レストラン

ロイド

第1話

 「お気づきになられましたか?」

男が柔和な笑顔で声をかけてきた。

僕はいつの間にか椅子に腰かけていた。辺りは乳白色で明るく、優しい音楽が流れていた。

男は慣れた様子で饒舌に話だした。

「早速ですが、私は当店の案内係をしております。小林と申します。宜しくお願い致します」

「当店ですが、お客様にお食事を提供しております。いわゆるレストランです」

「良くお話で死ぬ前は何を食べたい?という質問がありますが、当店はその最期の食事を楽しんで頂く事が可能です」

僕の戸惑いを気にもとめず、小林は続ける。

「年齢を召した方、病気をされていた方などは十分にお食事を楽しむ事が出来ない場合がございます」

「食事の思いと言うのは思いのほか強くございまして、その思いをあちらの世界に残さぬ様にする為の施設と考えて頂ければと存じます」

「何かご質問は御座いますか?」

「じゃあ、僕は死んだという事っ?」

「はい、残念ながらぽっくりと」小林は笑顔のまま続ける。

「ご希望の食事は何でもご用意できます。シェフも食材も一流をご用意しておりますので何なりと」

「もちろんお代は御入用ありません」


 落ち着いて辺りを見渡すと同じ様なテーブルがいくつもあり、各々案内係が給仕をしていた。

丁度、高級中華と高級フレンチと思われる物が横を通過して行った。

隣のテーブルを見ると漫画肉が乗せられてをり、お客はマンモスの輪切りと楽しそうに格闘していた。

「ああいった想像上の物も対応できますし、量も満足出来る様、消化機能は強化されております」

「中々現実を受けれる事が難しいかとは思いますが、気楽に食事に来たつもりでと考えて頂ければと存じます」

ようやく、周りの匂いにつられ状況を受け入れる事ができてきたが、バイキングでさえ悩むタイプなのに、最後の晩餐となると尚更決められない。

どうにも決めかねていると小林が

「お客様の様に優柔不断、いや慎重なお客様向けに特別コースが御座います」

「どなた様にもご満足頂いておりますが…?」

結局、特別コースを頼む事にした。特別とか限定とかそういうのに弱いのだ。


 しばらくして小林が食事を運んできた。

「『梅干し』と『ご飯』で御座います」

梅干しは大量に塩が吹いており、ご飯は謎の黄色い粒が入っている。

呆れている僕を気に留める様子もなく小林は次々と料理を運んできた

「『ひじき』と『人参と大根の煮和え』で御座います」

確かに量は多いが、味は極めて普通だ。

「『おから』で御座います」

『おから』も『ひじき』余りが入れられている様子で大量で次の日も出てきそうだ。

「メインで御座います」

焦げて形のいびつな『ハンバーグ』とジャガイモが溶けた『カレー』が出てきた。

案の定、『ハンバーグ』は肉汁も無くパサパサで『カレー』は溶けたジャガイモのせいで塊と化している。

「こちら当店からのサービスです」

『ヤクルト』がテーブルの上にポンと置かれた。

「最後にシェフのご挨拶です」と小林。

「やあ、母さん」

「良い人生だったかい?」と笑顔を浮かべている。

「まあ、まあかな」と答えると僕は、姉兄には内緒で特別に買ってくれていた『ヤクルト』を飲み干した。

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レストラン ロイド @takayo4

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