58 風の解放

 移りゆく空の色をずっと見ていたかったけど、まだ大事な仕事が残っている。


 だから、後ろ髪を引かれながらも、朔月門を介して必要なものを回収。それから、再び時空の穴を通って王城へ戻った。


「あそこか。ひと目で分かって助かるけど、骸骨スケルトンが髑髏を囲んでいるなんて、シュールな光景だよね」


 花の周囲を捜索した結果、目的のものが見つかった。


 黒い髑髏――呪器だ。


 その眼窩には緑色の光が灯っていて、話に聞いていた通りのものだった。その形状から見て、人の頭蓋骨なのは間違いない。


 ただし、懸念していた最悪の事態ではなかったことが分かり、遺骨の持ち主には悪いが、少なからず安堵する気持ちが湧いた。


「……小さいね。子供のかな?」


 ――ヒューゴ卿の遺骨ではなかった。盗まれた遺骨の行方は依然分からないままだ。もし、あれほど強力な盟約の持ち主の遺骨が、器と化していたら。さぞかし厄介だったはずだ。


「フラトゥス! フラトゥス、フラトゥス、フラトゥス!」


 俺の手の中から小さな蝙蝠が抜け出した。やっと再会できた恋人――が囚われた呪器を目にして我慢できなくなったのだろう。


「レオさん! まだ触っちゃダメですよ!」


 確認のために交信リンクを開く。


 ルーカスさん、あの中にいるのはフラトゥスさんで間違いないですか?


『ああ。いくばくかの歪みを感じるが、フラトゥスの精霊力を感じるよ』


 よかった。じゃあ、早く解放してあげなきゃ。


『あの呪器に仕掛けられた術式を解除、あるいは呪器そのものを破壊すれば、拘束力はなくなるはずだけど……できそう?』


 自分にできそうなのは破壊――力業でいく方ですが、それでもいいですか?


『どんなやり方でもいいよ。君に任せる。結果オーライだ』


「分かりました。じゃあ、早速始めます。スカラ、解呪するよ!」


 待ってましたとばかりに、黒い髑髏に向かって白い護連星が飛んでいき、呪器を観察するようにぐるぐると周囲を周回し始めた。


《……我、隠サレシ秘孔ヲ 見極メ 一子相伝ノ 殺拳ヲ以テ 制裁ヲ科サントス》


《忌マワシキ器ニ破壊ヲ 哀レナ犠牲ニ終焉ヲ 齎シ 尊キ主命ヲ 果タスモノ也》


《天ノ意 地ノ意 我ニ アリ 乾坤一擲……倒懸鏤刻!!》


 宣誓? の言葉が終わると同時に、白い護連星が呪器に襲いかかった。


 殴る殴る殴る。


 拳がなんとかと言っていたけど、まるで試合中のボクサーのように、黒い髑髏が繰り返し衝撃でブレ、のけぞり、抉られて、激しく打ちのめされてゆく。


 頬骨が折れ、顎関節が外れ、頭蓋が割れ骨片が飛散した。そしてついに、髑髏の眼窩に灯る緑色の炎が……消え失せた。


 ……きた。どうやら上手くいったみたいだ。


 ボロボロに破壊された呪器を中心に大きな存在感が急激に湧き上がった。突風と共に待ち望んでいた風の精霊フラトゥスが呪器から飛び出した――だが。


「フラトゥス!」


「レオさん、待って。様子がおかしい」


 フラトゥスさんの雰囲気が不穏なのだ。呪いの気配が消えていない?


 ――レオ アイタカッタ ナノニ アエナカッタ


「フラトゥス! 僕もだよ!」


 ――モウハナレナイ モウシッパイシナイ モウニドト ハナレナイ


『どうやらフラトゥスは精神汚染されているみたいだね。呪器に閉じ込められていた時間が長いから、仕方ないか』


 それって、治るんですか?


『リオン、君が治すんだよ』


 それってどういう……えっ!? マズい、狙いはそこか! フェーン、逃げろ!


 ――チカラ タリナイ ナラ ウバエバイイ


「ダメだフラトゥス!」


 風の精霊力が急激に高まり、周囲にいた風の精霊たちを強引に引き寄せていく。他の精霊を吸収して力を増強しようとしているのか?


『リオン、フラトゥスを攻撃して呪いを完全に絶て!』


「スカラ、行け!」


《一拳入魂、気魄一閃、徹頭徹尾……打・打・打・打・打・打・打!!》


 やむを得ず、スカラがフラトゥスさんをボコボコにした。容赦なく。徹底的に。ヤンデレさが抜けて、すっかり大人しくなるまで。


「フラトゥス、可哀そうに。痛かっただろう?」


 ――レオ! カワラナイ ヤサシイ レオ アイシテル


「当たり前じゃないか。僕だって君を愛している。約束する。この気持ちは未来永劫変わらない。だけど、僕は人として長生きしすぎた。生まれ変わる資格がもうないんだって。だから考えたんだ。君とずっと一緒にいる方法を。例えこの身が滅んでも、僕は君の思い出の中で永遠に生きるよ……」


 ――レオ! ソレナラ ワタシモ アナタノ オモイデ ナル


 おいおいおいおい。なんでそんな話になってるの? 精霊化するんじゃなかったの?


『リオン、どうする? 僕は恩知らずは嫌いでね。フラトゥスがリオンの精霊を取り込もうとしたことを許せないでいる。レオが完全に精霊化するには、リオンとリオンの精霊の協力が必要なのにね。もう放っておけばいいんじゃないか?』


 いやでも。せっかく助けたわけですし、可能なら、精霊化した方がいいんじゃないですか?


『レオ、フラトゥス。僕と違って心が広いリオンはこう言っている。……が、せっかくの申し出だけど、スパッと断って永遠の思い出とやらになろうか?』


「ご、ごめんなさい。フラトゥスがあんなこと仕掛けて、申し訳なくて。だから残された道は思い出になるしかないと考えたんだけど……やっぱり、できれば精霊化して愛するフラトゥスとひとつになりたい……です」


 ――オンシラズ ゴメンナサイ ユルシテクダサイ レオ ト イッショ ナリタイ


 まあ、元々手伝うつもりだったし、反省してくれたならやりますよ。ルーカスさん、精霊化って具体的にはどうすればいいんですか?


『まずはフラトゥスが中途半端な状態のレオの精霊化を解除する』


 最初はリセットから始めるわけですね。


『そう。レオの幽魂は蝙蝠のそれと合成されて酷く不安定なので、それをラップで包んだり欠損を補填したりする感じでリオンの幽体で覆っておく。その間に、フラトゥスは余剰な存在力をリオンの精霊に割譲して、レオの幽魂と釣り合うようにバランス調整する。で、【融王】である僕の監督下でフラトゥスがレオの精霊化に再挑戦する。以上』


 ラップで包む? えっ!? どうやるの?


『リオンは、器用に幽体を伸ばしたり分離したりできるじゃないか。あの要領でやればいいよ』


 アラネオラ、そういうのってできそう?


《はい、マスター! お任せください!》


 なんか、うちの子ができるみたいです。


『ではやってしまおうか』


 結果、フラトゥスさんの存在がだいぶ小さくなってしまったけど、レオさんの精霊化は成功した。これでもう冥廻人に狩られることはないし、二人は本当の意味でひとつになったと言える。


 そして、二人は精霊界へ旅立った。


 精霊界がだんだん傷ついた精霊の保養所みたいになってきた気がするけど、元々精霊が発生した世界だし、のんびり過ごすにはいいのかもしれない。


 精霊界に旅立つ際に、フラトゥスさんがお礼だといって情報をひとつくれた。


 ――ウォルカニウス アブナイ マエ ヨリ オオキイ ハドウ カンジル


 ルーカスさん、ウォルカニウスってなんですか?


『火の精霊王の名前だよ。テオを拉致した犯人……かな』

 

 一難去ってまた一難!? 今度はそれかぁ。



――『代償θ 2巻』MFブックスより本日(3/25)発売です!――

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