第7話 求人

「美味しそうだな、その話」

「儲からないけどねえ」


 ワンドによくよく話を聞いてみた。


 為替商は、国内の通貨と海外の貨幣のトレード差益で稼いでいるほか、賭博店の経営も行っているようだった。

 その賭博店で使う金貨を買えと、俺に言っている。

 ワンドたちは稼げるだろう。


 しかし、俺が賭博をやってもいいことはなさそうだ。

 代わりにリュミス皇国の金貨をまた購入した。手数料が引かれて銀貨7枚程度になる。

 続けて為替商のワンドに尋ねる。商売の秘訣ぐらいは教えてもらいたい。


「もっと市場で稼ぐには何をしたらいいんだろうか」

「そーら。金融業者が稼いでいるとおもったら大間違いだよ」

「為替に突っ込んでも、全額すってしまうんだよな」

「売店に使うからね。新しいスープでも作ってるんじゃないの?」

「あまり売れない」

「そうだろうなあ」


 肘掛椅子を後ろにギッと倒しながら、ワンドは考え込む。


「お金は無限には稼げないよ。それが市場のルールだ」

「ルール?」

「総需要と限界収入だよ」


 市場の消費者がほしいと思うだけの量は決まっている。

 そこから得られる業者の収入は、たいてい需要より遥かに安い。


「需要がないわけじゃないからな」

「スープ売りなんでしょ? そこからは外れないほうがいい」

「飽きられる気配がある」

「だよなあ。得られた利益を、事業投資したらいいよ」

「為替でなく」

「そう。人を雇うといいな」


「人をね……」

「そこから広がっていく場合もあるよな」

「為替が儲かると聞いたから来たのに」

「うん。それでもいい」

「あんただけはな」

「今日はここまで。また為替買って」

「はい」


 それだけ話すと、為替商ワンドのもとから俺は去っていった。

 ポーション売りの帰りに為替商のところに来ていたため、もう夜の19時過ぎだ。

 街路にはランプが灯り、そろそろ夜間営業の居酒屋が盛況になる頃合いだった。

 通りを行くと、賑やかな夜の店がいくつも営業している。


 誰もが幸福の成功者じゃないはずだった。それなのに、経済的格差だけはすごい。

 買いたいものが買えない。俺は貧民だ……。


 冒険者ギルドに着くと、酒場で盛り上がっている冒険者たちがいた。

 エールを豪快に流し込み、フランクフルトを食べている。

 それを横目に俺はカウンターのシェーラに会いに行った。

 長い髪をくるくる指先で巻いていた。暇そうだな。


「お疲れ様。長い勤務時間だな」

「えぇ。もう疲れたわ。酒場があるので、今日は21時まで勤務です」

「なにか奢ってやろうか」

「いえ。結構よ」

「そうか」


 愛想のない女だった。小さく笑って、本題を切り出す。


「冒険者ギルドで働くより、俺と一緒に働かないか」

「なにそれ。カウンターでする話なの?」

「いや……身近にいる優秀な人材ってシェーラしか思いつかなくて」

「私に何をしろと言うの」

「求人広告を出したいんだ」


 最初からそう言いなさい、とため息をつかれた。


「事業はスープ売りですか?」

「あぁ。1人雇いたいと思ってる」

「性別はどちらがいいの?」

「男かな」

「女の子がいいわね」


 シェーラがサラサラと羊皮紙に要望を書き込んでいく。


「女のほうがいいのか?」

「えぇ。売り子は若いほうがいいから」

「可愛い子が来ればいいが」

「最初は誰でも、経験の未熟な人しか来ないわよ」


 シェーラのヘーゼル色の瞳が、小さく瞬いた。

 彼女の視線が横に流れて、茶色の髪がわずかに揺れる。


「やっと商売は1人ではできないと、気づかれたようね」

「まぁな。ずっと1人でしてきた仕事だったからな」

「買い取りも限界が来るし」

「え?」

「冒険者も、若いほうがいいから」

「それも当然だな」


 ギルドの買い取りに頼り続けるのも生計が立てられなくなる。

 初めて知った。今まで続けてきたことが駄目になる瞬間があるのだと。

 これからもずっと続くのだと思っていた。冒険者ギルドから収入を得る仕事があることが。


 そして、2人で広告の依頼の話を詰めていった。

 掲示板で一ヶ月ほど求人をかけてくれるらしい。

 冒険者ギルドが仲介となって、酒場で面接をするというので、その条件でサインすると金貨10枚もとられた。

 とんだ冒険者ギルドだった。


 俺は人を雇い、新しく金も借りて事業を広げなくては。

 借金を返している段階だったのに……。

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30代で終わったおっさんの俺は、役割『生産チート』で楽して生きていく。 るーちぇ @ex_ruche

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