第4話 牢獄

 目を覚させてくれたのは痛みだった。

 

 痛みの発信地である頭にそっと手を滑らせると液体が手に付着したのがわかる。


 多分血液だろう。そしておそらくここは牢屋。


 断定ができない理由は簡単、光がないからだ。目を開いても閉じている時と変わらないほどの暗闇。


 気を失っている間にメイドに運び込まれた流れで間違いないとは思うけど……死んでないよね?


 どっちでもいいか。


 焦ることも叫ぶこともしない。何を考えたところで状況は変わらないし流れに身を任せよう。


 日本での生活が恋しい。両親は元気にしているだろうか、会社は…クビだろうな。


「あなたは何をしでかしたの?」


 暗闇に突如響き渡った声に死神が迎えがきたのかと思いちびってしまうのは仕方がない。仕方がないのだ!


「王様の機嫌を損ねただけで何もしてないです!ごめんなさい!」


 心からの弁解であり謝罪。


 投げやりになっていた生死問題を簡単に覆し生にしがみつく自分は情けないと思う。


「それは重罪ね、殺されてないのが不思議なぐらい。あなたお名前は?」


 殺されてない?…当たり前だ。あれで殺されてたら理不尽にも程がある!


 じゃこの人も生きてるんだよね?声からして女の人だけど、幽霊とかじゃないよな?


「どうしたの?」


「いや、何でもない。俺は一色黄河。君は…生きてる人だよね?」


 そういえば異世界に来てから名前聞かれたことなかったな。あの二人の名前も知らないし……。


 初めての自己紹介が顔も見えない、ましてや生きているのかもわからない相手とは……。


「失礼ね、ちゃんと生きてるわよ。私はエル。罪人同士仲良くしましょ」


 罪人か。真っ暗な場所で罪を犯した人物と二人きり、死神じゃないのは嬉しいけど別の意味で恐怖だな。


「できれば遠慮したい仲間だね」


「そう?中々ない出会いで素敵じゃない?」


 それから体感時間で数日、好きな食べ物は?動物はき?好きな人は?と当たり障りのない会話を繰り返した。


 俺が眠くなれば彼女も睡眠を取り、目覚めれば「おはよう」っと挨拶してくれるエル。


 喉の渇きを嘆けば湧き水があると教えてくれたのもエル。


 気付けば恐怖心は消え失せ、友達のように彼女と接するようになっていた。


 異世界に召喚されひと時も気が休まらない日々が続いていたはずなのに、皮肉にも視覚を奪われた牢屋の中でエルといる時間に安らぎを感じている。


 エルとの会話に意味はない、しかし意味がある。何を言っているのかわからないだろう。伝えたいのは、人間には無駄と思える会話や時間が必要なんだということ。


 そんな時間を与えてくれたる彼女と出会えたことは幸運で、今だ発狂しないでいられるのは彼女の存在があるからだ。


「ところで、エルは何で牢屋に入れられてるの?」


 だから、踏み込む。エルを助けるために。


 もし、人間族と手を組みエフロスに勝利できれば、アレック王に褒美として彼女の解放を嘆願してみようと考えている。


 そのためにはエルが犯した罪を把握しておく必要がある。


「さぁ。目障りだったのかもしれないし、もしかしたら悪い事をしたのかもしれない。いくら考えてもわからないの、私のことなのにね」


 理由も教えないで牢屋に入れるのか…?


 この世界はやっぱりおかしい。自身の過ちを反省する場になっていないじゃないか。


「だから、考えるのやめた。だって疲れるじゃない?答えのわからない問題…答えのない問題を解くのって」


「悔しくないの?」


 俺とエルの境遇は似ている。


 答えのわからない問題を必死に考えて、でも…最初から答えなんてなかった会談。さらに手を組むと約束した途端に牢屋にぶち込まれる始末。


 思い返すだけで鎮火していた怒りの感情が再燃し沸々と湧き上がってくる。


「悔しいって感情はずっと前になくなったわね」


 幽閉されている状況で、どれ程の時間を費やせば「悔しい」を無くしてしまうのだろう。


 身近な人間から理不尽な怒りをぶつけられた程度なら数日で「悔しい」は別の感情に上書きされる。


 じゃ彼女は?恨み、恐怖、悲しみ、で「悔しい」を上書きした?


 いや、今考えた感情は全て「悔しい」へ繋がるはずだ。


 つまり、全ての感情を「諦める」で上書きしたんだ。


「エル。君が今1番叶えたい夢を教えてくれない?」


 英雄王候補なら出来るんじゃないか?世界を救う力があるのに1人の女の子を救えないはずがないだろう。


「夢?そうね、叶うなら妹達に会いたいとは思うけど……」


「なら、会いに行こう」


 一瞬の沈黙。何言ってんだコイツと思っているだろう。


 俺も同じ考えだから気持ちはよくわかる!


「どうやって?魔力も使えない。武器もないこの状況で脱獄なんてできるの?」


「魔力が使えないって…どういう事?」


 はぁーっと深いため息が聞こえた気がするけどスルーしよう。


「あなたも感じてるでしょ?魔力が身体から抜かれているのが。この牢には魔力吸収のアーティファクトが展開されているのよ?この状況じゃ私でも魔法は使えないわ」


 お決まりの展開だな。しかし!俺には状態異常無効のアビリティがある!


「大丈夫!俺には効かないよ。だから魔法の使い方を教えて欲しい。めっちゃ強力なやつを!」


 頭を押さえながらはぁーっとため息をついた気がするがスルーだ!


「強力って…階級魔法を教えろって事?あなた魔族なの?」


「違う、俺は人間だけど…きっとできるよ!」


 左右に頭をゆさゆさしながらはぁーっとため息をついている気がするけど…スルーーだ!!


「無駄って言ってもやめそうにないわね。…私が詠唱するから後に続いて。魔力を持っていかれないように気をつけるのよ?」


「気をつける…とは?具体的に!」


はぁーっ以下省略。


「あなたを中心に円を描いてみて。イメージは描いた円の中に魔力を溜め込む感じ。飛散しないように圧縮する事を心掛けて。」


「わかった!後…逃げ道とかわかる?ここに入れられるまで気絶してたからどこに居るのかわかんないんだけど。」


 ため息が来る!っと覚悟したが彼女はクスッと笑ってくれた。


「大丈夫よ。もし成功したら天井に大穴が開くはずだから黄河を抱えて飛んで逃げるわ。」


「よろしく!詠唱は省略でいいから!」


 集中だ。円を描きながら身体から魔力を放出するイメージ。


 日本人なら誰もが経験した金髪超人になる練習を思い出せ!


 力を込めた瞬間、牢は揺れ大地に亀裂が走る。


「ちょっと待って!この魔力量…アビリティ…まさかあなた!」


「早く詠唱を!吸われてる!吸われてるから!」


「わ、わかった!『炎火を司る精霊 差し出すは魔力 人智を越え 持てる全ての御礼を インフェルノバース!』」


「炎火を司る精霊 差し出すは魔力 人智を越え 持てる全ての御礼を インフェルノバース!!吹き飛べ!」


 アーティファクトが弾け、視界が黒から白へとかわる。白の世界は一瞬で…次に世界を染めたのは紅蓮の炎。


 手の平から放出される炎を制御しながらチラリとエルを見る。


 ポカンと口を開けていた彼女は、視線がぶつかりたことで正気を取り戻し慌ただしく動きだした。


「すぐに飛行魔法を使う!あなたもいつまで魔法を執行してるの!逃げるわよ!」


「……これ、どうすれば止まるの?」


 薄らと、本当に薄らとエルから怒りの気配が伝わってくる。


 でも止まらない。止め方がわからない。


 どうすんねん。


「なら、その手を下に向けなさい!」


 反動で飛ぶのか!いい考えだな!


 ゆっくりと、しかし確実に手の平を地面へ向ける。

軌道を修正する途中、城から悲鳴が聞こえた気がするが……よしとしよう。


「先に行って!すぐに追いかけるから!」


 そう言い放つエルを無視して俺は彼女の手を掴む。


「一緒に行こう!…心細いです。」


「…あなた。かっこいいのか悪いのかはっきりしてもらえるかしら?」


 情けないとは思うけど、異世界で1人きりになることを思えば情けないを取る。


「俺はこういう人間です。」


「はいはい。なら一緒に連れて行って貰おうかしら、英雄さん。」


 少し困った表情で笑った後、エルは首に手を回し身体を預けてくれた。


「最大火力で飛ぶ!しっかり捕まってて!」


「あら?捕まえてくれないの?」


 イタズラに笑うエルと色々必死過ぎる英雄。


 これがもし映画なら2流、いや3流映画と大衆は笑い英雄王なんて到底無理だと口を揃えてバカにするだろう。


 それでいい。英雄王になるのはやめよう!


 俺が目指すのは愚者だ。


 バカだと罵られても、無責任と責め立てられも…自分が進みたい、守りたい者のためだけにこの力を使う。


 だから、エルを幸せにしよう。彼女の願いを叶えるために全力を尽くそう。


「大丈夫。絶対に離さないから。」


 全魔力を手の平に集中させ、轟音をともないながら空へと駆け上がる姿はまるでロケット。


 途中エルが何か言ったように思うが、残念ながら聞き取れるだけの余裕はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

英雄王は諦める! 亜季 @akI_1127

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ