第4話 袖針

 翌日の放課後、聖歌は担任へ入部届を提出した後、部室へ向かった。

「こんにちはー」

「ん、どうも」

 居たのは2年の大原玲美だった。

 読んでるのは週刊の漫画雑誌、髪型はボブヘアだがよく見ると左側の髪だけ長いように見える。自己紹介のときに家が釣り具屋で釣りが嫌いと言っていたがなぜこの部にいるのかがまだ謎である。いずれは聞――

「そういえばさ、聖歌ちゃんはなんで釣りしようと思ったの? ここにくる人だいたい最初から釣りが好きとか外で遊びたい人がくるから意外で聞きたくてさ」

「えと、ちょっと前に、この学校に行くときに川で釣りしてる人を見かけて、それで同じ魚釣ってみたいなって」

「へぇー、思い切ったね、いいと思う。この部、魚オタクと釣りに憑りつかれた人しかいなかったから新鮮味あるというか、夜が明けた感じする」

「そう……なんですか?」

「あたしが1年のときは『大物を釣らなきゃ気が済まない』とか言って冬見川でも海に近いほうに行く3年の人いたもん、そういうのに比べたら新人ちゃんは珍しいよ」

「確かに……」

「ま、佐々木と前島がいっぱい釣らせてくれるから大丈夫だと思う。そういえば」

 ガチャ。

「どうもどうも~!」

「……」

「お邪魔します」

 女子二人の会話の途中で残りのメンバー3人が入る。

「しばらくしたら宮山先生くるから、それまでにいろいろ済ませちゃうぜーい!」

「ういー」



「今日はこのあと川に行くんだけど川上さん釣り初心者だから軽く釣り具の説明しちゃうよー! これが延べ竿でこっちがリール竿。今実際に仕掛けつけて竿伸ばすからねー。それっと、これは比較的シンプルな浮きを目印にするエサ釣りのやつだね、竿に結んだ先端とこの金具までを道糸みちいとって言って道糸にゴムの管通してウキを止めて動かないようにする、さらにオモリつけてハリス止めっていう金具に道糸を結べばほぼオッケー。あとは針だね。このハリス止めにハリス、要するに釣り針のついた糸をつければこれでウキ仕掛けだね、針の大きさ変えたいってなったときハリス止めのおかげですぐに付け替えられる、嬉しいね。針にエサつけて川に流して目印の浮きが沈めばアワセる、こう……素早くヒュッと竿を立てて上げる。そんな感じで釣る。川上さん大丈夫そう?」

「はい、結構昔に家族で釣り堀に行ったことがあったので大丈夫そうです! ハリス?っていう名前ついてるのは初めて知りました」

「うんうん! 次にリールなんだけど、秋斗助かるよ。今秋斗が用意してくれたのがリール竿ロッド、竿にこのリールを取り付けてこの輪っかの部分、ガイドにリールから糸を通して金具とかを結んで疑似餌、ルアーをつける。このロッド2メートルぐらいあってさすがに振れないからこのまま進めちゃうけど、竿のこの部分を持って人差し指で糸を押さえる、そしたらリールのベールっていう部分をカチャッと上げる、これで投げる準備はできたわけだね。そのまま左右後ろに人がいないのを確認して竿を振ると同時ぐらいに糸を放す、そうするとルアーを飛ばせる。ルアーが水に落ちたのを確認してベールを下げてハンドルを回して糸を引く。魚が来たってときは竿を立ててアワセてこのカラカラ音なるドラグを緩めたり締めたりしながらハンドルを回して魚を近くまで寄せて釣る。そんな感じだね。どう? ルアー釣り、できそう?」

「んーー難しそう……」

「慣れれば大丈夫だよ! あとフライフィッシングとかテンカラっていうのもあるけど追々説明するよ!」

 前島部長の急ぎ足で少し雑な説明の後に玲美がすぐに質問をする。

「あ、聖歌ちゃんは虫って大丈夫な人?なんかの幼虫とかミミズを針にぶっ刺すんだけど」

「え」

「あ、そうだった」

 ウキ釣りには大まかに人工餌と活き餌の二つのエサの種類がある。

 人工餌は練り餌と呼ばれる粉状の素を水と混ぜてほどよい硬さにし釣り針につけ水中で溶けながら魚を寄せつつ釣るエサや、魚の好物の匂いがする成分をダンゴ状にしパッケージを開けてワンタッチで針につけすぐ釣りができるような商品を釣り具メーカーなどが出してたりする。

 一方活き餌は生きた虫を針に刺しその色や体液の匂いでアピールし魚を寄せて釣るエサだ、生きた虫というのは、ミミズ、アカムシと呼ばれる蚊の幼虫、サシと呼ばれるハエの幼虫、川虫と呼ばれるトビケラやカゲロウの幼虫など。

 虫そのものに抵抗があったり生きたものをそのまま針に刺し魚に食わすことに抵抗がある人もいる。釣りに慣れてる人ならもはやどうってことはないが、果たして聖歌はどうなのか。

「部長、一応画像見せてやって」

「釣り餌にこんなの使うんだけど……」

「うげ」

 ダメそうだった。

「こればかりは仕方ない」

「最初はみんな苦手だから大丈夫ですよ!」

 秋斗と優がフォローを入れる。

「練り餌も今日の分ぐらいは部室にあるからそれ持ってこ!」



 無事に練り餌も見つかり今日使う釣り具を手提げ袋やバケツに入れてまとめてるとこでゆっくりと部室の扉が開く。

「入るよー」

「先生意外と早かったですね」

 顧問の教員のようだ。

「椅子借りるわよ」

「どうぞどうぞ!」

「はぁぁぁぁぁ、疲れた。少し休ませて」

「先生? 1年生居ますよ? 引かれないようにしてくださいね?」

「お、そうじゃん! 部存続じゃん! 前島っちどこでこんな逸材見つけたのよー。確か授業のとき自己紹介したはずだけど一応しとくわ、顧問の宮山朋海みややまともみよ、教科は現代文だから。よろしくー」

 学期始めでかなりお疲れのようだがこの宮山という女性がこの部の顧問。普段はシャキっとしているが部室に入った瞬間気を緩めた。ここをオアシス代わりにしているようで。

「今日は釣り行くって言うから早めに切り上げて職員室から逃げてきたのよー、あの空気が苦手だから助かるわ」

「部員全員とかで学校敷地外に活動として行く場合申請が必要らしいから行きたい場所とか川あったら言ってね! 宮山先生が喜ぶから」

「そうよ! ばんばん言ってちょうだい、外に出たくてこの部の顧問になったんだから」

「宮ちゃん先生、そろそろ準備できるけど」

「もうちょっと休憩させてー」

「先生、日が落ちるのまだ早いのですぐ行っといたほうがいいです」

「わかったわ、行きましょう」



 部室を出て雑談と釣り具をカチャカチャ鳴る音を聞きながら15分は歩いただろうか、前島が立ち止まり。

「釣り具屋に寄って行きたいんだけど……」

「あたしはパス、先に川に向かうよ」

「俺も、先仕掛け用意して釣りする」

「なら一応私も先に行くわ」

「わかりました、気をつけて行ってね」

 玲美と秋斗は釣り具屋を避けるように川へ行き、顧問もついていくようだ。

 若干気まずい空気を残しつつ、そこから数百メートル歩いたとこに店はあった。


【大原釣具店】

「お邪魔しまーす」

「おお、部長さんか! いらっしゃい!」

「年券お願いできますか?」

「今持ってくるから店の中でも見て待ってな!」

 大原釣具店、玲美の父の大原 たけしが店主の釣具店。

 それほど広くはないがこの地域に特化した漁具を扱っておりアユの友釣りに使う竿やヤマメなどを釣るための渓流竿、さらにはカニを釣る子供向けの竿なんかもある。奥には玲美が住む部屋などがある居住スペースに続く廊下がうかがえる。代々受け継がれてきたようで若干年季がある店ではあるが通が好む雰囲気がある店とも感じ取れる。

 聖歌、優、前島の3人は奥に行った店長が戻るまで店内を見渡す。

「まさかここが先輩の家で店だったなんて」

「藤野君は来たことあるんだ?」

「たまに掘り出し物とかないかなって見に来ますね」

「うんうん。いいよねぇ、こんな感じの店」

「一見さんお断りの空気ありそうで初めは入りにくいですけどね」

「あー、そうだね、まさに秋斗はそれだな。国道沿いのチェーン店のが好きだって言ってた、案外こういった店のが穴場の釣り場知ってたりするから勿体ないって思うんだけどねー。お、このサイズの針は珍しいからあとで買っちゃお」

 程なくして店長が戻ってきた。

「待たせたね! 2人分の年券だよ」

「ありがとうございます!」

「この2人が新しい部員かい?」

「そうです! 新たに川上さんと藤野君が入部しました」

「藤野? あれ? 確か前に兄弟で来てなかったか?」

「はい、何度か来たことあります」

「おー! 合ってた! よかったよかった。とりあえずお二人さんは年券に名前書いちゃいな」

 遊漁券とは、簡単に言えば河川を管理する漁協に遊漁料を出し買う許可証である。

 実際の遊漁券については各漁業協同組合のサイト等で調べてほしいが1日のみ有効の日釣り券と1年間有効な年券があり漁協の事務所や釣具店などで購入ができる。遊漁料を払うことによって漁協が河川の清掃や魚が産卵しやすい場所を作ったりなど漁場を整備し魚が釣れる環境を作ってくれるというわけだ。

 今回前島部長が部費で買い2人に与えたのは12月末までが期限として記載されている冬見川の年券、ビニール製の腕章型で油性ペンで名前と住所を書き込む必要があるようだ。初めて釣りに触れることとなる聖歌はもちろん、普段は紙製の1日券を買っていた優も年券を手にするのはこれが初となる。

「前はすぐ売り切れたんだけど最近はあっちの大通りのでかい店のが繁盛してるみたいでな、年券もそっちで済ませちゃう人が大半でよ。まあ、あれだ。せっかくの機会だしほしい釣り具とかあったら言ってくれよ? 少し割引しちゃうからさ」

「ありがとうございます。 あ……、いえ、先に川へ行ってる人がいるので……」

「……そうか。割引は次来たときにするから安心しとき。名前と住所は書けたかい?」

「はい」

「大丈夫です」

「漁協の人が来たらそれをカバンとかポッケから出して見せるといいぞ。たくさん釣れるといいな! そんじゃ、いってらっしゃい!」



 雲で陰りを見せる河原にきた3人。先に到着した秋斗、玲美、顧問の宮山は全員分の釣りの下準備を済ませて待っていた。

 そこは冬見川と小さい川の合流地点で小さい川のほうからは公園や街路樹からはすでに散ってどこかへ飛ばされ消えてしまった桜の花びらが水中を舞い春を主張している。


「秋斗ー、魚いそう?」

「いる、見える。あっちのブロックと深場を行ったり来たりしてる。さっき見たときは向こうの水溜まりのとこも見えた」

「おっけ、俺練り餌つけるの下手だから秋斗は川上さんここに呼んで釣らせてあげて。俺は藤野君と向こうで釣る」

「わかった。あれ。前つけてなかったか」

「いや、このタイプのエサはうまくできない」

「ふーん」

「頼んだよ」

「うす」


 川との合流地点に聖歌と秋斗、湧き水が出てる大きな水溜まりに前島と玲美と優が、双方を見れる位置に宮山先生はおりレジャー用のイスに座り時々背伸びしたりしている。

「あそこらへんに魚がいるから、仕掛けを離したあと水面につかないよう送る感じで竿を振る、ブランコみたいな感じで。それでいいとこに落ちそうなときに竿を下げる。そうするとより遠くまで狙える。やってみて」

 秋斗は聖歌に延べ竿での魚がいそうな場所ポイントへの狙い方キャストのレクチャーの最中だ。エサはつけずにやっているが残念ながら力みすぎてバネのように糸が跳ねてしまって仕掛けをうまく落とせない模様。

「もう少しゆっくりでいい」

「難しいです……」

 次はウキを流しつつ、どこからどこまでを狙えばいいかを教えているが……。

「あんまり下まで流すと魚の群れまで下に散っちゃうから、そこまでいったらさっきのとこに流しなおす」

「はい……!」

「んと、ウキを追いかけるように竿の向きも動かさないとウキが流れないから、あと根掛かり……針が底の何かに引っかかっちゃうのにも気をつけて」

 まだ釣り竿の扱いに慣れてないようだ。

 しばらく練習した後。ついにエサをつけての釣り。竿は2.7メートル、エサは川魚が描かれてるパッケージの粉のエサでそれを水と1:1で混ぜ硬め針につける練り餌、針は袖針2号。

「餌はダンゴにして……大きさはこんぐらい。狙いはあそこの石みたいなのが沈んでるとこらへん。先にやるからウキの動きよく見て」

 チャポン チョコン スーッ ヒュッ。バチャバチャ。

「釣れた。ウグイ」

 わずか一投で15cmほどのウグイを釣り上げた。大まかに言えばこいの仲間で魚体は銀色、うろこが細かく雑食性の魚。

「おー……そんなに早く釣れるんですね」

「うん、やってみて」

「はい!」

 チャポン……。

「あれ?」

「もう一回やってみて」

 チャポン……。

「すぐにエサが落ちちゃってる」

「えと、どうしたら」

「高い位置から仕掛け落としちゃってて衝撃ですぐにバラけてる、あと練り餌がしっかりついてないかも。ちょっと待って、しっかり練りこんで、針を隠すように。うん、これでやってみて」

「ありがとうございます」

 チャポン チョコン チョコンチョコン スーッ。

「今」

 ヒュッ。

「はい! あれ?」

「おしい」

 その後の何投かしたがエサがない針が川から手渡される。春の魚はすぐに食べ終えるようだ。

「練り餌だと厳しそうだから部長のほうからミミズもらう」

「わかりました」

「待ってて、水溜まりワンドのほう行ってくる」

 2分後、秋斗はミミズが入ったビンを持って戻ってきた。

「大丈夫、俺がつける。ミミズならすぐに食われない。よし、これなら釣れる」

 チャポン……スッ。

「きてる」

 ヒュッ!

「うっ! 重いです! 引っ張られます!」

「落ち着いて、竿を立てて。ゆっくりでいい」

「はい!」

 肘をあげない旗揚げのような形で竿を持ち魚に奥に行かせまいと抵抗する。

「川下のほうに寄せよう」

 秋斗はタモ網と呼ばれる魚を水面から引き揚げたり川遊びで使うような網を構え、備える。

「もうちょっと、入った。釣れたよ」

「ありがとうございます! この魚は何でしょう」

こい。ヒゲがある」

 釣れたのは20cmのコイ、雑食性で汚れた水でも住むことができ最大は60cmを超える、今や全国に生息している魚。今回釣れた鯉は控えめなサイズにしては丸々としており初心者の聖歌にしては重たい相手だった。

「写真は撮る?」

「ん~、鯉はいいかな」

 鯉は別に撮らなくていいらしい、映えないからだろうか。代わりに秋斗がスマホで写真を撮った。よかったね鯉さん。

「まだミミズついてるけど、釣る?」

「はい! 釣りたいです!」

「日没近いけど、あと一匹はいける」

 チャポン チョコン スーーッ。

「きた!」

 しかし魚はエサを口から放したようで。

 ペチ。

 勢いよく竿をあげたせいで竿を持ってない左腕にエサのミミズが張り付く。ミミズの生命力は強く先ほどの鯉についばまれても生きててうねうね動いた。

「ひゃっ!!!」

 その後、叫びを聞き急いで来た玲美にミミズがついた箇所をタオルで拭かれ釣りを続行するも聖歌はまたミミズを自分に飛ばしてしまうのを恐れ残ってた練り餌を使うが精神ダメージからかウキの沈む反応に対応できず追加で釣ることはできなかった。


 片付けを終え夕陽に照らされながら部員全員で川から部室へ戻る途中、万が一制服で釣りしてて同じ状況が起きて制服を汚す可能性でゾッとしジャージでよかったと思う反面、袖を捲ってたことに後悔をする聖歌。

(そういえば秋斗さん、あの時制服で釣りしていたような。汚さない自信がある人……?)

 秋斗はただ釣り狂いで登校前に釣りしたいだけの人なのだが釣りをしない人からしてみたら見た目的にかなりおかしな人である。

(普段はあんなに無言なのに釣りのときはあんなに喋るなんて)

「聖歌ちゃん、釣りどうだった?」

 考え事をしていたとこに気を遣って玲美が話しかけてきた。

「釣れました!釣れたときすごく嬉しかったです!」

「うん、よかった。たぶん秋斗も聖歌ちゃんが釣れて嬉しかったと思うよ? 釣らせたいって感じだったから。まぁ、だからこそ奥の手のミミズを使ったんだろうね」

「あはは……」

「また釣りする?」

「したいです!」

「よかった。それが聞けてあたしも嬉しいよ」


 父が釣り具屋の店長で自身は釣りが嫌い、けれど後輩が魚を釣ると嬉しいという玲美。普段は喋らないが釣りとなると喋りだす秋斗。

 聖歌はこの部の人は変わってると実感するのであった。





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