第7話 泥棒の神
ネオスティール島は神々の魔法が眠る島。つまり、神々のものだ。
フェアトリアはそう記憶していた。だがシアンは、ここは自分の島だという。
「あなたって怖いもの知らずなのね。神々の所有物を自分のものだなんて、大っぴらに言わないほうが良いわよ。神々の怒りに触れたらバチが当たるわ」
「時すでに遅し、だ。やっかいな神を怒らせちまって、俺はいまバツを受けてるところでね。神々ってのはホントに高慢で怒りっぽい。もっと優しくて寛容な神がいても良いと思わないかい?」
黒髪の青年はやれやれと肩をすくめたかと思うと、何かに気づいたように神殿の入り口を一瞥した。
「……噂をすればほら、また一人怒れる神サマのお出ましだ。フェアトリア、きみの姿はおそらく彼女には見えないはずだから、そこで静かに見ているといい」
彼がそう告げた瞬間、神殿の入り口から凄まじい勢いの海水がなだれこんできた。嵐のごとく逆巻く荒波が神殿の内部を飲みこみ、壁画を浸水させていく。フェアトリアは反射的に息を止めてしまったが、ゴースト体なので体は濡れないし、溺れもしない。ただ呆然と浸水した神殿の広間で立ち尽くしていた。
「きみが陸に上がってくるなんて珍しいな、イルージュ」
広間を見下ろす位置にある細い通路の上から、シアンは声をかけた。
やがて神殿の内部に溜まった海水がうねり出し、人のような形をつくりあげたかと思うと、荒波のドレスを身にまとい、美しい双眸を吊り上げた女性が現れた。
「やっぱりあんただったのね、エルシアン」
海中の女神イルージュは、とめどなく流れる滝のような髪を振り乱して怒っていた。
「一体何の悪ふざけで、セイレンの大渦にあんな布を投げ込んだのよ!」
「あんな布とはひどい言い草だなあ。あれは由緒正しいメジエドの織物なんだぜ。古代の異国の神サマの神服に使用されていた、高価で上等な布なんだ」
「どうでもいいのよそんなことは!あれがセイレンの大渦に絡まってとれないのよ!渦が止まっちゃってるの!なんとかしなさいよ!」
「きみへの贈り物だぜ?」
「あんなものいるか――――――!」
怒りに任せて海中の女神が叫ぶと、神殿の海が大きくうねった。
「いますぐになんとかしないと、あんたの泥棒島を沈めてやるわよ!」
「お、おいおい大げさだなあ……あの布は簡単には傷つけられないんだよ。特別な刃物じゃないと絶対に切れないんだ。そう!さながら運命の糸のごとく……!」
「……そうか、あんた今、人間になってるんだっけ……」
イルージュはおどけるシアンを鋭く一瞥した。
「それで、あんな布を投げ込んでセイレンの大渦を止めたってわけね。じゃないとこの島に戻れないから。まあ~小賢しいこと!神の魔法も使えなくなっちゃったってわけ?だっさぁ!小細工しかできないなんて、泥棒の神が聞いてあきれるわね」
エルシアン。泥棒の神。人間になっている?
「人間ってのは不憫な生き物なのさ。でも、その小細工で神の魔法を止めることもできるなんて、ちょっと驚きじゃないか?」
にやりと不敵に笑うシアンの言葉に、イルージュの顔色が変わった。
「……私にケンカ売るなんて、人間の分際で良い度胸じゃないの……」
「イルージュ!きみのような美しい女神にケンカなんてふっかけるつもりないぜ!ただの売り言葉に買い言葉だって……きみの言う通りで、セイレンの大渦を止めるしか島に戻る手段がなかったのは事実なんだ。ちゃんと元に戻しておくから、許してくれないかい?」
「……それだけ?」
「ん?」
「元に戻すなんて当然のこと。謝罪を含めて、何か貢ぎなさいよ。あんたどーせこの島に色々隠してんでしょ」
「……おお、悲しいかな。そんなカツアゲみたいなことするから、神サマの印象悪くなるんだ」
「ごちゃごちゃうるさいわね!貢ぐの?貢がないの?」
「わ、分かった分かった……喜んで貢がせて頂きます」
「そうこないとね」
海の女神が微笑んだ。
「じゃあ、まずはセイレンの大渦をいますぐ元通りにしなさい」
「もうちょっと待ってくれ」
「は?」
「あ、ええと……だから、言ったろ?メジエドの織物は、簡単には切れないんだ。いま特別な金属を鍛えてもらってる最中だから、あと三日ほど待ってくれ」
「この島ごと沈めるわよ、あんたを。海底に」
「や、でも、海底はきみのお姉さまの管轄じゃ……?」
「やかましい!あんたに口答えする権利はない!いますぐ戻しなさい!じゃないと……!!」
「ソーディアン!」
自分の背を越える高さまで逆巻いた波を見て、シアンが叫んだ。
その瞬間、波がぴたりと止まり、海の中に崩れ落ちていく。
「……に、頼んでるんだ。きみも良く知ってるだろ?腕の良い鍛冶屋。洗練されたものばかり創るから、神々にも評判が良い。できあがったら、彼に持ってきてもらおうと思っているんだ。この島で、ちょっとした宴も開いてさ。きみにも来てもらえると嬉しいんだが……」
海の女神イルージュの顔が、なぜかみるみる赤くなっていく。
「そ、そう……ソーディアンが創るんだったら、邪魔するわけにはいかないわね」
「そう。彼は急かされるのが好きじゃない」
「分かってるわよそんなこと!……三日後には完成するのね?」
「そう」
「……ソーディアンが持ってくる?」
「そう」
「……なら、待つしかないわね」
イルージュは静かにそう言うと、海に溶けるように消えていった。
「……だけど、それ以上は待たないわよ。一秒でも遅れたら、この島はないものと思いなさい」
イルージュの厳しい声と共に、神殿に押し寄せていた海水が引いていった。
後には、濡れそぼった神殿と、神々のやりとりを目の前で見せられて、呆然とするゴースト体のフェアトリアが立ち尽くしていた。
神サマ、泥棒サマ! 秋春 @aki-haru
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