第219話 エピローグ 星に願いを
その初夏を思わせる晴れた昼下がり。
ジュノー神殿では、一組の結婚式が盛大にとり行われた。
当初本人たちは、ひっそりと厳かに挙げるのを希望していたが、気づけば関わる関係者総動員で、王族まで出てきて祝福するという。蓋を開けてみれば国あげての大規模なお祭り騒ぎになってしまっていた。
なんといっても、新郎は、今をときめくハーキュレーズ王宮騎士団総長、カリスト・サルティーヌ。30歳すぎても女性の影は全くなく、このまま独身を突き通すのでは?とまで言われていた人物で。その男がついに結婚!とゴシップ誌は大いに賑わった。
白に金糸の騎士団総長の麗しい正装に、せめてその姿を一目見ようとジュノー神殿に集まった独身女性は、すでに神殿の中庭から出口まで溢れている。
その新郎カリストに手を引かれ、現れた新婦は、春にガドル王国へ帰化したばかりの、ビビ・ランドバルド。
北のモヒート(毛玉)から作られた高級生地を、ヴェスタ農業管理会の婦人部が総力あげて縫いあげた、真っ白なウエディングドレスに、繊細な刺繍とレースをあしらったベールをかぶり。その姿は妖精のように可憐で美しく、一瞬にして参列者を魅了した。
祭壇に立ち、二人を迎え入れる神官長のホアキン・アルダンは、カリストの元同僚である。
彼の知る限り、過去どんな美女に言い寄られても、一切なびくことのなかったカリストが、ある日突然一人の少女を連れて面会を申し入れてきて、いきなり結婚する旨を伝えてきた時の衝撃は今でも忘れられない。
カリストはずっと運命の女を待ち続けている、と騎士団時代に聞いたことがあるが、女神ジュノーの
「ふたりとも、祭壇の前へ」
祭壇に立つ神官長ホアキンが、声をかける。
「汝、新郎カリスト。妻と互いに寄り添い、永遠の支えであり続けると誓いますか」
「誓います」
カリスト・サルティーヌは胸に拳をあて、頷く。
「汝、新婦ビビ。夫と互いに寄り添い、永遠の支えであり続けると誓いますか」
「誓います」
ビビ・ランドバルドは腹の前で両手を組み、ゆっくりと礼をとり頷く。
「では、神の御前で誓いをお示しなさい」
神官長ホアキンの言葉に、向き合う二人。
そっとビビの顔にかかったベールを持ち上げると、澄んだ青空を思わせるアクアマリンの瞳が見上げてくる。
綺麗な首もとには、金の鎖に通された白い花弁を形どった“ルミエ”の魔石が輝いていた。
エリザベスの手にかかって、美しく磨かれ薄化粧を施されたビビを見つめ、カリストは小さく感嘆の息を吐いた。
「まいったな・・・綺麗すぎて言葉にならない」
呟いたその声に、頬を赤らめ、ビビは苦笑する。
「ここまで化けるまで、どれだけ時間をかけていると思っています?舞台裏はもう苦行の何者でもないですよ」
昨日からヴェスタ農業管理会の婦人部と、エリザベスに拉致られていたのだ。全身パックやらオイルマッサージやら、髪一本から爪先まで一切妥協は許されず。美の教祖たるエリザベスの手腕は凄まじかった。苦行と言っても良いくらいだ。
一方、カリストと言えば独身最後の晩だから!とガドル王城騎士団総長の居室には大勢の騎士団の同僚・・・デリックやオーガストはもちろん、イヴァーノ議長まで参戦して、吞めや歌えや大騒ぎしていたらしい。
真顔で褒められても、恨み言のひとつでも言いたくなってしまう。
カリストは笑った。
「やっと、一緒になれた」
愛してる、と囁かれて、ビビもまた綺麗な笑みを浮かべ微笑み返す。
「もう、離れない」
わたしも、愛している・・・。
お互いの身体に手をまわし、重なる唇に周囲の歓声が沸き上がる。
それを最前列で眺めていたイヴァーノは、思わず目頭に手をあて息を漏らし、天を仰ぐ。らしくない、と思いつつ感極まる思いが止まらなかった。
「長かった・・・」
ビビは帰化と同時に、マリアの誘いをうけヴェスタ農業管理会の婦人部に就職した。
器は違えど、相変わらずの天然人タラシは健在のようで。オーロックス牛を始めあっという間にヴェスタ農業管理会に馴染んでしまった。
カリストの婚約者として、そのままガドル王城に住みだしたビビに、最初こそ周囲の人間・・・特にカリストを狙っていた独身女性には絡まれていたようだが・・・何故か間を置かずに自然にカリストの婚約者として定着したようで。
噂では、女性陣から教祖として崇められているジェマやエリザベスが、ビビを気に入り取り合っているのが原因らしい。その構いっぷりや、本当にこいつらは、ビビに関する記憶がないのか?と疑いたくなるレベルだ。
ふと周囲を見渡すと、席にはヴァルカン山岳兵団の代表として、フィオンや、カルメンの姿も見える。
ヴィンター夫妻も拍手して二人を祝福していた。足元には白いヘム・ホルツも跳ねている。
ビビが姿を消して、記憶を消されたまま10年経過したとは思えないくらい、変わらず彼女を取り巻くその情景。
ただそこに・・・彼女の幸せを誰より願っていた者たちの姿がないのが、少し切なかったが。
「さぁ、ご列席の皆様も、ここに結ばれた二人に祝福を!」
ホアキンの声に、ジュノー神殿の参列者から大歓声が沸き上がる。
神殿の中庭、色とりどりの香水にも使われる花々が、次々に風にあおられ、その花びらが紙吹雪のように舞い上がる。
午後の日差しに一枚一枚が薄く透けてキラキラと輝き、はらはら舞い落ちる様はまるで雪のようで。
幻想的な光景に、さらに大きな歓声があがり、空を仰ぎ拍手が鳴り響く。
「ビビ、」
カリストに囁かれ、涙で濡れた顔をあげるビビ。
両サイドにぎっしり並んだ参列者。続く回廊の先に漏れる白い光。
「・・・あ」
白い光の中、並んで佇みこちらを見ている、懐かしい顔ぶれが視界に飛び込んでくる。
リュディガー・ブラウン師団長
オスカー・フォン・ゲレスハイム兵団最高顧問
プラット・サルティーヌ農業管理会組合長
ファビエンヌ・チェスロック
皆、笑顔を見せ頷きながら拍手をしているのが見える。
そして、
「・・・ジャンルカ、師匠」
視界が一気に溢れた涙で揺れる。
相変わらず無表情で、でも口元をすこし和らげてこちらを見ている師匠の姿が。
その隣に寄り添うように立っている女性は・・・妻のベアトリスなのだろう。美しい笑顔を見せ小さく手を振っている。
ゆっくりと、白い光に溶け込んでいくように消えていく姿に、ビビは溢れる涙を止めることができなかった。
「良かったな」
ぎゅ、と絡められた指先に力がこめられる。見上げると、青い目がやさし気に細められビビを見下ろしていた。
「・・・はい」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、ビビは頷く。
カリストはそっと指先で涙をぬぐうと、顔を寄せ目尻にキスをした。
(ビビ・・・)
声が聞こえて視線をめぐらすと、皆が溶け込んでいった光の中、浮かび上がる二人の姿が。
「【オリエ】、・・・【ソル】」
白いドレスを身にまとった、鮮やかな赤い髪の女性と。その腰に手をまわし護るように寄り添う、全身黒ずくめの黒髪の男性。
女性の、どこか懐かしさを感じさせる深緑の瞳と、男性の深紅の瞳が、やさしくこちらを見つめ、笑いかける。
(おめでとう!ビビ)
男性が笑顔を見せ、動いた唇が告げる。
(幸せになってね!)
手を振り、そして二人もまた白い光に溶けるように消えて行った。
最後に残った、顔を半分仮面で覆った小柄な人物が・・・のぞく口元に微笑みをうかべて片手を挙げてみせる。
ぱちん、と指を鳴らすしぐさとともに、その姿は消えていった。
ビビはブーケを抱えた片手を胸にあて、もう片手でドレスの裾を軽くつまんで小さく礼をとった。
「幸せになりましょうね」
カリストに身を寄せ、ビビはとびきりの笑顔を浮かべ、カリストを見上げた。
カリストもまた頷き、ビビの腰を抱き寄せると額にキスを落とす。
「もちろん」
「ちょっと、そこ!いつまでイチャついてんの!」
ジェマの声に周囲から笑いがおきる。
「ビビ!ブーケトス!」
農業管理会婦人部の独身エリアから歓声があがる。
今回のブーケは、王家の温室から提供された南国の花々を、婦人部の独身女性たちであれやこれやとアレンジした逸品だった。皆がこぞって、花嫁の恩恵にあやかろうと、我こそキャッチせんと両手をあげてアピールをしている様は、まるで戦場のようだ。
騎士団の独身男性の面々も悪ノリ半分、ビビのドレス下に着用した"ガーターベルト"トスを希望したが、新郎であり総長であるカリストのブリザード攻撃を受けて、あえなく撃沈したのは、後のゴシップ誌をにぎわすネタにもなった。
「こっち!こっちに投げて!」
わあわあ大騒ぎしている少女達に、ビビは笑い、持っていたブーケを掲げ、
「いっくよー!!」
思い切り大空に向けて放り投げたのだった。
星に願いを~やさしい物語 完
星に願いを~やさしい物語 おともミー@カエル @trytomoji
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