第4話『瞳に映るのは』
「おはよう、白猫ちゃん」
私を見つめる誰かの目は優しい。私が見てきた目の中で、一番優しい目をしている。その
その綺麗なはずの空色の目は、どこか
誰かの瞳に映る、私のように。心のどこかでは、誰かに見つけられるのを待っている。
――ひとりでいることを、望んでいない。
「起きて良かったよ。ほんとに。
「
「白猫ちゃんは
「
「聞いてもわかんないか。それじゃ、帰るところはあるのか?」
「
「……そうかそうか。君もないのか。俺と一緒だな。俺も、帰る場所はない。――いや、違うな。これから見つけるんだ」
この人も、帰る場所がないんだ。私も同じ。お告げを受けて、帰る場所がなくなった。
ずっと……。ずっとずっと、探していた。……違う。今もずっと、探し続けている。私の行くべきところ、帰るべきところを。
――探し続けている。
「さぁて、今日はここから動けるかなぁ……。ちょっと外見てくるわ。そこで待っててな、白猫ちゃん」
誰かは外の様子を見に、雪のドームから出ていった。
特に何もすることがないから、待つことにする。ドームの中を見回してみると、くたびれた大きな袋とぐるぐるに巻かれた布? そして火の消えた焚火があるくらい。そんなに広くない丸い空間には物が沢山あるわけでもない。大して興味を引くものもなく、すぐに見終わってしまう。
ぐるっと1周、この空間を見渡すくらいの時間で、誰かは外から戻ってきた。
「外は寒いが、綺麗に晴れてる。やっとここから
夜と違って、今は晴れているみたい。
「白猫ちゃん。お前も一緒に来るかい? ……なんか、放っておけなくてさ」
私は、誰かに選択権を与えられた。生きるためには、一緒について行った方がいいと思う。でも、私には守らなきゃいけないものもある。
お告げを、守らなければならない。
ご主人様を、探さなければならない。
それが、黒猫族に生まれた者の
私が貰ったお告げは、こんな感じだった。
『
はじめて、
それと――。
『――私と、同じものを求めている』
帰るべき場所を――求めている。探している人。
はっとして、選択権をくれた男の人の顔を見る。
私が目覚めた時に、体を
自分の在るべき場所を、見つけようとしているその人を。
「私も、一緒に行きたい……! ついて行かせて!!」
「え……? おま……今、しゃべっ――」
「――え……? この声、聞こえるの……?!」
「あぁ。いきなり
「これって……これって……!!」
昔、教えられた。主従関係を約束された魔法使いと黒猫族は、心を通わせることができると。
「あなたは、私の……。ご主人様、だったんだ……!! やっと、やっと見つけられた……」
やっと……。やっと見つけた。やっと会えたんだ。私の、ご主人様に。
お告げは、本当だったんだ――!
「ご主人様? ……俺が? うーむ……」
男の人は、考え込む。
「……そういや、この国には黒猫が主を見つけに来る風習があるって、本で読んだ気がするな。君は……白いが」
「私は白いわ! ……でも、生まれは黒猫族よ! ……信じてもらえないかも……しれないけれど」
男の人の表情は、私が目を覚ました時のような優しいものになった。
「疑う気はないよ。君はこんなところまで、俺を探しに来たんだから」
「……!!」
「何かと一緒に居て安心するなんて、いつ振りだろうな……。こんな気持ちになるのは、君だからなんだろう。そういう運命にある君だから――俺もついてきて欲しいって思えるのかもな」
男の人は一呼吸して、私が待ち続けていた言葉が放たれる。
「君と、契約しよう」
「はい、喜んで!」
視界が
「契約のやり方は、わかるわね?」
「あぁ、証として大切なものを渡すんだろう」
「そうよ。あなたは、何を証にするの?」
「そうだなぁ、それは考えてなかった。俺は旅人だし、大して宝も持ち歩いてねぇからなぁ……」
ご主人様は、しばらく考える。
「そうだ、名前とかどうだ?」
「名前?」
「あぁ、正確には苗字の方だな。ずっと変わらないものだし、他に証に出来そうなものも持ち合わせてないからさ。……こんなんでも、大丈夫か?」
「ええ、それがあなたにとって大切なものなら――いえ、大丈夫よ」
私には、それが大事なものかわからないけれど。きっと大切なものだと思う。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はソラネコ。ソラネコ・ネアクルト。居場所を求めて旅する魔法使いさ」
「私は白猫。名前は、ないけれど……シロイノって呼ばれてたわ」
「名前、無いのか」
「黒猫族に、名前はないのよ」
「それじゃ、俺が名前を付けるよ。契約するときに一緒にさ」
私のご主人様は、私の小さな頭にそっと手を
「こんな狭い場所じゃなくて、
強くて真っすぐな、優しい空色の瞳が、私を見つめる。
「君にとっても――大切な契約、だろ?」
外に出ると、ほとんど雲の無い空が広がっている。
いつ振りだろう。こんなにも綺麗な空を見たのは。
「さっき外に出た時、思ったんだ。どこまでも広いこの空に、寂しく浮いている月。この空が、どこか君に似てるって。……俺も、一緒かもな」
空の色は、私の瞳の色。月の色は、私の体の色に似ている。『契約の場所は、私色の場所』お告げはそう言っていたっけ。
「私の、色だ……」
「ああ、同じだ。サファイアブルーの空と、スノーホワイトの月。君の瞳と、体の色だな」
ご主人様は1度、空をぐるっと
「いまから、君の名前は――サファルだ」
「私の、名前……」
「そして、契約の証は――俺の名前の半分、ネアクルトだ」
与えられた名前と、契約の証。
「これから……私は、サファル。サファル・ネアクルト」
「あぁ、そうだ。よろしくな、サファル」
私は、魔法使いと契約する。お告げを聞いた、黒猫族の運命として。優しさをくれた、魔法使いへの
――私はこの人に。一生、ついていく。
「よろしくお願いします、ご主人様!」
どこまでも続く、白い雪原と青い星空。そんな冷たさを
これから始まる1日は、希望に満ちている。こんなにもあたたかい色の空を、私は知らない。
あの光の先には、どんな未来が待っているのかな。
これから始まるご主人との未来に、思いを
雲の無い
蒼に映る薄明 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora
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