ゆううつ吐息

高黄森哉

可視化


 僕は寒いのに歩かなければならない。でなければ、暖かな場所に帰ることが出来ないからだ。暖かな場所を目指さなければ、寒いままである。


 世界は既に暗闇を取り戻している。本来の色を取り戻している。太陽の色眼鏡を通さない色彩に。


 街灯だけが真実を邪魔する。人の作り出した、冷たい色の照明が、嘘色にアスファルトを照らしている。


 僕は嘘の上を歩かなければならない。でなければ、暖かな場所に帰ることが出来ない。嘘の上を歩かなければ、寒いままである。


 様々な不安が心の内部で結晶になり、とんがった先の方が、突き破って肉を刺す。丁度、心臓の辺りだ。


 痛みが心から食道へ昇り、口から出てくると、白く靄になる。寒いからだ。寒いから苦しみ、苦しみがせりあがり、目の前で可視化する。


 僕は、気温が低いために、苦しみを見て、形を知ることが出来る。からといって、この冷たさに感謝はしない。外気温の低さがなければ、僕は苦痛にならないのだ。


 僕は苦しみを吐き出す。白い苦痛の形は、輪郭を持たず、透けるように濁っていて、さっと夜闇に溶けてしまう。


 寒くなければ、その苦しみを見ることはない。でも仮に、温かさの中でも、苦しみは見えないだけで、そこにあるとしたら。


 僕は、寒さに感謝しなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆううつ吐息 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説