59 加護の息吹

 諸々の問題は片付いたが、行政府が壊滅したせいでいまだ王都は混乱状態、行方不明者も多数出ている。


 周囲にグラス地方へ帰還する段取りを勧めてもらいつつ、出発までの間、王都の空気から呪素を取り除いたり、石化治療薬を増産したりと、やることは山積みだ。


 そんな中、アメーリアが俺に会いたいと、キリアム家王都邸までお忍びでやって来た。どうしても知らせたいことがあると言って。


「あの、これのお礼を言いたかったの」


「ああ、早速使ってくれたんだ。気に入ってもらえたなら嬉しいけど、わざわざそのために?」


 アメーリアの首には、先日会った時にプレゼントした風幕の魔道具が下がっている。宝飾品仕立てにしたもののひとつだ。


 身体に染み付いた呪素が少しでも抜けるようにと渡していた。


「ええ。王都は今、凄い騒ぎでしょ? 魔虫が現れて、石化する煙を吸い込んだ被害者が多数出ていると聞くわ。そこにこの魔道具だもの。身体の周囲に清浄な空気を作り出すなんて、リオンはこの事態を予測していたの?」


「あはは。まさか、偶然だよ。でも、役に立ってよかった」


「それでね……実は大事な報告があるの。今までどんなに頑張っても全く手応えがなくて諦めていたのに、この魔道具を身に着けてしばらくしたら……『視える』ようになったのよ! 銀色の蜘蛛が……砂粒みたいでな可愛らしい小さな蜘蛛がね」


「えっ! 加護が戻ったの? おめでとう!」


 もし本当に、身体から呪素が抜けたせいでアメーリアに加護が戻ったなら、思わぬ副産物だ。


 逆に言えば、呪素に汚染されたら加護が消える可能性があるってことで……これは要警戒情報だね。今の時点で気づけてよかった。


「ありがとう! これもリオンのおかげよ!」


「加護は神々が下さるものだから、もしかしたら清浄な空気を纏って過ごすことが良い方向に働いたのかもしれないね」


「絶対にそうよ。なにかと塞ぎがちだった気持ちも軽くなっているし、以前より体調もいいのよ。なにより御使いが来てくれたんだもの」


「じゃあ、これからは賑やかになるね」


 ででーんと単独で現れた白蛇と違って、蜘蛛の御使いは群れで現れた。あの現象がアメーリアさんにも起きているなら、子蜘蛛だらけのはずだ。


「えっ、賑やか? ……あ、あのね。一匹、まだ一匹なの。だから、とても幸せだけど、賑やかは大袈裟かな? でも、蜘蛛は付き合う年数に応じて数が増えていくと聞いているから、次に会うときには、リオン君が言うように何匹も増えて、賑やかになっているかもしれないわ」


 そう言って嬉しそうにはにかむ彼女に、言えるわけがなかった――それ、浴びるほど増えるんですよって。


 おそらく彼女が取り戻したのは、まだ権能というには頼りない力でしかない。だけど、この裏表のない性格を慕う蜘蛛は、きっと沢山いるはずだ。だから思わず。


「いつか、夢で会話ができるといいね」


「それ、どういう意味?」


 あれ?  気づいてないのかな? 以前、蜘蛛繋いだネットワークの中で話をしたことを。


「いえ、ちょっとした冗談だよ。気にしないで」


 まあ、順調に蜘蛛が増えたらアメーリアにも分かるかもしれない。


「……あのね。ここだけの話しだけど、スピニング家は近い内に領地に引き上げることになったの。王城があんなことになっただけでなく、今の王都はなにかおかしいらしいわ。だから、リオン君も気を付けて」


 ああ、なるほど。わざわざ直に足を運んでくれたのは、これを伝えたかったからか。おそらく敵側にいただろうスピニング家ですら王都から逃げ出す。その意味を重く受け止めるべきだ。


「うん。貴重な助言をありがとう。王都を発つ前にアメーリアに会えてよかった。アメーリアもお元気で」


「うん。また会える日を信じて。じゃあね!」


 静かに立ち去るアメーリアを見送った。


 いまだ臥せっている母親――彼女にとっては姉にあたる――に会っていくかと一応は聞いてみたが、「今はやめておくわ」と断れらた。


 加護が戻ったばかりだしね。母親の加護への執着を身をもって知っているなら、会いたくない気持ちはよく分かる。


 それでもキリアム家に来てくれた。そのことに感謝しなくちゃ。スピニング家なんて全員敵だと考えていたけど、アメーリアみたいな人がいることを知れたのはよかった。


 ……スピニング家のように、王都から逃げ出す貴族は多いのかもしれない。それだけ今回の騒動は様々な人たちにとって「予想外」だったのだ。


 噴水に仕掛けられた魔虫の卵。それは王城にも及んでいたのだから。


 それに加護の件もある。


 母親は邪法により約二十年前に加護を壊された。また、アメーリアからまだ育ち切らない加護の兆候が消えたのは、おそらく十年ほど前。


 その辺りの時期に王都の呪素汚染が進んでいたのだとしたら。


 アメーリアの一例だけでは判断しづらいが、呪素だけでは加護を壊すほどの力はなく加護の兆候を抑える程度なのは推測できる。それの可逆的なのだ。


 王都には稀少な加護を有する保護血統の人々が少なからず住んでいる。彼らが王都から安全な場所へと脱出すれば、加護がないと見做していた子供たちに、次々と加護が現れるなんて事態も起きそうだ。


 王家あっての保護血統だったけど、今後はそれもどうなるか分からない。果たして、あんな状態から王城が復興できるのかどうかは……グラス地方で静観するしかないな。


  ……うん。王都撤収の際には全員グラス地方に連れていこう。皆で一斉に引き上げだ!



――『代償θ 2巻』発売中!――

よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る