第3話 王の存在

「座りたまえ」


 メイドに案内された部屋にはすでにアレック王が上席に鎮座していた。


「あの、他の2人は?」


 一対一の会談。全くの想定外といえる状況に困惑しながらも、注意深く周囲を確認する。


「そう構えずとも良い。貴殿のアビリティに興味を惹かれてな。是非人間族について貰いたいと考えている。」


 不要な人間は必要ないってことか。アレック王らしい道具選びだな。


「それはどうも。でもガストさんからも誘われてるのですぐに返事はできません」


 この人は本当に人間なのだろうか?言葉になんの感情を感じられない。それどころか眉ひとつ動かさないとか不気味すぎる。


「人間族と手を組むのなら、貴殿の望みを全て叶ると約束しよう」 


 唐突な提案であり、ありきたりな提案だな。明確じゃない分こちらも「望み」のレベルが判断しづらい。


「なんでもとおっしゃるなら…そうですね。王の座を譲ってくれ。なんて願いも叶えて頂けるんですか?」


 ガストが提示したメリットと同等。これはさすがに拒否されるだろが、それでいい。


 要求のレベルを少しずつ落としていけばどの程度なら許されるのかがわかるはずだ。


「それが貴殿の望みであれば、よかろう」


 おいおい、受け入れられたぞ。でも…まだダメだ。現状、獣人族と同じ条件を飲んでくれたに過ぎない。もしかしたらもっと良い願い事を思いつくかもしれないし、痺れを切らして今以上の条件を提示してくるかもしれない。


「ありがとうございます。でも俺も色々考えてから答えを出したいので、即答はできません」


 この会談のお陰で明日からの課題も明確になった。獣人族と人間族の兵力について詳しくルーナさんに聞いて、それから答えを出そう。


「面白いことを言う。貴殿が望んだ王の座。それを譲ってやると言っているのに何故拒む?」


 これまで通り表情はかわらない。しかし、怒りの感情がこもったのがわかる。


「いや、お断りしたわけじゃないですよ。頂いている猶予の中でじっくりと考えたいと思っただけで…気に障ったなら謝ります」


 ここで揉めても良いことはない。素直に謝ってこの場をやり過ごすのが今の最善だ。


「考えるか。貴殿はガストが提示した内容と私が飲んだ条件が同じだと勘違いしておらぬか?」


 こいつ、なんで獣族族との会談内容を把握してるんだよ。


 先程までの道具を見る目より一層冷たい視線を向けられ嫌な汗が吹き出す。


「対等という意味を理解しておらんのか?獣人族は貴様を王とは認めないと遠回しに言っておるのだ。少し考えればわかることであろう」


 いや、そんなはずはない。だってあんなに笑顔で話してくれてたじゃないか。


「万が一、王になったところで獣人族に命令するこが叶わぬ状況で他種族の群衆を貴様1人の戯言で動かせると本気で思っておるのか?」


 落ち着け!ガストもそれぐらいの配慮は考えてくれるはずだ!


 しかし、もしもアレック王の言葉が正しいとすれば…。


「それを見ろ。何に見える?」


 頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、指差された先にあるものへと視線を向ける。


「テーブル…ですよね?」


 答えを聞いたアレック王は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「違う。それは椅子だ」


 何を言ってる?椅子は今あんたが座ってるじゃないか。


 困惑する俺を他所に隣にいたメイドへ同じ質問が投げかけられる。


「それは何だ?申してみよ」


「はい。椅子にございます」


 平然とした顔で答えるメイドに言葉にならない声が口から漏れ出してくる。


「テーブルを椅子と言えば椅子になる。黒を白と言えば辞書が改変され白となる。これが王だ。」


 ある程度の常識のズレがあることは覚悟していたが、ここまで…これが本当の異世界なんだ。


 平和ボケしている日本育ちには想像もつかない。独裁国家の頂点が目の前に居るのだ。


「群衆を平伏し、服従させた先に王と呼ばれる存在があるのだ。エフロス討伐は王へと成り上がるための道中であり、貴様はただの武器に過ぎん」


「なんだよそれ!なら会談は!?わざわざメリットを提示して踊ろされてる俺たちを見て笑うための余興だったのか!」


 感情のコントロールができない。これじゃただの子供と変わらないじゃないことぐらいわかっている。


「会談はただの手段でしかない。貴様等の心を支配するためのな。」


「支配って…それなら初めから奴隷のように扱えば良いじゃないか!」


 回りくどいやり方にも腹が立つが、悪びれる様子がないことが1番腹立たしい。


「奴隷にすれば主人に逆らわず従順に仕事をこなすのか?」


 冷たく言い放たれた問いかけ、もちろん答えは「NO」だ。表面上、命令されれば嫌でも従う。しかし、心を支配することはできないだろう。


「ガストは偽りの信頼を、イリスは希望という依存を使い支配しようとした。ただそれだけだ。自らが選び従う方が手間が省けてよい」


 最初から手の平で踊ろされていただけなのか?


 先程までの怒りはもうない。考えることすら嫌になってきた。


「これが最後のチャンスだ。貴様が本当に望む物は何だ?人間族と手を組むのならそれなりの暮らしは約束しよう」


 諦めよう。生き残る確率を上げる?無理だ。選択肢なんてなかった。どれだけ足掻いても考えても無駄だったんだ。


「…わかりました。ただ、今の約束は必ず守ってください。お願いします」


 深々と頭を下げる姿は惨めでしかない。俺はこんなにも弱い人間だったんだな。


「よかろう。これを牢屋に入れておけ。私に逆らった分の償いは受けて貰うぞ?」


 慌てて弁解しようとしたが、それよりも早く強い衝撃を感じ俺は意識を失った。

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