第4話 料理の先生

「料理の先生?」


 そうわれ、ネビュウたちは花嫁はなよめ修行しゅぎょうの話をしました。とある事情じじょうからお嫁さんになりたいのだけれど、首がないせいで料理に全くれてこなかったために学びたいのだと。

 すると、レナードは少し考えた後、真剣しんけんな表情になって言いました。


「それ、僕でもいいかな」

(レナードさんは料理人なの?)


 ネビュウはおどろいて立ち上がります。まさか、街に来て一番に知り合いになった人からそんな言葉が飛び出すとは夢にも思いませんでしたから。


「うん、色々な街のレストランをめぐって、住み込みではたらかせてもらってるんだ。この街での勉強はこれくらいにして、次の街にでも行こうかなと予定していたんだけど、魔女に料理を教えるっていうのも楽しそうだと思って」

(まぁ! それじゃあ世界中のお料理を知っているの?)

「世界中、とまでは行かないけど……たぶん、他の人よりは色んな種類の料理を作ったことがあるかな」

(お姉さま、すごいわ! これって運命うんめいってやつかしら!)

(そうかもしれないわね、だってこんなにたくさんの人がいるのに、唯一ゆいいつお話した人が料理人だなんて! しかも先生になってくれるだなんて!)


 きゃあきゃあとうれしそうに話す二人に、レナードは条件じょうけん提示ていじします。

 レナードは街にある集合住宅アパルトメントらしているため、かよいになること。

 週に五日間、ネビュウたちの家で料理を教えること。

 レナードと、里に暮らす複数ふくすうの魔女から数日分の献立こんだてについて合格をもらえたら修行を終えること。

 それに報酬ほうしゅうや、急な体調たいちょう不良ふりょうなどのトラブルに関する約束事やくそくごと


「さっき会ったばかりなのに、本当に僕でいいの?」

(思いがけず飛び込んできた幸運はね、受け止めたほうがいいって決まっているの!)

(これでも悪意あくいには敏感びんかんだから、あなたが悪い人じゃないのは分かるわ)

(それに、そういう心配ならむしろレナードさんのほうがするべきでなくて?)

「え? 僕?」

(そうよ、レナードさんはただの人間でしょう? わたしたち、魔女なのよ)

(信用して、平気?)


 二人はわざと意地悪いじわるく、クスクスと笑いました。普通であれば、男の人の方が強いのかもしれません。けれど人間は魔女にはかないません。二人はたとえ目をつむっていたって(瞑る目はないのですけど)レナード一人と言わず、この広場にいる者たちを瞬時しゅんじ無力化むりょくかすることくらいはわけないのです。

 あらためて、目の前にいるのが”魔女”なのだと理解したレナードののどが、一度ごくりとりました。そして覚悟かくごを決めたように姿勢しせいを正し、二人を交互こうごに見つめました。


「ぜひ、よろしくお願いします」

(決まりね!)

(さっそく契約けいやくしちゃいましょ!)


 シスビーはポシェットからかれた羊皮紙ようひしを取り出し、魔法のインクで条件を書き込んでいきます。

 どう考えてもポシェットよりもサイズの大きな羊皮紙の巻物が出てきたことに、レナードは驚きました。二人の持っているポシェットは小さく見えますが、手をんだら中はとっても広いんですよ。

 魔法のインクで書かれた文字は、ふるふるとらめいて見えました。レナードは揺れる文字を不思議ふしぎそうにながめます。


(間違いがないか確認してもらえるかしら?)


 差し出された羊皮紙に書かれた条項じょうこうを確認すると、レナードが問題ないとうなずいた文字がどんどん羊皮紙に固定されていくではありませんか。

 そう、これは魔女の契約書。魔女が記入し、契約相手がその条件で間違いないと認めることで結ばれるものなのです。

 今回の契約は簡単かんたんなものなので何の準備もなしに結んでしまいましたが、お互いの命をけるような契約となると、もっと大掛おおがかりなものになります。


(うん、きちんと契約できてる。これでレナードさんはわたしたちの先生になったわ)

(よろしくね、先生!)


 二人はレナードとかた握手あくしゅを交わします。

 こうして、首なし魔女は料理の先生を見つけたのでした。


(先生はもうお仕事はしていないの?)

「先生はやめてくれ、レナードでいいよ。レストランは二日前に退職たいしょくしたんだ。少し休暇きゅうかをとって、その間に次に行く街を決めようと思っていたところに君たちと出会ったというわけ」

(やっぱり運命ね!)

(それじゃあ今日はおひまなのね?)

「うん、何かある?」

(お買い物に付き合ってほしいの)

「買い物?」

(えぇ、わたしたちのおうち、昨日台所を作ったばかりなの)

(だから調理器具も料理の材料なんかも、なーんにもないのよ!)


 それを聞いてレナードは驚きました。料理に触れてこなかったと言う言葉が、文字通りの意味であることを理解りかいした瞬間しゅんかんでもありました。

 この二人に料理を教えるのは、想像そうぞうしていたよりも大変なことなのかもしれない。軽い気持ちではなかったものの、そこまでの覚悟かくごをしていなかったレナードは再びつばを飲み込みました。けれど、一度引き受けたことをなかったことにするような人間ではありません。

 レナードは、幼い子どもたちを対象としたお料理教室だってやったことがありましたから、それと似たようなものだと思うことにしました。


「本当にゼロからのスタートなんだね」

(そうなの。薬を作るためのおなべとか、せんじるための平鍋ひらなべとかはあるのよ? でも魔女のお薬を作るのに使った道具を食べ物に使うのは抵抗ていこうがあるでしょう?)

(トカゲとか、虫とか、そういうのも薬の材料になるから……)

「なるほど……それはちょっといやかもしれない……。でも、そうか、薬を作るのにたりいたり、そういうことはしたことがあるんだね」


 完全にゼロからのスタートというわけではなさそうだとレナードは思いました。食べ物・飲み物に関する知識ちしきがないだけで、切ったり焼いたり、そういう基本的な動作に関しては、二人はすでに身に付けているのです。


「まずは調理器具を買いに行こうか」

(そうしましょう!)

(楽しみだわ!)

(あ、レナードさまはお腹が空いたら言ってくださいね。わたしたち食事休憩がいらない身体なので……)

「そうか。うん、分かった」


 こうして三人は、お買い物にすのでした。

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