異星人からの贈り物で縊死
海沈生物
第1話
今日、首を絞めて死ぬことを「
『この情勢下で医師の皆さんは頑張っているのに、そんなくっだらないジョークを言うなんて、頭恥ずかしくないんですか? 二度と病院に行かないでください! 死ね』
『普通におもんない 死ね』
『まぁこれは炎上するよね……呟くのが悪いよ 死ね』
『草 強く生きて』
心無い言葉を投げ捨ててくる人々による炎上は止まらず、ついには宇宙語を話す異星人から「髱「逋ス縺!」と意味不明なDMまでやってきた。残念ながら大学で宇宙語を取っていなかった俺は、正直に「
すると、その日の夜にUtyuzooon経由の宅配便で、異星人から「縄」がうちに届いた。その縄は一見普通の縄のように見えるのだが、少し指先で突いてみると、「ぬるっ!」と奇声をあげた。
(この縄、もしかして生きているのかな……?)
手に持ち上げてよく見てみると、不意に縄の隙間にびっしりとある黒い「目」と目が合った。思わず縄を投げ捨ててしまう。
「わっ……わっ……」
「……ったく、いてぇぬるが!」
俺の投げ出した縄はむくりと独り手に立ち上がる。その身長は1m70cm程度の俺の二倍ほどの高さがあり、縄にある目が一斉に私の方を見下ろしてくる。
「あのぬるなぁ! お前、せっかく"縄界のスーパーヒーロー"と言われた俺サマが来てやったぬるのに、”ありがとうございますぬる!”の一声もなけぬるれば、投げ捨てぬるなんて、良い度胸してるぬるじゃねーか。今すぐここでお前の首を絞め殺してやっても良いんだぬるよ?」
「……? あの、もう一回いいですか」
「もう一回ぬるか? ……"あのぬるなぁ! お前、せっかく"縄界の""」
「そんなどうでもいい二つ名のことじゃないです。それのもっと後です」
「ど、どうでも……あー、もっと後ぬるかぁ? えー……"今すぐここでお前の首を絞め殺してやっても」
「そこです! その台詞、その言葉、その殺意。本当に俺を殺してくれるんですか?」
俺は目をキラキラと輝かせ、つい縄のことを両手でがっしり掴んでしまった。縄はそんな俺に「ぬるわぁ!」と「怒り」のこもった声をあげると、激しく気持ちいいビンタを喰らわせてくる。ちょうど良い痛さのビンタで、つい笑顔になってしまう。「これをあと十時間ぐらい続けてくれないかなぁ」と淡い期待を抱いていたが、連続九百九十九回目のビンタで縄の手(手はないけど)は止まった。
「はぁ……はぁ……はぁ……突然人の身体を掴んだ上にこれだけのビンタをしてもずっと笑顔を絶やさないなんて、どんな神経をしているんでぬるか!? 頭イカレた人間だぬるか!?」
「いや別に、人ではなくないですか? 縄ですし」
「今はそういうカスの揚げ足取りな話をしているんじゃないぬる! そもそもっ! 殺して欲しいと思っているのなら! 殺してくれる相手に! ちゃんと! 敬意を!払うのが! 道理というものじゃないぬるか!」
「それじゃあ、殺してくれるんですね!」
興奮からもう一度縄のことを掴みそうになったが、今度は触れる前に左手(手はないけど)で簡単に振り払われた。
「そんなに殺して欲しいのなら、いくらでも殺してやるぬる! その代わり、あとで"やっぱ死ななかったら良かった……"と後悔しても、遅いでぬるよ?」
「死んだ……」
「……もしかして、"死んだら、話せなくないですか?"なんて、カスの揚げ足取りをしようとしていなかったぬるか?」
「は……はい、もちろん! そんなこと言うわけないじゃないですか! "殺してくれる相手にちゃんと敬意を払うのが道理"、ですもんね? ということで、早速・すぐさま・今すぐ・さっさと・殺してください!」
今度は縄を掴まないように自分を自制すると、縄に敬意を払って、その場で仰向けになった。縄の方も「"さっさと"はちょっと敬意のない表現じゃないぬるか……」とか「今すぐにもまぁまぁ敬意のない……」とか何やらぶつぶつ呟いていたが、さっさと俺の方へやってきてくれる。
やってきた縄は、その数多の黒い「目」によって俺を見下ろしてくる。その目たちは一見すると「同一」の黒い「目」に見える。しかし、よく見るとそれぞれの目には「黒目の部分が大きい」「充血している」「四方八方に点々と目線を向けている」など、それぞれの「目」だけが持つ「異なる」個性があった。
それは少し、俺に炎上した時の心無い言葉を投げかけてきた人々のことを思い起こさせた。個々としては「異なる」人間のはずなのに、集団になると「同一」の正義を掲げて相手にインターネット越しの誹謗中傷という名の、歪んだ「怒り」を向けてくる人間たち。
どうして、人間とは集団になるとあそこまで陰湿になれるのか。どうして、言葉の重さというものを理解していないのか。相手がその言葉でどれほど傷ついたのか理解していないのか。パッケージに書かれた『骨抜きの魚の煮付けです!(ごくまれに骨が混ざっている時があります)』に「まさか自分がその「ごくまれ」に含まれないだろう」と高をくくって食べたら、三本ぐらい骨が出てきた時にどれほど傷ついたのかを理解していないのか。
「それじゃあ殺すぬるけど、最後に何か俺に言い残したいことはあるぬるか…? ぬるは殺したらさっさとUtyuzooonの宅急便で家に帰宅する予定なので、遺族とかに伝えることはできないぬるが……」
「"骨抜き魚の煮つけには気を付けろ"とかですか?」
「何の話ぬるか、それ……?」
「……あぁ、違います違います。言い残したい言葉ですよね。……あっ」
「なにぬるか?」
「その取って付けたような"ぬる"って語尾、普通にキモいのでやめておいた方が良いと思いますよ!」
縄はその数多の目を一斉に俺の方へ向けた。縄に表情というものはなかったが、その目に含まれているものが「何」なのかは分かる。それは明らかな「怒り」である。誰でもない、俺という存在に対しての、陰湿ではない、真っ直ぐな「怒り」である。俺はその怒りを向けられているという事実に、身体をゾクゾクとさせる。これだ。これこそが、俺の求めていたものだ。
縄の両手(縄に手はないけど)が俺の首をキュッと掴む。酸素が段々と行き渡らなくなってくる。この酸素の行き渡らない状態というのは、一見苦しいだけのように見える。しかし、実際にその状態になってみると分かるのだが、これが案外に気持ちいい。まるで脳天のあたりをギュッと引っ張られたような感覚になったかと思うと顔が熱くなってくる。
「あー……その真っ直ぐな怒りのこもった目で首絞められるの、マジで気持ちいいです……」
「イカレているぬ……のか!? あーもう、さっさと死んでしまぬ……え!」
「別に……無理して"ぬる"を抜く必要ないと……思いますよ。ダサいけど、俺は結構好きだし……」
「はぁ!? 意味分からないぬる! ダサいとかダサくないとか、どっちなんぬるか! ……もういいぬる! さっさと死ねぬる!」
ギュッと首を絞める力が強くなる。身体が酸素を求めて苦しくなる。この苦しみは本当に苦しい。早く酸素が欲しくてたまらなくなる。欲しくて欲しくて、呼吸をしたくてたまらなくなる。それでも、縄が俺の首を絞める力は緩まない。いつも自分で首を絞める時は、その欲求の高まりを意識がぶち飛びそうになる一秒前まで絞め続ける。そして意識がぶち飛びそうになった瞬間、首を絞めるのをやめている。すると、身体は望んでいた酸素を手に入れて犬のように喘ぐし、その喘ぎを脳は「幸福なことだ!」と盛大な勘違いをしてくれ、首を絞めるという行為に対して多幸感を抱くようになる。
……しかし、今回はそのような嗜好的なものではなく、本気で殺してもらっているのだ。その一秒前の先に、このダサい「ぬる」という語尾を付ける縄によって逝かされるのである。
「『医師が縊死する!』とか……呟いて……炎上してた……男が……『縄に縊死させられる!』なんて……本当に……面白い……です……ね……人生……って……!」
「いや別に、普通におもんないぬる。さっさと死ねぬる」
グギッと首を絞める力がさらに強くなると、俺の意識はぽちゃりと深海のような暗闇に沈んだ。こうして、俺の人生はあっけない幕切れをした。
異星人からの贈り物で縊死 海沈生物 @sweetmaron1
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