第5話 10

 その日、エリオバート王国国王ラジウスの私室には、彼のふたりの子供、ルシウスとルシアーナ、そして宰相であるガリオノート侯爵の姿があった。


 隣り合ってソファに座る兄妹は満面の笑顔なのに対して、正面に座る王と宰相、ふたりの大人の顔は渋面と疲労がない混ぜになった複雑なもので。


「――帝国から抗議と謝罪要求が来た……」


 ラジウス王が顔を片手で覆いつつ、重苦しい声で告げる。


「あら、恥知らずだこと――」


「――よっぽどビビったんだろうねぇ」


 と、王女と王子は、しかし笑みを崩さない。


 そしてふたりは正面の大人ふたりに告げる。


「事故の謝罪を要求してくるって事は、すべてを明らかにしても良いという事なのでしょうか?」


「ならルシアと私、裏と表の両面から、今回の件はあらゆる手段で帝国の関与を証明してみせなきゃね」


「あら、お兄様も証拠を集めてらしたの?」


「ああ。捕縛した大臣以下、官僚に至るまで――帝国に繋がる物証はすべて押さえてあるよ」


「さすがお兄様です。

 わたしの聖女達も、あの場で傭兵達が使っていた武器を確保してあります。

 ああ、あとコレもありましたね」


 と、ルシアーナはドレスの大きく開いた胸の間から、一葉の写真を取り出す。


 そこには口元に炎を集める飛竜の姿が写されている。


「さすが聖女達だね。しっかり証拠写真を用意してくれてたなんて」


 と、兄妹は微笑みを交わし合って、互いを称え合う。


「さて、お父様、宰相。

 飛竜がなんて事が、ありえますでしょうか?」


「帝国は確か、飛竜の活動には殊のほか過敏だったはずですよね?」


 ルシアーナの問いに、ルシウスも乗っかる。


 飛竜の主な生息地は、帝国の中央から西部にかかる山岳地帯である。


 それがわざわざ飛竜の意思で帝国国土を横断し、東にあるエリオバート王国までやってきたのだとしたら――それを帝国が感知していないことなどありえないのだ。


 もし感知していなかったのだとしたら、帝国が手を焼いた飛竜をエリオバートがという名目が成り立つことになる。


 飛竜は実際のところ、帝国の手引によって密輸されて来たのだが、ふたりはどちらのカードで攻めるかを、王と宰相に問うているのだ。


 ――すべてをつまびらかにして、帝国を批難するか。


 ――内乱勃発の最中に、偶然飛竜が飛来した事にするのか。


「……どちらを選ぶにせよ、我が国が帝国に謝罪する義理などありませんよね?」


 ルシアーナはにっこりと笑う。


「……だが姫様、帝国は地形が変わるほどの被害が出たと騒いでおるんですよ」


 ガリオノート侯爵が疲れた顔で訴える。


「あら、事故ですわ」


 ルシアーナはきっぱりと言い放った。


「そうだね。事故だ。

 そもそも飛竜を逃した帝国が悪い。

 おかげで我が国は、砦をひとつ失うハメになったんだ。

 ああ、むしろその賠償を請求しなくちゃならないね」


 ルシアーナとルシウスには、まるで引く気はなかった。


「あんまりゴネるようなら、聖女ぶつけんぞ――そう言えば良いんじゃないかな?」


 なにせつい先日帝都の防壁を破壊したばかりだ。


 今なら聖女の名前だけで、帝国は震え上がるだろう。


「そもそも自分達からケンカ吹っかけてきておいて、自分達のお尻に火がついた途端に被害者ぶるなんて、ずいぶんと浅ましいことじゃありませんか」


「しかも戦を仕掛ける度胸もなくて、小賢しい小細工ばかりだったくせにね……」


 ルシウス自身としては、王国に巣食っていた病巣――腐敗貴族や汚職官僚を一斉摘発できたのだから、決して悪い事ばかりでもなかったのだが、それも聖女管理局という強大な組織戦力があってこそだ。


 聖女達がいなければ、反乱軍の鎮圧に騎士団を割く事になり、その間に帝国に国境を侵されていた可能性もある。


 そしてルシアーナは、大事な聖女達を戦場に駆り出すハメになった事に、少なからず怒りを感じていたのだ。


「私達の意見としては、帝国への譲歩はありえません」


「むしろお尻の毛までむしりとるべきですわ」


 ルシウスの言葉に被せるように、ルシアーナが王女らしからぬ言葉で不満を告げて、大人ふたりは盛大なため息。


「まあ、おまえ達はそう言うよなぁ……」


 ラジウスは呟き、横目でガリオノート侯爵を見る。


「おふたりが集めた数々の証拠があれば、向こうの特使は黙らせられるでしょう」


 書類でビンタを五往復して黙らせられるくらいの証拠があるのだ。


 大臣達の腐敗――身内の恥を晒すことを厭わずに世に公表すれば、国際世論は一気に反帝国に傾くだろう。


 ルシウスとルシアーナはそれこそを望んでいるのだが。


「現在、我が国は多くの重鎮を欠いている。

 強行な手に打って出るには、人手が足りん。

 一方、帝国はへの対応で、他国への干渉どころではなくなった事だろう」


 ラジウスは吐き出すように、ふたりに説明する。


 ガリオノート侯爵も肯定するようにうなずき。


「そこが落とし処でしょうな。

 帝国は長年かけて構築してきた、我が国への干渉ルートを根こそぎ絶たれたのですから、かなりの痛手でしょう。

 あとは証拠を公表しない見返りを、どれほど搾り取れるか、ですかな」


 顎を撫でながら、疲れた笑みを見せる。


「そこは宰相の腕の見せ所ですね」


 イイ笑顔で告げるルシアーナに、ガリオノート侯爵は恨めしげに彼女を見る。


への対応で忙しいのは、ウチも一緒なんですが……」


「まあまあ、私も手伝うよ。

 さしあたって、明日から現地視察をして来るつもりだ。

 なんでも湖ができつつあるらしいじゃないか」


 グチるように唇を尖らせる宰相に、ルシウスは笑みを浮かべて彼の肩を叩いた。


 実は久々に王都の外に出れるとあって、ルシウスはウキウキだったりする。


 特にシャルロッテが作ったという湖は、今から楽しみで仕方なかった。


「……地図が変わるようなマネだけはさせないようにと、娘にも席次聖女達にも頼んだんですがね……」


「あら、飛竜が出現して、その程度で済んだのだから、むしろ感謝すべきよ。

 飛竜による犠牲者は、反乱軍からしか出ていないのだから」


 帝国から伝え聞く話によれば、一度野放しになった飛竜は街を滅ぼし、その対応には兵騎を用いた騎士団で相手をすべき相手なのだ。


 そして騎士団もまた多大な被害を出した上で、ようやく討伐できるのである。


 それをわずかな被害のみで討伐したのだから、シャルロッテが非難される謂れはないのだ――と、ルシアーナは強弁する。


 そんな娘の様子に、ラジウスは苦笑する。


 ラジウスにとってもシャルロッテは可愛い姪なのだが、ルシアーナとルシウスは実の妹のように可愛がっている。


 今日、ふたりがこの部屋を訪れたのも、帝国への対処に意見する目的よりも、シャルロッテに責が及ばないように庇う為なのだと、ラジウスは気づいていた。


(……やり過ぎなきらいもあるが、報告書にある当時の状況を考えれば、最善を尽くしたんだろうからね)


 それを責めるつもりは、ラジウスには元よりなかった。


「……問題は、帝国がというところかな」


 ラジウスの言葉に、彼以外の全員の顔が引き締まる。


 自由に操る事ができるのか、ただ運ぶ事ができるようになっただけなのか――それによって、帝国への対応が変わってくる。


「早急に確認が必要ですな……」


「外交面からは、私が――」


「聖女管理局からも、諜報員を出します」


 ラジウス王は王子と王女にうなずく。


「やれやれだ。やる事が山積みだねぇ……」


 こんな時ばかりは、自分に玉座を押し付けて、騎士団で好き勝手やってる弟――ダリウスを恨めしく思うラジウスである。


 その後も四人は帝国に対する詳細を詰めていき――ある程度形になったところで、休憩を取ることにする。


 あとは朝議で大臣らを交えての話し合いとなる。


 各々が侍女の淹れたお茶で喉を潤し。


「――そういえばガリオノート。

 エレノア嬢が聖女候補養成校に編入すると聞いたが?」


 ラジウスが茶飲み話とばかりにそう切り出すと、ガリオノート侯爵は渋面でうなずいた。


「……戦場いくさばで無力だったのが悔しかったのだと……シャルロッテ嬢の役に立つ為に必要な事だと、押し切られました……」


 ガリオノート侯爵は頑張って説得したのだ。


 他にもシャルロッテの役に立つ手段はあるのだと。


 だが、エレノアは頑なだった。


 なまじ学園での成績がすべての分野で上位だった事もあって、聖女候補としての条件を満たしてしまっているのも、ガリオノート侯爵が押し切られる原因となった。


 蝶よ花よと大切に育てて来た娘が、なぜか喜び勇んで人外への道に踏み出そうとしている。

 

 ガリオノート侯爵の心中はそれはもう穏やかではいられない。


 今は確かにルキオンとの婚約解消があったばかりで、社交界では肩身が狭いかもしれないが、ガリオノート侯爵としては、娘には平穏に――ほとぼりが冷めれば、良縁も舞い込むだろうと、そう思っていたのだ。


 けれど。


 ――シャルお姉様は聖女であっても、淑女の中の淑女ではありませんか!


 そうエレノアに言われてしまえば、もはや反論の余地はない。


 結局のところ、ガリオノート侯爵もまた、世の父親と同様に娘には甘いのだ。


「――ああ、それでシャルったら、養成校で教鞭を取るなんて言い出したのね?」


 ルシアーナがクスクスと面白そうに笑う。


「――は?」


 大人ふたりが唖然として。


「……ルシアーナ。それ、聞いてないんだけど?」


「筆頭聖女自ら、候補生に授業をするんですか!?」


 そんなふたりに、ルシアーナは愉しげな表情を浮かべたまま、ゆっくりとうなずく。


「――候補生達の成長が楽しみよね」


 心底そう思っているようなルシアーナに、ラジウスとガリオノート侯爵は今後巻き起こる騒動を思い――思わず両手で顔を覆うのだった。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでで5話が終了となり、第一部完結となります~。


 思いつきと勢いとノリだけで進めて来た本作、いかがだったでしょうか?


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公爵令嬢はビキニアーマーに選ばれたから、(恥ずかしいけど)聖女として無双する。 前森コウセイ @fuji_aki1010

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