深い穴

ガエイ

深い穴

 私の職場は毎年防災訓練を行っており、なるべく毎年違う訓練を行うようにしています。

 その年は建物の設備の確認と、操作方法について訓練を行いました。


 中には、入社して初めて見る設備もあり、今後万が一使わなければならなくなってしまった時に、宝の持ち腐れにならないよう、真剣に話を聞いていました。


 最後に訪れたのは地下駐車場でした。

 部長が駐車場の端にあるマンホールのところで説明をはじめました。


 どうやら、災害で建物から下水が流れなくなってしまった場合や、大雨で雨水が流れ込んできた場合に、一時的に貯留する空間のようでした。


「災害時は横にあるレバーで切り替えるだけだから、蓋の中が見れるのは訓練中の今だけだぞ」


 部長がそう言い、担当者が専用の鍵を使って重い鉄のマンホールを開けると、そこには深さが3メートル以上はあるコンクリートで囲まれた広い空間がありました。


 吸い込まれるような暗闇に、私はゾクッとしました。

 恐らく、この穴に落ちてしまったら自力では脱出できないでしょうし、蓋をされたら大声を出しても、コンクリートと重いマンホールで遮られて何も聞こえません。

 そもそも、人の出入りの少ない地下駐車場で、異常に気づく人もいないでしょう。


 隣にいた同僚たちも同じことを思ったようで、


「あー、ここに自分が落ちた想像とかしちゃって、何かゾクゾクするわー」

「わかる、俺、高所恐怖症だから、まず落ちるって時点から無理」


 私はハッとしました。

 同僚たちも私と同じく、落ちたら助からないという想像をしていたようでしたが、私が想像していたのは、自分が落ちるのではなく、誰かを落として閉じ込めるという内容でした。


 顔見知り、見知らぬ大人、小さい子供――誰か1人だけ穴に突き落とし、絶望させ、泣き叫ぶ声を聞きながらマンホールを閉める……。

 私がゾクッとしたのはそんな想像をしたからです。


「マンホールとレバーの鍵は施設管理の部署で管理しているから、災害時は担当者を待たず、指示があれば全員が操作できるようにしておけよ」


 部長の説明が終わり、マンホールの蓋は再び閉じられ、担当者によって施錠され、防災訓練も終了しました。


 あれから数年経ちましたが、幸いなことに大きな災害もないため、地下の空間を災害で使ったことは、まだありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深い穴 ガエイ @GAEI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ