第5話 楽しいお買い物

 レナードは二人を連れて問屋街とんやがいにやってきました。

 レストランで使う専門的な調理器具から、一般いっぱん庶民しょみんけの安価あんかな調理器具までなんでもそろう通りに足を踏み入れると、かお馴染なじみの店主たちが物珍しそうにレナードの隣を歩く二人を見ます。

 姉妹はと言えば、街に来たばかりの頃は向けられる視線に怯えていたのに、レナードと行動を共にしていることで全く気にならなくなったみたいです。

 興味深げに店頭に並ぶ調理器具を見つめていました。


(これはなぁに?)

(あら、おたまに穴が空いているわ。これじゃあ使えないのではなくって?)


 楽しそうな姉妹の声が脳内に響いて、入り口に一番近いお店を切り盛りしている店主のおじさんはとても驚きました。けれどその響いた声があまりにも可愛らしく弾んでいたものだから、自分の娘が幼い頃を思い出してしまったのです。

 初めて見るもの全てに興味津々きょうみしんしんで、何に対してもキラキラとした目をしていた娘さん。目の前ではしゃぐ顔のない少女たちに娘の笑顔を重ね合わせ、おじさんは答えます。


「それは液体をすくわずに具材だけを掬えるおたまだ」

(まぁぁ、なんて便利なの!)

(薬草を掬い上げるのにせっかく煮出したお湯が無駄になることがなくなるわ!)

(調合用と調理用、私の分にあなたの分、4つ買いましょう)

(えぇ、買いましょう!)

「そんなに買うのか?!」

(えぇ! でもまだ待っていてね、他にも気になるものがたくさんあるから!)


 店頭の品物、店内の品物、どれもこれも二人の姉妹の心を弾ませます。鍋の大きさも大小だいしょう様々さまざま。おたまの種類も多種多様。フォークにスプーン、お皿もたくさん。


「アハハ! 最初のお店でこれだと、全部のお店を回るのに一年以上はかかりそうだね」

(本当ね! いくらポシェットにたくさん入るからって、とんでもない量の荷物になってしまいそう!)

(わたしたちのお家も大きくすることになっちゃうわ)

(必要なものだけ選ばなくちゃいけないってことね……)

(それってすごく難しいわね!)


 レナードはそのやりとりに思わずクスリと笑います。自分も初めて問屋を訪れた時に似たようなことを考えたなと思い出したのです。


「よかったら、必要最低限のものは僕が選ぼうか」

(それがいいわ!)

(だったらわたしたちは特別面白そうなものだけ選べばいいわね!)

「あ、なるほど……今日のところは三つだけ買うっていうのはどう?」


 今日のところは二人に買い物をあきらめてもらおうとした提案ていあんでしたが、二人から購入こうにゅう意欲いよくが一向に消え去らないことにレナードはめんらいました。せめてもの提案として、三つだけと言ってみます。


(…………そうね)

(…………たしかに)


 ものすごーく苦しげに言葉をしぼす姉妹に、店主とレナードは吹き出しそうになるのをこらえます。本当に、まるで子供のようでした。

 穴あきおたまだけキープして、二人は他のお店も見て回ることにしました。とはいえ、お店の数はたくさんあります。全部のお店の中を見て回っては時間がいくらあっても足りません。


 二人は一度通りの端から端まで店頭を眺めながら歩き、うんうんうなりながら戻ってきました。そしてもう一度、今度は気になったものを少しだけくわしくながめます。最後に購入こうにゅう候補こうほを五つくらいにさだめ、店主の説明をしっかり聞いて通りの入り口に戻ってきました。


(わたし、穴あきおたまと、チェリーの種取り器と、とうもろこしカッターにするわ!)

(わたしはすりおろし器と、じゃがいも潰し器と、ねこのがらきで焼けるフライパンにするわ)

(あ、ねこちゃんにするのね! それも悩んだの……)

(ふふふ、お姉さまにも使わせてあげるわよ)

(そうよね、二人でバラバラのものを買うんですもの、共有しましょうね!)


 レナードは二人が楽しそうに問屋街を行ったり来たりしている間、鍋やフライパンなんかの調理器具のほか、お皿やフォーク、そういった食器のたぐいも一通り選びました。

 デザインのシンプルなものと、若い女性のために作られた可愛かわいらしいデザインのもの二種類ずつ。当然のように値段ねだんが違うので、二人に選んでもらおうと思ったようです。


「どう?」

(レナードさま、あなたって最高ね!)

(全部可愛い方がお料理する時に気分が上がるかしら)

(でも、よごしてしまうことを考えたら全部でなくてもいいんじゃない?)

(たしかに……だけど、今の状態じょうたいで固定しておいたら汚れも付かないわ)

(そうよ! そうよ、わたしたちって魔女だったわ!)

(全部可愛い方にしましょう!)

(そうしましょう!)

「りょうかい」


 二人は手分けして、それぞれのお店にお金を払います。姉妹には花束の頭しかないのに、店主たちには溢れ出す笑顔が見えるようでした。いつの間にか二人の着ていたワンピースのすそがキラキラとかがやいています。商品を受け取り、ポシェットの中に嬉しそうにしまいこむ姿は、誰から見ても可愛らしいものでした。


「これだけそろっていれば、基本的な料理はできるよ」

(みなさん、ありがとうございます!)

(またお買い物に来ますね!)


 店主たちは笑顔で手を振ります。間違いなくお得意様とくいさまになってくれる二人ですから、それもあって笑顔はますます深まっているようでした。


「食材も買っていくかい? 僕がその時に必要な食材を都度つど買っていくでもいいけど」

(慣れるまではその方がありがたいかもしれないわ)

(そうね、お願いしてもいいかしら?)

「もちろん」

(それじゃあ、お金を渡しておくわね。それと……レナードさまはかばんをお持ち?)

「普段はこれを使ってる」


 レナードは自分のこしベルトに通してある小ぶりの鞄を指で示しました。

 ネビュウはポシェットからはりと糸を取り出すと、その鞄の内側にしゅるしゅるといんきざみます。


拡張かくちょう拡大かくだいときとばりいまりない、てもらないたなおくあかえにしして)


 針の先でレナードの指先をちょんとし、一滴いってきを糸に吸わせたら、鞄の中身を広くする魔法の完成です。たくさんの物が入るようになり、契約者けいやくしゃであるレナードが欲しい物を思い浮かべて手を入れるだけで、中身の方がその手の中に収まってくれるようになりました。


「すごい……」

(レナードさまにしか使えないようにしてあるけれど、他の人には秘密にしてね)

(ホイホイ魔法を付与ふよするんじゃありませんって怒られちゃう)

「あぁ、誰にも言わないよ! ありがとう……大切に使う」


 そうして、首なし姉妹の初めての街、初めての先生探し、初めての買い物は終わりました。

 これからは、とうとう料理の修行です。

 二人の初めての料理は、いったいどんな物になるのでしょう?

 楽しみですね。

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首なし姉妹の奮闘〜魔女の修行の次は、花嫁修行ですか⁉︎〜 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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