第4話 勧誘は来たる日の悪意の元

 姉からバスケットを勧められた。


 「めんどくさいよ」


 自宅のソファーの上で、雑誌をペラペラ捲りながら私は答えた。


 …このやり取りに、ふと、既視感を覚える。

 その時、急に私の中に別の記憶が飛び込んでくる。

 なんなのだ、これは。

 夜の体育館、イケニエさん?涎を垂らした姉の姿?

 私は完全に記憶を取り戻した。

 そして理解する。

 私はあの日をやり直しているのだと。

 私は姉が最後に言ったことを思い出す。


 「さぁ、イケニエさん叶えて。私はバスケが上手くなりたいわ。そのためならどんなものだって捧げる。私が捧げるものは、バスケットよ」


 姉はバスケが上手くなりたいにも関わらず、大切なものとしてバスケを捧げたのだ。

 私があの日見た姉の姿。

 一瞬だけだったが、頭に焼きついて離れない。

 あの時の姉はもはや正気とは思えなかった。

 ここからは想像になってしまうが、姉は陰口を叩かれたり、ハブられたりすることはなかったのではないか。精神的に限界を迎えた姉は妄想に捕らわれ、一過性の急性精神病にも近い状態だったのではないか。

 壊れた姉の願い事が、イケニエさんを迷わせたのだ。

 私は壁にかけてあるカレンダーで暦を確認して、確信した。

 あぁ、私は過去に戻っている。

 私たちは計らずもイケニエさんに勝ったのだ。私たちは再びこの日からやり直すことができるのだ。

 姉は私からゆっくりと雑誌を取り上げると「やってみよう、ね?」と言い聞かせるように笑いかけている。

 私はもう繰り返したくない。私の答えは決まっている。私はもうバスケなどに関わらないのだ。意を決して答える。


 「まぁ、そこまで言うならやってみようかな」


 自分の口から無意識に出たその言葉に私は驚いた。姉は嬉しそうに頷いている。

 私は身震いした。

 私たちはやり直せない、ここから同じような日々をトレースし、そして今度は姉が壊れるに、イケニエさんは現れるのではないかという考えが頭をよぎったからだ。

 正気の姉ならば、バスケが上手くなる代償として、きっと私を捧げてくるだろう。

 私はそこに至るであろう姉の狂気を身を持って知っている。

 イケニエさんもそれを見抜いている。

 それを望んでいるのだ。


 窓は閉まっているはずなのに、冷たい風が私のそばを通り抜ける。

 姉は嬉しそうに私の返答に頷いている。

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イケニエさん こののべ かたな @nhrk

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