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「の、乗り切った……」


 2時間後。

 私は生きて、五体満足で酒場から出ることに成功していた。


 じっ……、

 自由だああああっ!!


 思わず叫びたくなる気持ちを必死にこらえる。

 酒場の店員さんの「そろそろお席お時間になります」という言葉がこんなにもありがたく聞こえるなんて。ファンファーレかと思ったくらいだ。


 結局王様ゲームでは私が王様になることはできなかったけど、不幸中の幸い、魔王も王様になれたのは最初の一度きりだった。

 よし、ひとまず魔王復活は阻止できたし、この国の平和は守られた。まったく、人知れず世界をもう一度救うことになるなんて、勇者は大変だ。


 ともあれ、今日はこれで終わり。なんだかすっごく疲れたし、家に帰って休も――


「そんじゃあ二次会行く人ー?」


 と、背後から聞こえてきたのはビルクさんのそんな声だった。


「にっ……」


 二次会!?

 なにそれ! まだ続きがあるの? そんなの聞いてないって!

 それともこれが合コンのスタンダードなの?


「ちょ、ジャスミン」


 想定外の状況にどうしていいかわからない。とりあえず合コンマスターにヘルプを――


「うげ~、もう飲めな~い」


 って酔いつぶれてるし!

 頼みの綱の合コンマスターは店先でぐったりしていた。顔を真っ赤にさせて。

 そりゃ無理もないか。王様ゲームで何度も一気飲みしてたし。


「えっと、ツバキは」

「あっ、すみません。私は明日朝早いので……」

「えっ」


 残った唯一の仲間がおずおずと手を挙げる。まあ彼女の性格からすると、これ以上つきあわせるのはこくかもしれないけど。


「安心してくださいリンディさん。ジャスミンさんは私が連れて帰りますから」

「いや、え」


 それは助かるー、じゃなくて! 私も一緒に帰れる口実こうじつも用意して!


「そっかー。じゃーリンディちゃんだけでも行こうよー」


 ぽん、と肩に手を置かれる。ちょ「それじゃあ今日はありがとうございました。おやすみなさいー」あ、ツバキ待って。私も一緒に!


「けってーい。どこで飲みなおそっか」

「あ、いえその」

「え? リンディちゃんも帰るの?」

「は、はい。私もここで失礼しようかなーって」


 するりと抜けて距離をとろうとする。こういうのは逃げるが勝ち、だ。

 だけど私が動いた先にはもうひとりの男の人がいて、


「えー、せっかくの機会なんだからさー。もうちょっと飲もうよー」


 挟みうちの状態。前にはビルクさん。背後にはもうひとり。


「ね? 恥ずかしがらずにさ」


 そう言うと、私の腕をつかんでくる。ちょ、いきなりやめろってば!

 もういっそのこと投げ飛ばすか蹴り飛ばす? いやいやでもそんなことしたら騒ぎになって私の正体がバレかねない。明日の新聞に『勇者、酒を飲んで暴行?』とか書かれたら最悪だ。そんなの彼氏を見つけるとかどころの話じゃなくなる。

 どうしよう――


「おい」


 がしり。と私を引っ張ろうとする腕をつかむ、別の腕が現れる。

 それは、黒髪の青年のものだった。


「ま……」


 魔王?


「嫌がってるだろソイツ。今日のところは解散でいいんじゃねえか」

「あー? いいじゃんお前も一緒に来ればみんなで楽しめるぞ」

「そーだって。グラジオもかわいい子と飲みたいだろー?」

「あ〟あ〟?」


 ギロリ。


「っ……」


 鋭くなる眼光。私は知っている。彼と相見あいまみえたときに見せた、魔王としてのそれだ。


「お、おう。まあそこまで言うなら……」


 途端に尻ごみするビルクさんたち。よく見たらひざが笑っている。


「じゃ、じゃあ今日はこれくらいでお開きにしようか、あはは。リンディちゃん、またね」


 まるで獰猛どうもうな肉食獣に威嚇いかくされた草食動物のように、ふたりはそそくさと去っていった。

 そして残されたのは、ふたりの男女。いや、魔王と勇者。


「……別に感謝なんかしてないから」

「はあ?」

「あんなの、アンタがいなくてもいざとなったら余裕で蹴散らせたし」


 それに、仮をつくるようなマネが死んでもゴメンだ。


「はー、かわいくねえやつ。そんなんだからあの男どもも逃げてくんだよ」

「いやあれはアンタがやったからでしょうが」

「ま、俺もお前なんかに礼を言われたら寒気がするから願い下げだけどな」

「……」


 好き放題言うから聖剣で切り捨ててやろうと思って腰に手を伸ばす。が、戦いの装備は一切ないことを思い出して、私はため息をついた。


「あーあ、せっかく久しぶりにお酒飲んだのに、今ので酔いがさめちゃった」


 夜風が私の頬をなでる。冷たくて気持ちがいい。

 まったく、なんて日だろうか。合コンに連れてこられたと思ったら魔王がいて、しかもその魔王に助けられる? 勇者の恥だ。


「そんじゃあ、飲みなおすか?」

「え?」

「俺が働いてるバーがすぐ近くだからな。俺はたぶんタダで飲めるし」


 そんな言葉を聞いて、再び私は酔いがさめる。それから思わず、


「ぷっ」

「な、なんだよ」

「いやだって。そんなダサい誘い文句言うなんて思わなかったから」

「うるせえよ。んで、どうすんだ」

「まーアンタがおごってくれるって言うんなら、せっかくだし行こうかしら」

「おい、そんなことひと言も言ってねえぞ」

「はいはい。まあ冗談はおいといて、ほら行くわよ。魔王の現状を把握するのも勇者の務めだからね」

「はっ、言ってろ」


 そう吐き捨てて歩く魔王の後ろに続く。


「言っとくが、店では暴れるなよ。俺がクビになるからな」

「そっちこそ、変なことしてくるんじゃないわよ」


 あーあ。

 もう一度ため息。今度は心の中だけで。


 どうやら私の勇者としての役目は、まだ終わりじゃないらしい。

 普通の女として生きていけるのはもう少しだけ先かあ。

 そんなことを考えながら、夜空の下をゆっくりと歩きだした。

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勇者が合コンに行ったら、たおしたはずの魔王がいた件について 今福シノ @Shinoimafuku

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