第2話 冬見環境部

 コンコン。

「失礼しまーす」

 扉を開け縦長の部室を覗く。

 部室内にはホワイトボードと長机が鎮座し、部室の角には釣り具と魚を捕まえる用途の網が置かれ壁には魚の写真が貼られている。ここで間違いはないようだ。


「お、いらっしゃいいらっしゃい! もしかして入部希望者? ここ冬見環境部だよ?」

 部室に居たのは紹介をおこなっていた前島だった。

「はい! まだ入部希望ってわけではないのですが気になってることがあって……」

「まぁまぁ入って入って~、今椅子用意するね~。それで気になることって? 聞こうじゃないか」

 聖歌は流れるような動作で準備されたパイプ椅子に座ってしまった。前島は部員になるかもしれない人がいきなり来たのでかなりテンションが高い。


「えっとですね、ちょっと前にこの学校の制服の人が川で釣りしてるのを見かけて」

「たぶんあいつだな、一応ネクタイの色聞いていい?」

 この学校では学年ごとにネクタイとリボンのストライプ柄に使われてる色が少し違う。僅かな差ではあるが教員と生徒はそこで学年の判断をするようだ。

「そこまでは見れてなくて……場所はだいたいこの辺なんですけど」

 すぐさまスマホで地図アプリを開く。

「まぁ、あいつだな。というかそこで釣りしてるのか、いいこと知っちゃったな。先に言っておくと本来は部活動時間外で釣りはグレーだから見つかったら鞄に隠してる釣り具没収されるかもなんだよねぇ。あいつのためにも他言無用で頼みたい。ちなみにだけど釣れてた?」

「はい! 釣れてました! 魚の名前はわからないけど……」

 その言葉を聞き即座に資料らしきバインダーなどが置かれてる棚から写真と川魚ハンドブック図鑑等を取り出す。

「どんな感じの魚だった? あの川だと魚だとだいたいこのあたりの魚だと思う、じっくり見てっていいから! せっかくだし魚の名前知っとこ!」

 前島による釣り場の情報収集が始まってるとはつゆ知らず聖歌は真剣に図鑑を見る。しばらくしてページをめくる手が止まり名前に指さす。


「色の感じからしてこの【オイカワ】だと思います。こんなに濃い色じゃなかったけど」

「そうだね、ここは中流域だからオイカワが多いね。図鑑説明的にも合ってる、色が違うのは【婚姻色こんいんしょく】と言って……まあ今は産卵シーズンじゃないし色薄いからね。間違いないはず」

「珍しい魚じゃないんですか?」

「結構いる、去年釣ったやつの写真もこの通り」

「うーん、たくさんいる魚にしては釣れたとき笑顔だったから珍しい魚だと思ったんですけど」

「笑顔……? ちょっと待って、別人かなぁ……うーん。もはや妖精……?」

 前島は考え込む。どうやら何かが引っかかるようで。

「たぶん佐々木ってやつが釣りしてたと思うんだけど、あいつ笑ったりしないんだよね。少なくともあいつが笑ったとこを見たことない」

 どうやら釣りしてた男子生徒は佐々木という人物らしい。しかし聖歌が見た情報と噛み合わないらしく俯きながら再び考える。


 程なくして閃いたかのように前島は聖歌に部への勧誘をする。

「もしよかったらなんだけど、部に入らない? 入部届は別のとこに出しちゃった?」

「まだですけど、私全然釣りとかしたことなくて、それでも大丈夫ですか?」

「もちろん! 俺も教えるし佐々木も釣り上手いしすでに2年の女子もいるからさ、どう?」

「少し考えさせてください……!」

「あの川で見た人が佐々木かどうか確かめたくない?」

「うーーんわかりました。入ります!」

 乗せられてしまった。



「本格的な開始は来週からだからまだ入部届は持っといて、来週月曜ここに来たらいろいろと部の説明するからそれで最後に入部するか決めて。まだ釣りすることしかわかってないと思うし」

「はい。じゃあまた来ます!」

「ありがとね~またね~!」


 キィー、バタン。

 聖歌が去ったのを確認し……

「よっしゃああぁぁぁぁ! 部員ゲットだああああああ!」


 この冬見環境部、実は部員がギリギリでどう集めるか、足りなかった場合どう申請通そうか悩んでたとこに聖歌が来た。前島部長はなんとか部としての基準が通りそうで一人歓喜していた。そして我に返り、来週の部の詳細な説明をどうするかプランを立てこのチャンスを逃すまいと思考を巡らせるのであった。

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