第3話 テストフィッシュ

 聖歌が入学してちょうど一週間後の月曜日、再び部室を訪れた。

「失礼しまーす」

「いらっしゃーい! ほら、先週の1年生来てくれたよ! さぁさぁ入って入って!」

「いらっしゃい」

 聖歌が部室へ入ると前島部長ともう一人の男子生徒がいた。身長や顔からして、そのもう一人が川で釣りしていた人で間違いなさそうだが。

「……今釣り竿しまうから待ってて」

 釣り具の調整を切りやめた彼、佐々木と呼ばれてた人物は落ち着いた雰囲気と言えば聞こえは良いが歓迎すべき入部希望者が来ても無愛想クール、熱烈歓迎してる前島とは正反対であの時見た魚に微笑みかけてた人とは別人レベルだった。


「とりあえずこことここは空いてるから好きなほう座っちゃって!」

 部室の奥、6つある椅子の中で窓に近い椅子に前島は座るよう言ってきたが聖歌は佐々木の隣ではなく対角線上に座ることにした。

 釣り具を片付け終えた佐々木が口を開く。

「正直、部長が嘘でも言ってると思ってたけど、部員の数的にピンチだったから助かるよ」

「このあとちゃんと入るか決めるとこだからさ、この部活自分で言うのもアレだけど冬見環境部なんていう怪しい名前の部だから慎重に決めてもらわなきゃだし!」

 この冬見野高等学校では部活動として申請できるのは部員が5名以上と顧問1名かつ学校行事で部活として機能しなくなることを防ぐため学年が2学年以上というルールがある。用意された椅子の数は顧問の分も含めて6つ、そう今まさにギリギリなのだ。


「他の部員がくる前に簡単な活動内容説明するよー」

 前島は棚からファイルを取り出しホワイトボードに学校近辺の地図を貼る。

「冬見環境部なんて言われてるけど釣り部だね、一応部員全員の意見を聞いてこの冬見地区で他のアウトドア的なことをしてもいいんだけど、ここ数年は釣りオンリーなはず。前はコンクールに魚の分布図みたいなのの成果出したりとかを目標にしてたらしいんだけど、最近はダラダラ……まぁ和気あいあいとすることを目標にしてるね。管理棟玄関にある水槽を掃除したり雑談したりたまーに部員全員で釣りしたりそんな日常、怪我なく安全と仲良し第一だね!」

 佐々木は仲良し第一と聞いた瞬間に疑念の眼差しを前島へと向けるが向けられた本人はそのまま説明を続ける。

「冬見川は色んな魚いるし釣り方も様々だからここに入ってくれたら初心者でも飽きずに楽しめると思う! あと【遊漁券】ってのが冬見川で釣りする時必要なんだけど部費で落とすから大丈夫だよ! 部室備え付けの釣り具もそこそこあるし個人がすぐに釣り竿とか買わないで済むようになってる。まぁ、この佐々木ってやつはカバンに自分専用の釣り具一式を常備してるけど。どうやって隠し持ってて荷物検査に引っかからないのかが疑問なんだよねぇ」

 ホワイトボードにこれまで釣った魚の写真を貼りさらに説明を続ける。

「この辺は【中流域】で前に言ったオイカワとか先週の部活動紹介で見せたようなニゴイとかカワムツって魚がいる。あとヨシノボリってハゼの仲間とかスジエビとかいろいろいるねぇ。その都度俺が説明するから魚が全然わからなくても安心してほしい。どう? 仮入部にしとく? 保留にしとく?」

「いえ、入部します!」

 釣り具を新たに買わなくていいという点と部長が魚に詳しそうというとこが良かったらしく聖歌は正式に入部を宣言した。翌日担任へ出す入部届を先にこの場で書いてしまおうかと思ってたとき、部室の扉が開く。

「ういー、水槽掃除終わったよー。ついでに1年も連れてきたよー、って新しい子いんじゃん」

「お邪魔します」

 入ってきたのは先輩であろう女子と1年の男子。

「よかった来てくれたね、それじゃ始めますか!」


 部室に集まった5人全員が椅子に座り何かを始める様子。廊下側の扉に一番近いお誕生日席に座った前島部長が改まって口を開く。

「えー本日はこの冬見環境部にお集まりいただきありがとうございます。さっそくだけど自己紹介でもしようか、誰からする?」

「部長からっしょ」

「まあそうなるよね! ンン、部長の前島三樹まえじまみきです。クラスは3-Aで好きな魚はフナです、鮒は童謡にも出てくる魚だけど意外と繊細な釣りを要求されるし地域差?みたいなのがあるから興味そそられる魚だね。一応そこらへんにいるような魚は一通り知ってるから1年の2人はどんどん聞いてね、よろしくー! そんじゃ次、佐々木頼むよ!」

佐々木秋斗ささきあきと、クラスは2-C。好きな魚は……なんだろ、特にない。強いて言うなら釣れる魚かな。よろしく」

「次はあたしかな。2-B、大原玲美おおはられいみ。家が釣り具屋で、そのおかげで釣りが嫌いになりました。今年こそは釣りを好きになりたいでーす。よろしくお願いしまーす」

「大原は去年もそんな自己紹介だった気がするねぇ。次は、そうだなー、藤野君お願い!」

「はい! 藤野優ふじのゆう、クラスは1-Aです! 兄が釣り好きでその影響で僕も釣りするようになって、兄に釣り部のことを教えてもらってこの高校に入りました。まだ釣りは上手くないですがよろしくお願いします!」

「そんじゃ次の……そういえば名前聞いてなかったね、自己紹介お願い!」

「えと、1-Bの川上聖歌です。釣りは以前は興味なかったんですけど、最近気になっててこの部に入ろうと思いました。あと魚も捌けるようになりたいので捌き方も教えてもらいたいです。よろしくおねがいします!」

「おっ、この部で釣った魚捌く機会というか文化はなかったからやってみたいねぇ。よろしくね!」


 全員の自己紹介が終わり前島は棚から日誌と書かれたファイルの束を取り出す。

「んじゃ今年の方針もすぐ決めちゃうよー! これまでが、んーと去年が釣り、その前も釣り、その前も釣りで……結構前のは釣りとハイキングってなってる。やっぱほとんど釣りしかしてないね。今年も釣りでいいかな?」

「いいんじゃない? 聖歌ちゃんは他にしたいこととかはあるん?」

「釣りで大丈夫だと思います!」

「おけ。藤野君は?」

「大丈夫です!」

「それじゃ決まりだね! 釣りメイン!!」


「基本放課後は毎日部室には集まってほしいんだけど誰かが水槽掃除だったり佐々木が一人で釣り行っちゃって居ない場合もあるけど気にしなくていいから! 今日行けなさそうってときは【twIN】のグループメッセでお願いね! 明日は釣り具の説明と実釣してもらう予定だよ! それじゃ1年をtwINグループに招待したら解散!」


 部長の有無を言わさぬSNSアプリ【ツイン】へのグループチャットへの強制参加もありつつ冬見環境部に入部した聖歌、秋斗の表情は終始変わらず玲美も釣りが嫌いなのに入部してるという謎もあるが果たしてやっていけるのだろうか。

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