玉や玉や頭山
十余一
玉や玉や頭山
皆さまは“
あるところに、とんでもなくケチなケチ
あんまりにも見事に咲いたから名所“頭山”になっちまって、花見客が押し寄せて呑めや歌えの大騒ぎ。しかし頭上でドンチャン騒ぎをされたケチ兵衛はたまったもんじゃあない。「こんなもんがあるからいけねぇんだ!」と木を引っこ抜いて、頭に大穴を開けてしまう。
すると今度はその穴に水が溜まって池になる。そして結局、釣りだの舟遊びだので大賑わい。とうとう我慢が出来なくなって、ケチ兵衛は頭の池に身を投げてしまったのでした。
さて、これを聞いて眉間にしわを寄せているのが、今日の話の主人公でございます。
「ああ、勿体ない勿体ない。ケチ兵衛とやらは何だって身投げなんてしちまったんだ」
苛立ちを隠しもせずにそわそわと膝を動かすのは、商魂たくましい
「私だったら上手く商いするものを……」
思い立ったが吉日と言わんばかりに、庄左エ門はサクランボを用意して種ごとゴクリッ! すると桜の木がニョキニョキッ! 見事な大木に満足すると、
「いにしへのォ 奈良の都の 八重桜ァ 今日あたま山 匂ひぬるかなァ」
なんて上機嫌に妙な和歌まで詠みだす。
そうして客が集まり始めたら一気に商売っ気を出していく。
「酒に肴は
「おぉい、酒をくれ! 肴はそうだなぁ……穴子と芝海老の天ぷらをくんな」
「へぇ、ありがとうございます」
「こっちには田楽と
「へぇ、只今!」
なんて調子で商売繁盛。
酔っぱらった若旦那にゲロをぶっかけられても、
「……いいよ、いいよ。銭さえ払ってくれるんならね」
と、儲けのためならと我慢して仏の笑顔で許してやる。内心では「吐くまで飲むな、飲んだら吐くな」なんて思っているがおくびにも出さない。
ちなみに“酔って吐く若旦那”というのは当時の風習風俗を描いた絵にもしっかり描かれていまして、酒による失敗ってのは軽く百年以上も語り継がれてしまうんです。恥をかかぬよう、皆さまもお気をつけくださいな。
さて、話は戻りまして春が終わり寂しくなった庄左エ門の頭山。
それじゃ次は池を作ろうじゃあないかと木を引っこ抜いて水をジャッと入れる。それから、ぽっかりと池があるだけじゃあ寂しいってんで、その辺の石ころを真ん中にぽちゃん。これぞ
三味線をチントンシャンのペペンペンと弾いて舟遊びに興を添える。それからさり気なく団扇で涼風を送り、
「団扇は如何かねぇ。一本
と、ちゃっかり自分のところの商品を売りつける。
それから釣り具の貸し出しもする。しかし時にはあらぬところに釣り針が引っかかっちまう。
「大物だ! 引け、引け!」
「痛たたたッ! それは私の
内心では「パッチリ二重になったらどうしてくれんだ」なんて文句を垂れているが、金さえ貰えりゃ仏になれるのが庄左エ門って男だ。
しかしまあ、流行り廃れってのは目まぐるしいもので、そのうち客足も途絶えてしまった。次の手立てを考えなければと思案する庄左エ門の耳に飛び込んできたのは、
「玉屋ァ、たまァ~やァ」
という威勢の良い声。玉屋と言っても花火のことじゃありません。
江戸時代から既に人気のさぼん玉。しかし当時の石鹸というのは高級品でして、代わりに
それで池を満たして、真ん中にある石をチョイと動かして島の形を変える。そして西のほうに頭を向ける。遠くに見える富士山、海、孤島。それはもう、富士
庄左エ門はさぼん玉をぷくぷくと吹く合間に、
「あたま山ァ 富士の煙や 消えぬらむ
なんて、また妙な和歌を詠み、
「万葉に歌われ広重も描いた景色、拝んでいかなきゃ損だよ。さぼん玉遊びは
と、客寄せをする。さてさて、客入りはどうか。
一番乗りは、水中からザバっと現れたとんでもなくケチなケチ兵衛。
頭山の景色を見て一言。
「こりゃあ良い。タダで浄土に来られたわ」
玉や玉や頭山 十余一 @0hm1t0y01
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