第5話 水合わせ

 あの釣りから3日後、部室には誰もおらず廊下を歩く聖歌と前島。これから管理棟にある水槽掃除に向かうところだ。職員玄関の前なので来賓の方が真っ先に見るといっても過言ではない重要な水槽、見栄えのためにしっかりコケを落として必要なら水替えも行わなければならない。

 他の部員は校門付近の花壇の手入れの手伝いをしている。人手不足のときに呼ばれ雑草の撤去やゴミ回収をし報酬として釣り餌に必要不可欠なミミズが大量にもらえる。人員を割くことになってもやらない手はないのだ。

「さーて、大型連休ゴールデンウィーク前だからしっかりやらんとなー。川上さんはまずは見てるだけで大丈夫、フタとかガラスだから割れるかもだからね」

「わかりました」

 水槽前に着き前島は話しながら水槽掃除をしていく。

「それじゃ始めてくよ! どこからやろうかな。この水槽は90cmのガラス水槽。上部式フィルターってやつで左奥にあるあのパイプからあのモーターで吸い上げて上のフィルターでろ過したあと、右から出てくる仕組み。そんでねー、この水槽にはルールがあってねー、15匹以上は魚を入れないように決めてるらしいんだよね。日が当たって少し水温あがりやすい位置にあるから酸欠になりやすくなるし、フンが出やすくなってここのフィルターのとこに入ってる ろ過材交換と水替えの頻度があがっちゃうから小さい魚でも15匹が限度なんだってさ。よし、コケ掃除終わりー、次は水替えだぁー……。水は1~2週間に一回 だいたい三分の一ぐらい替えるのが目安なんだけどコケがすぐ生えるし、連休前後とか学期始めは溜まってた汚れをとるために頻度あがっちゃうねー。これから外の、あそこにある排水のとこまでバケツ往復をするんだけど、手伝ってもらっても……ありがと! 助かるよ!」

 話しながらも前島はコケ掃除 水草のトリミング 石のレイアウト直しをテキパキこなし、それをうんうんと見ていた聖歌だったがバケツ運びは手伝うことにした。


 ホースで水槽から水を抜いてる最中、特に喋ることのない前島はついでにの気分で聖歌に釣りの感想を聞く。

「そういえば初めて、いや、前に家族で釣りしたことあったんだったね、久しぶりの釣りはどうだった?」

「楽しかったです! ミミズのヌチョヌチョは気持ち悪かったですけど」

「あはは、それは慣れでどうにかなるからきっと大丈夫!」

「えぇー、あんまり触りたくないですよー」

「実は俺もあんまり触りたくない、臭いがなかなかとれないし。でも魚にはその臭いがたまらなくいいんだろうね。次は俺もエサつけるから安心してね」

「助かります!」

「あとそうそう、鯉釣れたんだってね。手ごたえとかどうだった」

「ん~、最初重すぎて岩引っ掛けちゃったかなって思ったんですけど、奥に引っ張られて魚だってわかって、でも引っ張る強さがすごかったのに釣れたのは意外と小さくてびっくりしました」

「うんうん。わかるよ。結構パワーあるし水の中は魚のテリトリーだからね、向こうに分がある。それを細い糸でどう手繰り寄せるかが釣りの楽しいとこだよ」

「糸が切れるかと思って心配でした……」

「そう簡単には切れないから大丈夫! ほんとは鯉を連れて帰りたかったけどね。川上さんが部に入って初めて釣った魚だしここの大きさ的にいけなくはないサイズだったけど鯉って結構やんちゃだからねぇ、水濁るし水草いじくりまわすし。逃がす前にちゃんと写真は撮ったから安心してほしい」


 新たに水槽へ入れるための水をバケツに入れ、水道水から魚に安全な水にするためのカルキ抜きもそこに入れホースを持ちながらカルキ抜きが溶けきるのを待つ。

「川上さんは何か釣りたい魚は居る?」

「オイカワ、色の綺麗なオイカワを釣りたいです」

「オイカワかぁ、前はこの水槽にもいたけど今はカワムツとシマドジョウしかいない、水槽に入れたいねー。あのとき釣れなかったのが不思議なぐらいだけど、色が綺麗なやつね。もう少ししたら繁殖の時期になるから待ちだね、簡単に釣れるはずだから楽しみにしててよ」

「はい!」

「あと1杯ずつぐらいかな。あと実際に佐々木を見てどうだったかを聞きたいけど、どんな印象だった?」

「えーっと、そうですね、やっぱり釣りが好きなんだなと感じました。釣りの時はまるで別人のように話してて、水中の様子もわかるみたいですごくて、なんとか私に魚を釣らせようとしてくれてたんだなって」

「うんうん」

「正直何考えてるかわからなそうな先輩ですがもっと釣りしてるとこ見たいです」

「んー、佐々木のことが気になるとか 好き というわけではないのね?」

「はい。不思議な人だな、何釣るか見たいなーぐらいですね」

「まあ、表情変わらないというか喜怒哀楽の怒と哀しかない人だけど、結構面白いから、これからも釣りのこと聞いてあげるといいと思うよ」

「わかりました。……あれ?」

「ん?」

「部長さんって去年もいたんですよね」

「うん」

「佐々木先輩も去年この部にいたんですよね」

「そうだね」

「笑ったとこ一回も見たことないんですか?」

「うん、ない」

「え、普段の授業とかもですか?」

「マジでない、笑顔になったって聞いたことすらないね」

「そうなんですか……」

「まあ、あれだね。釣りのついでに学校生活がついてるような思考してそうだし、そもそも若いのにこんなに釣りする人は変な人って見られてるっぽいし、佐々木もたぶん変わった人だと思う。あー、たしか中学の頃はテニス部?かそこらへんにいたって聞いたことある」

「ほー」

「俺も気になるんだよね、いつから無表情イケメンになったのとか、いつ頃から釣りするようになったのとか。あ、砂舞わないように水ゆっくりね」

「謎なんですね」

「かなり謎だね、あ、そうそう。1対1で話すときはそこそこ喋るから、隙を見て話しかけると珍しい一面を見れるはず」

「機会があれば試してみます……!」

「うんうん。あとはフィルターの電源つけてガラスの水滴拭いて終わりだ。よし、おつかれちゃん! 先戻ってていいよ!」



「お、そっちも終わったかー」

 部室に戻った聖歌を迎えたのは土と草木の匂いがする玲美。ぐったりした優と釣りの仕掛けを調整してる秋斗もいる。

「部長と聖歌ちゃんのほうはどうだった?」

「たぶん水替えして普通に終わりました!」

「ガラスとかで手切ったりとかはなかった?」

「大丈夫です!」

「ならよし」

「……あの部長、魚の紹介ポップの話とかしてた?」

「いえ、してなかったです」

「そうか、前に『カワムツの情報更新しなきゃ』とか言ってたから、忘れてそうだからあとで俺から言う」

「わかりました」

「ちなみにこっちは草むしって土いじってミミズ頂戴して終わった、ミミズはベランダにある鉢に入れてある」

「藤野君もミミズ使っていいからね?」

「はい!」


「明日は藤野君と聖歌ちゃん行けそう?」

 部長が来ず、沈黙を絶やすために玲美は話題を振る。明日というのはゴールデンウイーク初日に部員で冬見川の上流の河原でレクリエーションをしようと前から声をかけていた。その結果連休初日の土曜日はみんな空いてるとのことで進めていたが。

「はい!」

「大丈夫です!」

 行けるそうだ。

 場所は高校の近くの最寄り駅から電車で向かい40分ほどで着く川、この辺にいない魚や景色を堪能しつつ交流を深めようという目的がある。

「みんなおつかれ~、明日の話してた?」

「してた、二人とも行けるって」

「よかったー!いやー、本当は家族でどこか行く予定とかあったかもしれないなーもしかしたら無理かなーって思ってたから、ありがたい!」

「部長、連絡事項とかは」

「んー、各自食べたいものとか釣り具とか持ってきてって感じかな? 一応川上さんの釣り具は俺が持ってくから大丈夫だけど、あとは上流区画だから当日は券を別に買わなきゃいけないってとこぐらいかな、待ち合わせは現地の駅だね」

「わかりました」

「ういー」

「質問とか無ければ今日は解散かな? ない? んじゃ解散ー!」

「おつかれさまでしたー」



 部室にはまだ二人、釣り具の調整をもう少しやって終わらせたい秋斗とバケツやスポンジホースの水槽掃除用具をベランダに置いてこれから日誌を書き部室の戸締りをしなくてはならない前島部長が残っていた。

 しばし無言だったが秋斗が口を開く。

「……軽音部が廃部になったらしい」

「マジ?」

「……」

「まじかぁー」

「どうしても人数が集まらなかったらしい。将棋のとこは同好会になったってさ」

「囲碁と将棋で合体しても人数足りないの!?」

「生徒会の人によるとそもそも新入生の数が少ないのと……」

「のと?」

「ブームが落ち着いたからだと思うとか言ってた」

「あー」

「……またブームがくれば使うだろうから防音のやつとか畳は残すんだとか」

「あとは廃部になってないの?」

「なってない。……部長、次はここかもな」

「大丈夫さ、ちゃんと5人いるし!」

「誰か抜ける可能性は考えたか」

「……」

「部長、俺はあんたが不安なんだ」

「俺は抜けないよ?」

「違う、あんたが原因で誰かやめる可能性が高いなって俺は思ってる」

「え」

「頼むからせっかく来た二人をいつもみたいに変なこと言ったりテンション上げすぎて引かれないようにしてほしい」

「気をつける、気をつけるだけだけど」

「……」


「そういえば秋斗は川上のこと、どう思う?」

「どうって」

「釣りの様子を見た感想とか」

「ミミズが苦手だな、ぐらい」

「そこかー」

「あんたもミミズ触らないな?」

「俺はあれだよ。手にミミズの臭い付くの嫌だからだよ」

「洗えばいいのに」

「洗ってもなかなか落ちないしその手でスマホ触りたくない、ミミズフォンになっちまう」

「ならねーよ」

「ミミズの他に川上の感想は?」

「……、一生懸命だなって思った。釣りを好きになりたいって感じだった。魚寄せるとき冷静だったし長くやってれば上手くなる気がする」

「ほー」

「あと、なんでこんな部に入ったかわからない」

「っ、釣りやってみたかったって言ってたよ?」

「そうか」

「そっちは終わった?」

「終わった」

「そんじゃ鍵閉めるぜ」

「はいよ」


「部長、水槽のカワムツの説明のやつはできたのか」

「やべっ、忘れてた。入学式のときに魚にうるさい人がきて『カワムツも外来種だろ?』って言ってたらしいんだよね。早めに作らなきゃなー。連休GWで作っとくさ」

「はいよ」

「あ、そうそう。秋斗、この部でもっと釣りしててくれ」

「……は?」

「釣りしてるだけで様になるってことさ! 明日現地だからな! またな!」

「……」


 佐々木は格好いいからこの部の注目のためにも釣りしててほしいという趣旨の発言だったが本人に意図は伝わらないまま前島部長は部室の前から去っていった。

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ちょっと気になる君と魚 沢屋ジュンタロ @sawa-jun

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