60 エピローグ ☆

 王都邸にいる全ての人を引き連れて、大所帯で移動することになった。当然その中には、俺の両親や弟妹も含まれている。


 そのせいか、父親エリオットによく話しかけられるようになった。以前より精彩には欠けるが、妙にさっぱりした表情で。


「リオン。こんな風になって今更だが、失って初めて理解できたことがある」


「精霊との盟約ですか? まだ諦めるのは早いと思いますが……」


 どうやら精霊感応が働かなくなり、母親シャーロットもあんな状態になって、お花畑なこの人もさすがに考えを改めるに至ったらしい。


「自分はずっと一人だと思っていた。家に縛られ、誰もが本当の自分を見てくれないとね」


 もしかして、父親がキリアム家を顧みなかった大元の理由ってそれ?


 周囲の大人たちが欲しいのは盟約だけで、その器が誰であっても構わない。ただ生きることだけを望まれる存在。


 かつてのエリオット少年は、多感な心でそう思い込み、人間不信を育んでいったらしい。

 

 当時の状況を思えばありそうな話ではある。


 曽祖父の代で王家から二度目の降嫁があった。夫婦仲はよく六人の子供に恵まれた……と言えば聞こえはいいが、盟約主が生まれるまで産み続けて、六人目でようやく結果を出せたというのが実情だ。


 跡を継いだ祖父は、盟約を守るために否応もなく分家筋の女性と結婚したが、なかなか子供に恵まれなかった。本人たちも周囲もどれだけ焦れたことだろう。


 そして、得られた子供はたった一人。幸いにして待望の盟約主だったわけで、父親の誕生がキリアム一族にどれほどの歓喜で迎えられたかは十分に想像できる。


「精霊至上主義であるキリアム一族に対して、そんな風にずっと不満を抱いていた。盟約の象徴として扱われるのが息苦しくて、一人の青年として過ごせる王都で暮らす日々が増えていった」


「社交は面倒で大変だと聞きますが、王都での生活は楽しかったのですか?」


「ああ。駆け引きめいたものも確かにあるが、それもかえって新鮮だった。ここでは特別な唯一人ではない、仲間と同じ一人の青年に過ぎないと実感できたからだ。だが、……精霊の姿が『視えなく』なり、声も聴こえなくなって、初めて本当の孤独はこうも空虚なのかと思い知ったよ」


 ふむ。この際だから、思い切ってずっと疑問だったことを尋ねてみるか。


「母上とは恋愛結婚だと聞いていますが、どこに惹かれたのですか?」


「社交界に入ってから、私に近づいてくる女性は数えきれないほどいた。しかし、ほぼ全員がキリアムの大看板を通して私を見ていた。『ありのままのあなたでいい』『盟約なんてなくても構わない』と言ってくれる女性は、シャーロットしかいなかった」


 一方の母親は、加護の有無が人間の価値を決めるスピニング家で育ち、なおかつ加護を失って、実家から軽んじられることに大いに不満を抱いていた。


 ……いわゆる似た者同士でシンパシーを感じちゃったケースなわけか。


 ただまあ、そんな事情を聞かされても、育児放棄を正当化する理由になんてならないけどね。


 母親には幼い頃から呪いの産物である邪悪な妖精が棲みついていた。あそこまで幼稚で酷い性格になったのは、情緒面の成長に妖精が悪影響を与えていたのかもしれない。


 実際に後遺症が出ているしね。


 あの黒い妖精は、普通の妖精以上に妙に人間臭かった。そして、シャーロットと同じ体験をすることで、感情を共有していた節がある。


 長年憑りついていた妖精が分離したせいで、母親は一時、抜け殻のようになっていた。今は喜怒哀楽こそ戻ったが、いまだ感情のブレが激しく、幼児返りをしたような状態だ。


 母親に言いたいことは山ほどある。でも……「ごめんなさい」と幼い子供のように泣いて謝る姿を見たら、怒りをぶつけることなんてできなかった。


 むしろ、父親に対してモノ申したい。もう思春期はとうに過ぎている。可哀そう可哀そうって、いつまで自分たちを憐れむつもりだって。


 自分たちだけの世界だけで完結したいなら、子供なんて作るなよ。やることやって、産むだけ産んで、あとは知りませんだ?


 なあ、自分たちの子供を見ろよ。


 ロニーの自己否定に塗れた目を。エリザの怯えて、まず大人の顔色を窺う態度を。あんなの全然子供らしくない。


 誰にも認められず寂しかったって? じゃあ、なんで同じ思いをしている子供を放っておくのか?

 

 親になった――なってしまったからには責任を果たさなきゃ。あんたたちは三人の子供の親なんだから、いつまでも恋愛脳じゃ迷惑なんだよ。


 まだ二十代で、生活に困ることなんてない。たいした人生経験も積んでいない。だから、想像すらできないのだろう。


 家の被害者という一面は確かにある。でも、被害者が誰かに危害を加えたら、その瞬間からそいつも加害者になる。いつまでも被害者ぶってんじゃねえよ。


 ――リオン アノニンゲン ヒュルヒュルドゴーン スル?


《マスター。年齢の割に達観していると思っていましたが、溜め込むタイプだったんですね。マスターのご希望であれば計画を練ります》


《マスターの怒りも、悲しみも、全て受け止めたいです》


《キレイナ ケシキ ミル?》


《イツデモ 殺レマス》


 脳筋二名、腹黒一名がヤバいこと言ってる。でもまあ、みんな慰めてくれてありがとう。


 もう大丈夫。自問自答とはいえ、ボンッって爆発してすっきりしたから。ただいつか、面と向かって言ってやるつもりだ。


 ……それにしても。この怒りは前世の知見の影響を受けているとはいえ、間違いなくリオンのもので。


 この世界に転生して七年が過ぎた。今ならまだ思い出せる。前世の家族や、親しかった人々の顔や声を。でもこの先、十年も二十年も経ったら……咲良理央の記憶も思い出も全て薄れて、色褪せてしまうのかな?


 リオンとして人生、リオンの家族。あの人たちと、やり直すことができるのだろうか?


 少しは期待してもいい? 身勝手で子供みたいな人たちに、親としての役割を。まあ、もし俺が受け入れられなかったとしても……弟妹から両親を取り上げていい理由にはならないか。


 アイは前世を含めた俺の過去の記憶を保存バックアップしてくれている。だから見ようと思えばいつでも見られるわけで。


 将来、俺自身がその記憶を覗いたとき、元の家族の姿を見て「ああ、こんな顔してたんだ。懐かしいなぁ」って思える日って来るのかな?


 ……もしそうなるとしたら、俺の隣には、過去を塗り替えてくれるような誰かがいるようね気がする。それって誰だろう? まだ予想がつかないや。


——生体サーチ結果——

 リオン・ハイド・ラ・バレンフィールド・キリアム

 年齢 7歳

 種族 〆Ψ

 肉体強度 体力中等度

 一般能力 痛覚制御/精神耐性++/飢餓耐性/不眠耐性/速読/礼儀作法/写し絵/精密模写

 特典 自己開発指南

 転生職 理皇

 固有能力 究竟の理律

 理律 理壱/理弐/理参/理肆/理漆(1/3)

 派生能力 魔眼+++/超鋭敏/並列思考/感覚同期/倒懸鏤刻/蟲使いθ/並列起動/幽体分離/俯瞰投影/護連星/(魔装甲)

 職業 門番θ

 固有能力 施錠/開錠/哨戒/誰何

 派生能力 管理台帳

 盟約 精霊の鍾愛

 精霊紋 水精王/精霊召喚[リクオル]

 精霊紋 氷精霊/精霊召喚[グラキエス]】(封印中)

 精霊紋 風精霊/精霊召喚[フェーン]

 固有能力 精霊感応/愛され体質

 派生能力 指揮/水精揺籃/甘露/架界交信/封想珠

 加護 織神【糸詠+】

 固有能力 織神の栄光/柩蛇/蚕蛛/明晰翅

 派生能力 万死一生/先見者θ/蠧毒浄牙

 顕彰 廻狂瀾於既倒

 顕彰 卷地風來忽吹散

 加護 嚮導神【悉伽羅】

 固有能力 裂空/幽遊/双対

 装備: 継承の鍵/於爾の角笛/昇華珠

 備考:転生/前世記憶


(※上記生体サーチは書籍版仕様です。名前の区切り位置および職業・能力欄の一部表記(θ→@)や種族欄の記号などが異なります)



――あとがき――

この回をもって第二部完結です。

ここまでお読みいただいた皆様に感謝を!


『代償θ』書籍2巻発売中。

 →売れ行き苦戦中_:(´ཀ`」 ∠):ご購入をご検討いただけたら大変にありがたいです……m(_ _)m


 漂鳥


(追記:第三部はこれから書きます。なので、更新時期はまだ未定です。あらかた書き上げた時点で近況でお知らせする予定です)

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代償θ【WEB版】〜転生に出遅れたけど、才能溢れる大貴族の嫡男に生まれたので勝ち組かもしれない 漂鳥 @hyocho

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