第6話 ネオスティール島

暗闇と轟音が遠のいていく。


明るい、と感じてまぶたを開けた。

フェアトリアは眩しい陽射しが降り注ぐ、白い砂浜の上で仰向けに転がっていた。

ゴースト体なので当然ではあるが、どこも痛くないし、呼吸も苦しくない。


そこで起き上がり、周囲を見回す。ヤシの木が立ち並ぶ島だった。眼前には見たこともないような美しい碧海が広がっていた。感触は定かではないが、実体があれば素足で歩いてみたくなる柔らかな砂浜だ。


ここが、ネオスティール島?


一緒にセイレンの大渦にのみこまれたはずのシアンの姿はどこにもなかった。自称泥棒で、魔法めいたことも行っていた不思議な男だ。まさか溺れたとは思わないが、どこか別の場所に流れついているのだろうか。


ひとまず、彼を探しながら島を探索することにして、フェアトリアは歩き始めた。涼しい影を落とすヤシの木立ちを抜けると、広々とした平原が目に飛び込んでくる。平原の中央には、色とりどりの花で縁どられた石畳の一本道が伸びていた。なだらかな丘の上まで続いていて、その先に大きな神殿が建っている。


自然と足が神殿へと向かう。道すがら、色鮮やかな羽を持つ小鳥が飛び交うが、人の気配はなかった。石造りの神殿の入り口は、中央が膨らんだ二本の太い柱に支えられており、そこをくぐると壁画に囲まれた広間が現れた。


抽象的な絵ではあったが、神々を描いている。フェアトリアもよく知っている、海の女神の三姉妹、マリンシア、イルージュ、エルダーストーン。伝説の魔犬ケルベロスを従えているのは、冥界の神レデス。剣を天に掲げているのは戦の神ニケス。花に囲まれているのは美の神セディーヌ。麦を抱えているのは大地の神ノルン。弓を引いているのは狩猟の神ハントス。そしてひと際高い位置で万能な杖を握っているのは、神々の長である最高神ミラー。


壁画になっている神々以外にも、もっと多くの神々が存在することは知っている。しかし、国の信仰によって、誰を神として崇めるかは異なる。フェアトリアの故郷であるアレンジアでは浅瀬の女神マリンシアのみを祀っているし、リーズ国では海中の女神イルージュだけだ。


だからこそ、気になったのだろうか。最高神の下の壁画だけが不明瞭だったのだ。他の壁画はどれも真新しく、保存状態も良いのに、そこだけが故意に破壊されたように抉られている。何が描かれていたのかは分からない。


でも、おそらく神が描かれていたはずだ。


「それ、悪くない壁画だろ?集めるの苦労したんだぜ」


不意に声が落ちてきて、フェアトリアは顔を上げた。広間の壁の高い位置に、猫しか歩けないくらいの細い通路があって、そこにシアンが腕組みをしながら立っていた。


「シアン!良かった。無事だったのね」

「きみも元気そうだ。置き去りにして悪かったね。目覚めたときに、まずあの美しい海と砂浜をぜひ堪能して欲しかったんだ。この島はそう大きくないし、べつに迷うこともなかったろ?」

「まあ、分かりやすい道ではあったけど……ところで、ここがネオスティール島なのね?」


シアンはにっこり笑った。


「そうだよ。俺の島、俺の神殿にようこそ、フェアトリア」

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