ちょっと気になる君と魚

沢屋ジュンタロ

第1話 川のせせらぎ

 春、それは草木が目覚める季節である。


 朝露がまぶしい土手沿いを真新しい制服を着た女子高生、川上聖歌かわかみせいかが歩く。今日は入学式、たまにローファーのかかとを擦ったりブレザーと首のリボンのずれが気になってしまうが仕方ない。いずれは慣れる。


 あそこに見える橋を渡りあと20分ほど歩けば着くだろうというとこで川のほうの木々の間から動く何かが見えた、まだ時間はあるので近づいて確認することにした。


 同じ高校の制服の男子が川と真剣に向き合ってるようだ。三メートルほどの釣り竿を何十秒ごとに振ってる。どうやら見えたのは釣り竿だった。

(何が釣れるのか気になる……)

 風と共に鳴らす草花のささやきと水の流れる鼓動を聞きながら10メートルほど後方から呼吸の音すら抑えてしまうほど食い入るように見る。


 5分ほど経ったとき、ついに動きがあった。

 男子高生はヒュッと竿を立ててしならせる、その動作は速くあるが非常に丁寧で針にかかった魚を確実に手元に寄せようという意思を感じる。

 無事、釣れた。

 男子高生は足元にあるバケツのような物に入れる前に魚を観察するようだ。

 水から上がった魚は日差しのせいか銀色に光ってて少し見にくい、けれども赤と青の模様があるのがかすかに確認できる。鮮やかなその魚はどうやら男子高生のお目当てだったようで優しい表情で魚を見つめてる。


 聖歌はそれに惹かれてしまった。


 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる、ふと川から意識と視線を外し橋のほうを見ると聖歌と同じ制服を着た友達が手を振ってる。

 思い出した、入学式の準備のため早めに登校するようにと書類に書いてあったんだったと。友達のほうに駆け寄り急いでこれから通う高校へと向かう。




【東京都立冬見野高等学校】

 入学式が始まり校長による挨拶がすでに始まっている。

「この東京都立、冬見野高等学校は都心から電車で約40分ほどで最寄り駅に行けるほど交通の便に恵まれており。さらには近くをテレビでも度々話題にあがる冬見川が流れ、西に20キロほど行けば紅葉の綺麗な奥冬見や矢川渓谷もあり自然にも恵まれた立地であります。ですから勉学に励みやすい環境と――」

 聖歌は思い出す、2時間ほど前に見た光景はなんだっかのか。

(またあの人川にいるかな……居たら次は声かけよ)


 しかしその日の帰り際、同じ場所を見ても居ない。

 次の日も居ない。

 その次の日も再び見かけることはなかった。

 翌日、通学4日目。やはり居なかった。少々気になるが時間かけて歩いてもまたあの人がいるかどうかはわからない、疲れもする。なので明日から家から高校までのほどよいバス路線で通学することにした。

 同じ高校の制服着てたしいずれはわかる。気には留める程度にしとこうなんて思っていたが……。


 その日の午後、本来は授業をやる1コマ分を使った部活動紹介にて手がかりを得ることとなる。


 各部活の部長が招集され1年生の教室を巡り活動内容と功績を口頭や黒板を使った説明で紹介し入部者を勧誘獲得する場なのだが、はっきり言って大半の人はすでに部を心の中では決まっている。よっぽど酷い紹介でない限りは変わりないだろう。

 一通り運動部の紹介が終わり入れ替わりで文化部の部長たちが聖歌のいる1ーBへと入ってくる。あらかじめ配られ手元にあるプリントには部活一覧と使用する部室の地図が書かれてる。

 吹奏楽部、合唱部、軽音部、美術部、将棋・囲碁部、漫画研究部、冬見環境部……? 


「皆さん、初めまして! えー、冬見環境部部長の前島です。冬見環境部とは何だ? 初耳だって人が大半だと思いますが簡単に言っちゃうと川で釣りする部です。なんで釣り部じゃないのって思うかもしれませんが、かつてはバードウォッチングやハイキングもしたのでその名残らしいです。まあ、言いにくいからって釣り部と呼ばれちゃうんですけどね。それよっと……これ去年釣った魚と実際に釣りした冬見川の写真ね、こんな感じの場所で魚釣ったりします。写真の通りこの辺は結構釣りできる川も多く自然豊かなので、運動部ほど激しく動きたくないよーって人や釣りや魚に興味ある人はぜひ入ってもらえたらなと思います! 体験入部からでもいいよー! 以上、冬見環境部の前島でした!」


 聞き慣れない名前のわりには意外と普通な紹介だった。その後無事すべての部活動紹介が終わり授業終わりのチャイムが響く。冬見環境部はどうやら管理棟2階、化学室の2つ隣にあるらしい。

(あのとき見た人は部員なのかな……部長ではなさそうだったけど。魚のことも気になるし行こう)

 鉄は熱いうちに打て。そんな言葉の通り聖歌は気が変わらないうちに行っておくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る