ピエロ

ごま太郎

第1話

街が煌びやかに踊り、聴き馴染みの音楽がどこかしこから響く。


行き交う人々はその煌めきに、刷り込まれたBGMに、心を踊らされる。


カップルは腕を組み、子供は嬉しそうに包みを抱え、若い男は店先で似合わない赤い服を着て声を上げる。

中には下を向き1人街を突き抜ける者、道端で酔っ払って警察の世話になる者、着飾って自分を最大限にアピールする者。


皆が皆、この聖なる何かに突き動かされる。絶対神と呼ばれる者のこともよく知らず、踏み絵と化した道端のチラシをあっさり跨いで超えて。

誰かにとっては愛を伝える、誰かににとっては業績を左右する、また誰かにとっては自分の存在意義を確かめる、そんな大勝負の日。


多分に漏れず、その聖なる何かに巻き込まれる1人の男は、ここ数週間、方々の取引先に出向き、我が社の、我が社の、御社で、我が社のと繰り返してきた。その先々で、来るべき彼等の大勝負に向けて、その熱意を、意義を、プライドを交える。


そんな日々も今日でひと段落。自然と歩みは軽く、頬も財布の紐も緩められる。立派に踊らされる自覚を持ちながら、それでいてその踊り方に逆らわずに。


聞いた話では、この聖なる何かはとある企業が仕掛けたキャンペーンから始まったという。ペンテコステもオールソウルズデーも知らない人々が、こぞって金を使い、見栄を張り、笑顔を振り撒く。絶対神への想いなんてそこには無いのかもしれないが、結果として少なからずその神を皆が意識する。よく出来た仕組みである。


子供の頃は純粋に、赤い服を着た老人からの贈り物に目を輝かせた。

現実を知った後も、大切な人のためにその仕組みを大いに受け入れた。

社会に出てからは、自分の生活を守るためにその大勝負に発破をかける。


時刻は22:00を回っている。それを感じさせない喧騒を掻い潜り、目的地へと急ぐ。

手にはケーキと、大小2つの包みを抱えて。


ガチャッ


「おかえりなさい」


少しの不満を含んだその声に、ただいまと返し、小さな包みを差し出す。

先程の不満は何処へやら、とびきりの笑顔でそれを受け取る彼女を躱わし、目的地へと向かう。


「さっきまで起きてたんだけどね」


人生でもらった最大の贈り物は、ソファに横たわり、スヤスヤと寝息を立てる。そっと抱き上げ、重くなった喜びと感謝をその手に感じながら、布団へと運び込む。その贈り物は目を擦りながらこちらを向くと、再び夢の中へと誘われていった。


枕元に大きな包みを配置し、来るべき笑顔に心を踊らせる。

その笑顔も、いずれは現実を知り、それを利用し、それに追われるだろう。

その時までは、精一杯踊ってやろうじゃないか。それも自分にできる、贈り物の一つなのだから。


メリークリスマス

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ピエロ ごま太郎 @gomatrou

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