の建物を見つけ、ノックをしてみる。こぢんまりとした小さな家のようだ。大体どの時間に訪ねても出迎えてくれるそうだが、果たして本当だろうか。先輩は、仕事の成績は良くとも時々でたらめなことを言うから。
しかし心配するのも束の間、中から人の足音が聞こえ、ぎいっとドアが開いた。
「はい」
出てきたのは細身の男。茶髪の頭はあちこちに跳ね上がり、大きな瓶底眼鏡と身に付けている白衣がどこか見たような研究者や博士を彷彿とさせる。
彼は美鈴の顔を見るなり「うわあ」とでも言いたげに目元を歪ませた。
「初めまして。魔女及びそれに準ずる特殊人種の記録・収集保存家の三ツ鈴美鈴と申します」
「またアンタたちか……は? 今なんて?」
「魔女及びそれに準ずる特殊人種の記録・収集保存家の三ツ鈴美鈴と申します」
「アンタかわいそうな名前してんな」
「魔女からの哀れみはいりません」
初対面の一発目から人の名前にけちをつけやがるこの男、間違いなく先輩から聞いていた人物だ。
名は
「なに、いつもの人は? えーと、アラマキさん? だっけ」
「アラキダです、荒木田先輩!」
「そうそう、アラキダさん。先輩ってことは、アンタあのオッサンの後輩?」
「はい」
「あの人はどうしたの? 今までの魔録家の人みたいに辞退でもした?」
「先輩は別件の取材中に怪我をしてしまったので、退院まで私が引き継ぎ記録を取ることになりました」
「ありゃりゃ、魔女の争いごとに首突っ込むからだよ。前に言ってたやつね。取材だか記録だか知んないけどさ、戦場カメラマンじゃないっつーの」
「それが私たちの仕事ですので。本日もよろしくお願いいたします」
「はいはい。とりあえず中に入りなよ。俺は他の魔女と違って自信があるから、誰だってウェルカムだよ」
言われるままに中に入ると、ツンとした薬品臭が一気に鼻腔を突いてきた。これまで彼を担当してきた魔録家が彼を嫌がっている原因の一つだ。
“魔女及びそれに準ずる特殊人種の記録・収集保存家”──通称“魔録家”。この世に存在する特殊人種のうちの一つ“魔女”を筆頭とした、非科学的な能力を持つ特殊な人種を一人一人取材し、記録をして後世に残すという、ジャーナリストの親戚のような職業だ。歴史資料を見るに、魔女と呼ばれた人間は一時(いっとき)流行った魔女狩りによってほとんどいなくなったという言らしいが、近年の研究ではどうやら本物の魔女は全てこの魔女狩りを逃れたのではないかという説が浮上したのだ。
その説は数年前に実証されたばかり。調べれば調べるほど世界中で人間に紛れて生活している魔女が大勢いるということが分かった。悪魔と契約をし、人間に害ばかり与える魔女は一刻も早く絶滅させねばならない。世界の認識は共通していた。
「紅茶とかいける人? 荒木田のオッサンは紅茶は嫌だって言うんでコーヒー出してあげてたんだけど。近所のスーパーで安売りしてたやつ」
「お構いなく」
「客が来たら普通お茶くらい出すだろ。俺は絶対に構うからな」
この神崎という男も、魔女の血を引いた完全なる魔女である。人間の父親と魔女の母親の混血であるが、魔法の腕も知識も、現代に残る魔女の中でもトップクラス。同胞の間ではかなり名が通っているようであるが。それは魔録家の中でも同じことである。ただし、悪い意味で。
「魔女が出す飲食物は何が入っているか分かりません。本部の方でもそう教育されているんです。まして、出すのがあなたであっては──」
「なんてこと言うんだよ。そんなこと言うんだったらな、アンタの先輩はもうとっくの昔に死んで、俺の魔法薬の材料になってるよ。目玉は貴重なんだぜ」
お構いなくと言ったのに、お構いなく目の前に出された紅茶。紅色というよりは透き通っていて美しい朱色だったが、こんなものを魔女が出してくるというのが気味悪い。
世界は共通して魔女が嫌いだ。魔女の味方をするものが射れば、そいつはきっと魔女なのだ──と思うくらい。つまり、歴史は繰り返されているのだ。
かつての魔女狩りで本物の魔女が一人として狩れていないのならば、現代で今一度魔女狩りを行うべき。そういう思想のもと、生まれたのが“魔女及びそれに準ずる特殊人種の記録・収集保存家”という職業だった。
まずは魔女を捕まえて、処刑の手続きをする。何があるのか、これが認められるまでに時間がかかるから、その間に対象の魔女の記録を取り、保存をしていくというわけだ。だが神崎という魔女は特別で、処刑の手続きをする前に先に記録を済ませてしまえとの命令が出ている。いち取材班である美鈴や荒木田、他歴代の神崎の担当にはその理由を知る由もないが、どうやら彼は捕まえようとすればいつでも捕まってくれる気があるのだとか。訳はともかく、その前に彼の目的を果たさせてやらねばならないのだ、と何も知らないはずの荒木田先輩は言っていた。
ただこの男、黙って記録を取らせてはくれない。これまで数々の魔録家が彼の元へ送り込まれたが、ある者はノイローゼになるまで散々おちょくられ、ある者は魔法で過激ないたずらを受け、またある者はセクハラを受けた(事実確認は取れなかった)といった問題が絶えなかった。世界の魔女の中でも特に大きな力を持った魔女の記録を取るなど、危険と同時に功績も大きい。しかし、次第に彼の元へ行きたがる者が減り、そのおかげで彼の記録が進まなかった。そこで新たな担当を買って出たのが荒木田先輩である。
荒木田先輩は仕事こそ雑なオッサンであるが、なぜか神崎との親交を深めることに成功し、彼に嫌がらせをされようが、訳の分からない魔法薬を飲まされそうになろうが、三年続いた今でも仕事を辞退しようとは思わないようだ。
「荒木田がいないと寂しいな。俺の魔法薬で治してやるから、本人に届けてくれないか」
「お断りします。魔女の怪しい薬なんて、けが人に飲ませられません。第一そんなことをすれば、私の首が飛ぶどころか捕まってしまいます」
「うーん、それじゃあしょうがないな」
通されたのは応接間のような部屋であったが、彼の研究室も兼ねているらしい。奥にはデスクと、デスクいっぱいの本、資料、瓶や試験管といったいかにもな道具……とにかく応接する気など一切ないというくらい散らかっていた。
「アンタさ、本当に魔女が嫌いなんだな」
「大嫌いです。私も魔女に家族を殺された身ですので」
「知ってるか? 人間に危害を加える魔女っていうのは、魔女じゃないんだぜ」
神崎は目の前のソファにどっかりと偉そうに座った。
「知りません。魔女は魔女でしょ?」
「それが違うんだなあ。昔々魔女狩りが行われた時、なぜ本物の魔女が一人も処刑されなかったか考えたことないのか?」
「さあ。でたらめな裁判だったと聞いているので」
記録によれば、一時流行った魔女狩り──魔女裁判で行われたのは、人間の証言や熱した鉄釘を刺すとか指を締め上げるといった拷問が主流だったようだが、そのどれもが確証に欠けるものばかりであった。痛いことをされれば誰だって無実の罪を認める。当たり前のことだ。
なぜか神崎は今、自慢げにその話をしているのだ。
「全部が全部でたらめだったわけじゃないんだ。悪魔と契約した人間は体のどこかにその印があったから、それを探すという裁判も理にかなっていた。何を考えてるんだか、ホクロをその印だとしていただけで。それでも本物の魔女が一人も裁判で処刑されなかったのは、『本物の魔女』だったからだ」
「本物の魔女とそれ以外の魔女に違いがあるのですか?」
「もちろん。魔女は悪魔と契約した人間を指す言葉と思われがちだが、生まれながらにして魔法を使える魔女が存在するんだ。俺もその血を引いている」
「そんなの、どこの記録にもなかったわ……」
「そのための魔録家だろ。ぼさっと話だけ聞いてどうすんだよ。ほら、メモしろメモ」
魔録家が魔女に記録を促されるなど大失態だ。美鈴は恥ずかしい思いをしつつ、今神崎が話したことを記録した。
「アンタ、すっごい真面目人間なんだな」
「別に」
「魔録家の正式名称でいちいち自己紹介する奴、初めて見た」
「他の魔録家が雑なだけです。これまで取られてきた記録も杜撰なものばかりなんですから」
神崎の仕事を荒木田先輩から引き継いだ時、先輩の記録と共に歴代の記録をあらかじめ確認した。互いを照らし合わせることで、魔女の話していることが本当か嘘か見分ける力も必要なのだと教わっていたからだ。
しかし実際に内容は薄いし、どう見てもでっち上げにしか見えないものも散見された。美鈴はそれが許せなかった。
「でも、荒木田先輩は丁寧なんです。雑な人に見えて、きちんと仕事に向き合ってるんだって。ちょっと憧れで」
「あの人、魔女にもちゃんと向き合ってくれるんだぜ」
「……え?」
「今の時代、魔女の味方をするだけでも犯罪者だからな。大っぴらには言えなかっただろうけど、あの人は魔女に対して誠実な人間なんだ。子供の頃、魔女に命を助けられたんだとさ」
「魔女が? そんなこと……」
「言っただろ、人間に害を成す魔女っていうのは魔女じゃないんだ。悪魔によってお手軽に作り上げられたおもちゃのお人形に過ぎない」
神崎は、これまで担当してきた魔女の中でもとびきり奇怪な魔女だ。人間を恐れない。真っすぐこちらの目を見て真っ当に話をする。そりゃあ、こちらを馬鹿にしてくるような言い方は腹が立つが、それにしても誠実なのだ。彼が言う、荒木田先輩と同じだ。
「俺はさ、別に処刑されたって良いんだ。魔女ってだけでたくさん嫌がらせされてきたし、母さんや妹だって何度命の危険に晒されたか分からないんだから。そのために魔法薬の勉強をして怪我や病気を治せるようになっても、たくさん知識をつけて誰をも助けられるようになっても、その度に世間での評価は悪くなっていく一方だ」
──そりゃあそうじゃないの。
三鈴は心の中で嘲笑した。忌み嫌われている力をわざわざ身につけていくなんて、嫌われに行っているようなものじゃない。
「俺がいると家族も危ないから、今はほとんど連絡も取ってないんだ。父さんだって、母さんと結婚しただけで逮捕されて処刑された。それまでもずっと暴力だの暴言だの浴びせられたらしいし」
「魔女ですもの、当然でしょう。本物だろうが偽物だろうが、魔女から害を与えられた者からすれば、魔女は魔女。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ま、そうなるわな」
にっ、と余裕そうでありながらちょっと悲しそうな笑みを浮かべ、神崎は煙草に火をつけた。そういえば、愛煙家だって聞いていた。美鈴は煙草は嫌いだが、今は仕事中だからとぐっと我慢することにした。
「今更汚名返上とか誰も考えてないんだよ。たださ、聞き届けられないってすごく悲しいことだと思うんだよな」
「私が子供の頃、目の前で両親を殺して魔法の材料にした魔女も、私の言葉を聞き届けてはくれませんでした」
魔録家という職に就いている人間の中には、魔女の手によって何らかの被害を受けた過去を持つ者も多い。そういう人間が持つ魔女の情報というのは、例えどれだけ些細なものであっても重宝されるのだ。
そういう人間が魔録家になれば、特別な補償を受けられる制度だってあるくらい。美鈴がこの仕事についたのもそういう経緯だった。
「相当趣味の悪い偽魔女に目つけられたんだな。ご愁傷様」
吐き捨てるような美鈴の言葉を聞いた神崎は、煙草を咥えたまま仰々しく合掌する。カチンときた美鈴は、先程対面した時の神崎よりも思い切り嫌そうな顔をしてやった。
「今でも思い出します。持っていかれた両親のパーツ。全て終わった後には、まるで動物に食べ散らかされたようになって……」
「アンタさ、我慢してそういうこと言わなくていいよ。当てつけのつもりでやってるんだろうけど、アンタが辛いだけだろ。ええーと、みつ──みっつがなんだっけ?」
「……三ツ鈴美鈴です」
「そうそう、美鈴。そういうのはもうやめようぜ。ほら、紅茶が冷める」
危うく憎き魔女の目の前で泣き顔を晒す所だった。
仇に隙を見せてはいけない。自分も両親と同じく材料になってしまうかもしれないんだから。美鈴は、自分を奮い立たせてこっそり涙を拭った。
「いりません。仕事をさせてください」
「はあ……美鈴さ、魔女がどうして生まれたか知ってるか?」
「悪魔と契約した人間の方は偽物なんでしょう?」
煙がゆっくりと吐かれる。一瞬、この煙がきらきらしているように見えて思わず何度も瞬きした。魔法で悪戯でもされているのか。
「それは俺にも分からない」
「あなたは人をおちょくるのが好きですね?」
「──だけど、悪いことをするために生まれたのなら、こんなにたくさんいらないと思うんだ。物を作ったり治したりするのは時間がかかるけど、壊すのは一瞬だからな。そう思わないか?」
「意味が分かりません。それじゃあ、私や……私のように、魔女に家族を殺されたり危険な目に遭わされた人間は……私たちは何なんですか?」
本物の魔女が悪い存在ではないなら、自分たちはなぜこうして不幸になったのだ。
思いの丈をぶつける。彼は動揺することもなくただ黙って聞いている。
それでも構わない。
私は何なんだ。
何のためにこんなに辛くて、悲しい思いをして生きてきたんだ。
魔録家として優秀な成績を収めていた美鈴は、これまで多くの魔女が処刑のために収容される後ろ姿を見送ってきた。その度に、同僚や上司からは「よくやった」と称賛され、荒木田先輩も労ってくれた。
──労い? 褒めてくれるんじゃなくて?
「本当に、この世の中は混沌としているな」
「……」
「荒木田のオッサン、言ってたんだ。偽物の魔女のせいでこの世の中が混沌に堕ちてしまった。そのおかげで、正当である存在が不当の存在とされ、生まれなくてもいい悲しみを生んでいるって」
「だから何だというのですか……」
「世の中のそういうバグが、俺たちみたいな罪のない魔女を殺してしまうのが忍びないってさ。その上、なんの罪もない人間まで辛い目にあって、魔録家なんて仕事なんか提示されて、もっと辛いだろうにって」
荒木田先輩は、ただ仕事に真面目な人というだけではなかったのだ。
世の中の中枢を見て、本来はどうあるべきなのかを分析して、それを理解する魔女を探し当てたのだ。そうして、何とか自分を神崎の担当に付かせることに成功したということだろう。
「俺、初めてだったなあ。人間に労われるの」
「労い……」
「あの人、確かにろくでもないオッサンだよ。いきなり俺の家に来たと思ったらドアぶっ壊すし、その癖修理代も何も出さないで好き勝手していってさあ…………あの人が来るまで、俺も人間のこと大嫌いだったんだぜ」
「そうやって美談で私のことを言いくるめようとでもしているのなら、諦めてください。私は惑わされませんよ」
「素直になれよ~、かわいくない人間だな」
「黙ってもらえませんか? 魔女は一生許せませんから」
「もうそれでいいや。どうせ俺たちは死ぬ。そう決めたんだ」
神崎が言う、『本物の魔女』たちのほとんどは、もう既にこの運命を受け入れているのだそうだ。未だに抗う魔女もいるようだが、それもそれで一つの意思だと神崎は言った。
「言霊ってあるだろ? 魔女の魔法もあれの一種じゃないかって研究結果があるんだ。俺の」
「はあ」
「俺たちが使う魔法っていうのは、魔女本人に魔力があるだとかそういう仕組みじゃなくて、”言葉に宿っている魔力”を操ることを許されたのが魔女なんじゃないかってことだ。でも、今の時代で魔女がこうして声を出しても何も起きないってことは、そういうことだな」
「それって……」
「人間たちがどうこうしなくたって、いずれは自然の流れに飲まれて淘汰されてたってことだろうなあ」
「それじゃあ、人間たちを殺す魔女たちが魔法を使ってるのは……?」
「偽物はいくらでも作れるさ。今の時代強いのは、目に見えない魔法や不思議な力よりも科学の力だろ? 俺らのような魔女もどこぞのネコ型ロボットには勝てないのさ」
肩透かしを食らった気分だ。敵討ちの一環のつもりでこれまで仕事をしてきたのに、それも的外れだったなんて。やはり、歴史は繰り返すということか。
「──メモはした?」
「は、え……」
「おいおい、仕事をしろよ仕事を……アンタ、もしかして荒木田のオッサンよりボンクラだったりする?」
またもや失態。この男といるとどうにも調子が狂ってしまう。これまで逃亡していった同業者たちの気持ちが分かる気がする。セクハラはどうか分からないけど。
「馬鹿言わないでください。こう見えても、私は社内でも結構優秀な方なんですから」
「俺にとっては同胞をブッ殺した敵にしか見えないから、そういう自慢はしない方が良いぜ」
専用のノートに、これまでの会話の内容、新たに知った魔女の情報などをあらかたメモをする。今はタブレットなんかでやるのが主流だけれど、やはり記録を残すのはずうっと残る手記に限る。
「そういえば」
「なんだ?」
気になっていたことも聞いておかないと。
「荒木田先輩が言っていました。あなたはやりたいことがあるから、ちょっと特別扱いを受けているのだと。そのやりたいことって何ですか? まだ終わらないのですか?」
何やら神崎は国から特別扱いをされているようだが、そんなことは上層部以外が知る必要はない。けれど、荒木田先輩はなぜか知っているような様子だった。彼もいち取材班に過ぎないのだが、なんとなく察していたということなのだろうか。
「うーん……俺がこれでいいやと言えばそれで終わりだけど……今日の記録でアンタは満足したか?」
「いいえ。まだ全然情報が足りません。あなたのことを記録したいのに、魔女の話ばかりなんですから」
「そうだろう? 俺も満足できてないんだ。話し足りない」
「……はい?」
「俺がこの国に提示した条件は一つ。いつでも処刑されてやるから、俺が満足するまで俺の話を聞いて、記録しろということ。もちろん、魔録家が満足できなければいくらでもお喋りしてやるっていう項目もある」
どうやら、この国は神崎という魔女の存在の重要性をいち早く知っていたらしい。こんな貴重な情報源は他にない。そもそも、魔女の情報を得てから殺すというやり方も、歴史を残して後に備えるという至極当然な理由から始められたものなのだ。きちんと歴史を残すことに越したことはない。だからこの男は特別なのだ。
「いやーしかし、荒木田のオッサンの他にじっくり話を聞いてくれる人間がいてくれて嬉しいねえ。そうじゃないと成り立たない。あの人もそれを見越してアンタに仕事を引き継いだんだろ」
「どうでしょうか。あなた個人のことを少しは認められるかもしれませんけど、魔女のことはやっぱり認められません」
「認めなくてもいいさ。認めろなんて、こっちはこれっぽっちも言ってないんだから。ただ、ちょっと悲しいなあ~なんて」
「何か行動に移せばいいのに」
「ダメなもんはダメっていうこともあるんだよ。荒木田が言うような混沌を収めたいのなら、その一端になってるどれかが消えてしまえば案外あっさり解決するのさ」
「よくそれで納得できますね、皆さん」
「正統な魔女の血を持つ者は、そういう所もきちんと教育されてるもんなんだよ。自分たちの存在と、そのわきまえ方っていうのをさ」
もし消えた方が本来は消えてはならない存在だったのだとしても、本来消えるべき存在が長生きすることはないのだ。そうして皆いなくなる。それが神崎の持論であった。
彼の煙草がいつのまにか短くなっていた。それどころか、目の前にある灰皿には既に四本ほどの吸い殻が。気づかなかったが、結構話し込んでいたらしい。
「……すみません、内容をまとめたいので、今日はこれで失礼しても良いですか?」
「おーう、いつでも遊びにおいで」
「ありがとうございます」
「美鈴だっけ? 流石あのオッサンが選んだ人間だよ。面白い」
「人のことを見世物か何かのように言わないでもらえますか?」
荷物を片付けながら神崎の戯言を捌いていると、ふと煙のようなものを浴びた気がした。
心当たりのある方向を向くと、そこには神崎がいる。それを認識する前に、もう一度煙を浴びせられた。
「わっ……」
「次来るのは明日かな?」
「あなたね、それがどういう意味か分かってるんですか?!」
「冗談だってば……これか~、セクハラされたっていうのは。やっぱりアウトだったか」
「アウトもアウトです! これは報告させていただきます! 他の記録もありますので、次は来週にお伺いしますから!」
「うーん、人間は難しい」
「人間じゃなくてもこんなこと分かるでしょう!! やっぱり、あなたのことは大嫌いです!」
◇ ◇ ◇
ようやく神崎が処刑される頃には、美鈴もそれなりのベテラン魔録家になっていた。怪我を治した荒木田先輩に一度は仕事を引き継いだものの、彼の退職と同時に神崎の担当に戻り、神崎が収容される後ろ姿をいつものように見送った。
拘束されても神崎は何も言わず、むしろ目元は嬉しそうだった。彼の最後の取材以降会話を交わすことはなかったが、「やっと解放されるんだな~」なんて、彼の呑気な言葉が聞こえてくるような気がした。
魔女が存在した意義も、人間たちが苦しんだ意味も──そして、人間たちが取ったこの対処が果たして正解かどうだったのかも、誰も分からない。だけれど、神崎は自分たちがとっとと消えるのが一番正しいのだと言うのだろう。
最後の取材の時、神崎は本当に満足気であった。
「こんなに話を聞いてもらえてうれしかったよ。荒木田のオッサンも、美鈴も、ありがとな」
「俺はもう未練なんてないや。俺がいなければ家族もそれなりに安全になるだろうし……ま、いつかは処刑されるだろうけど……神崎って苗字の魔女がいたら、よろしくな」
神崎の死を境に、それまで抗っていた魔女までもが大人しく収容されるようになり、魔女狩りは著しく進んで行った。これだけで、魔女の間のなかで神崎という男がどういう存在だったのかが分かる。
彼以外に神崎という名の魔女を見かけなかったわけではなかったが、声はかけないでおいた。
そしてその数十年後──
美鈴がすっかり老いさらばえる頃……その時代にはもう、魔女は全員いなくなっていた。偽物はもちろん、正統な魔女の血を持つものですら、すっかり綺麗になくなった。
『元・魔女又及びそれに准ずる特殊人種の記録・収集保存家の三ツ鈴美鈴』は、その老いた脳みその中で反芻する。
自身が死へ導いた一人の男の魔女と、彼が何を思っていたのかということを──
魔録家の1ページ 神秋路 @Kamiaki_shuuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます