第20話 僕が見た砂漠のユキ(最終話)

 槍で腹部を突かれたアイヴァーンは、押した筈の起動装置に反応がなく、戸惑っていた。起動装置が、その握る手ごと凍りついて、ボタンを押すことができていなかった。


「ギリギリのところでアイヴァーンを止めることができました……。そして、雪姫も間に合ったようですね」


 広間の隅から雪の国の女王がゆっくりと姿を現した。続いて雪姫も入口から姿を見せた。


「そこにいたのか……。負けた。完全に俺の負けだ」


 そう言って彼は血を吐いた。


 僕は彼から槍を引き抜き、戦う構えを解いた。もう、この場には、戦う意志を持つ者がいなかったのだ。


「アキラさんが戦いながら時間を稼ぐ中、雪姫には塔の核の活動を停止させるように頼みました。私は緊急の際を考慮して、姿を隠していたのです」


「お母様がおっしゃったように、この塔の核は、私が完全に凍結しました。もう、あなたの思い通りにはできません。もう直ぐ、蓄えられていた力が解放されます」


 雪姫はそう言いながら女王の隣に並んだ。


「皮肉なものだな……。温暖化の原因である現世の人間と、雪の国が結束して、現世を裁こうとする俺を止めるとは……」


「どうして現世の人間をそこまで憎む?」


「憎んでなどいない。自分たちの住む環境を破壊する、下等な連中だと見下していただけだ。十万年周期の星の軸ブレを上回る気温変化を、利己的な行動を続け、短期間で急激に引き起こしているのだ。しかし現世にも、無間地獄から這い上がるような、お前みたいな人間がいるんだな……」


 アイヴァーンは僕に答えると薄っすらと笑った。


「現世の人間だって、環境の破壊を肯定していない。危機感を抱いている人間は多い。それに、僕はこの常世に招待され、加護や力を授けてもらったけれど、現世に帰れば非力な人間にしか過ぎない。僕よりも優れた人は、現世に大勢いる」


「ふふ、そうだろうな……。しかし、優れた者が正しいとは限らない。それに他の何者でもなく、お前が、この俺を止めたのだ。ならば次は、現世で人間の行き過ぎた行いを正せ! お前がこの常世で何をしようと、現世は何も変わらん」


「そうだね……何も変わらない。僕には現世では大した力もない――。だけど約束する。キミやこの常世の人々に恥じないような生き方を、現世でも必ず貫いてゆく」


「それでいい。もっと早く……お前と出会えれば良かった……。ミルとミラよりは信頼できそうだ。そうしたら、俺も一緒に雪の上を滑り、高く飛べたかもしれないな」


 彼の声は次第に弱々しくなった。


「お兄様、直ぐに治療を……」


 壮麗なシャンデリアの下、アイナはふらつくアイヴァーンの元へと急ぎ、彼を支えようとした。


「アイナ、もういいんだ……」


「お兄様、違うのです……。私が内通して、雪姫様を呼び寄せたのです」


「何? そうか……、そうだったのか……。お前なりに考えたんだな」


 アイヴァーンの瞳は一瞬だけ驚きを隠せなかった。妹の告白を聞き、彼の心は重く沈んだに違いない。しかし、彼は立ち尽くしているアイナに優しい笑顔を見せた。


「どうやら俺の方が、組む相手を間違っていたようだ……。女王、アイナは、俺に頼まれて、仕方がなく協力していただけだ。どうか罪を免じてやってほしい」


「ええ、考慮します」


「それと、草原の民を、あなたの庇護下に置いてほしい」


「それを草原の民が望むのでしたら、いいでしょう。あなたはどうするのですか?」


 女王の答えを聞くと、彼は自分の配下の者たちに目を向けた。


「雪の国と草原の民に多くの犠牲が出た。その責任は全て俺にある。それに、東の大国と結んだ従属の契約は、俺の命が続く限り、破棄することもできない……。みんな、今まで良く従ってくれた。東の大国との関係は、俺が一命を持って終わらせる。これが俺の最後の命令だ、今後、草原の民は、雪の国の女王に従え!」


 聞いていた多くの獣人が悔しがった。


「アイナ、お前の判断は間違っていない。これからの草原の民のことは、お前に任せたぞ。じゃあな」


 そう言って彼はアイナの頭を撫でた。


 彼の前には、戦闘中に僕が叩き落した他の獣人の銃が落ちていた。彼はその落ちていた銃を拾い、ゆっくりとバルコニーに向かった。その瞳には、深い決意と悲しみが宿っていた。アイナや彼の配下の者は泣きながら見送っている。


 外では塔から放出されたエネルギーが薄っすらと周囲を照らし、空から粉雪が降っていた。


「雪が砂漠に舞う……、美しい光景だな………」


 彼は空を見上げながら銃口を自分に向ける。そして振り向き、優しい顔を見せ、銃口を頭に押しつけたまま、後ろに倒れるようにバルコニーから飛び降りた。その直後、銃声が響き、アイナがその場に泣き崩れた。

 彼は草原の民、そして妹アイナのために、これ以上の戦いを望まなかった。自らの命を犠牲にして、新たな時代の門を開くことを選んだ。


 アイヴァーンの行動に、胸が痛む。彼の犠牲、彼の選択、そして彼の言葉、全てが僕の心に響いていた。アイヴァーンとの出会いは短かったが、彼が教えてくれたこと、彼の信念は、僕の人生に深く刻まれることとなった。


――


 残された彼の配下は、遺言通りに雪の国の女王に従った。雪の国の補佐官であった者も降伏し、砂漠にそびえる塔は雪の国の管理下となった。アイナは泣きながらも、兄に託された役割を受け入れようと、必死に行動をしていた。


 女王によって塔の核が書き換えられ、東の大国との繋がりは断ち切れた。結界も再構築され、かつての草原の国は、雪の国と名実ともに繋がったのだ。

 塔と雪の国との転移のパスが確立し、僕たちは雪の国に移動した。


——


 晩餐会の行われた大広間で、同盟国の三王女と僕は一緒に中央に並んでいた。身支度を整えた雪の国の女王が、雪姫を伴って現れた。二人は僕たちの前に立った。


「アリア王女、ヘルガ王女、シャドラ王女。私の不徳から招いた雪の国の危機に、絶大なご助力をいただきました。心から感謝いたします。天人の国、魔法の国、冥府の国には、改めて御礼に伺いますが、まずは感謝を述べさせてください」


 女王と雪姫は三人に向かって深々と頭を下げた。


「そしてアキラさん、私がこうして無事でいられるのは、あなたのお陰です。ありがとうございました。もし望むなら、常世の住人として迎え入れることができます。私としては、是非留まってもらいたいです。どうされますか?」


「僕は――元の世界に帰ります」


「えっ、アキラ、帰ってしまうの?」


 雪姫は寂しそうだった。


「現世に帰らず、このまま常世にいればいい。お前ならば、経験を積めば、きっと東の大国の皇帝とだって渡り合える」


 隣にいるシャドラ王女が、僕の両肩を強く掴んだ。


「雪姫、ごめん……。シャドラ様、無間地獄での修行、心から感謝しています……。この常世はとても居心地がいいです。だけど、砂漠の塔でアイヴァーンと約束したんです。常世の人々に恥じないような生き方を、現世でするって……。ここに留まってしまったら、彼との約束を果たせません」


 僕が答えると、シャドラ王女の両手から力が抜け、寂しそうに腕を下ろした。


「あなたの気持ちは分かりました。今は現世と常世は負の循環に陥っています。ですが、アキラさんのような人間が増えれば、いつか正しい循環に戻せると信じています……。あなたはこの国の救世主です。何か望みはありますか?」


「はい。現世に帰っても、ここでの記憶を消さずに残してください。常世のことは、現世で公言しないとお約束します」


「以前もそう言っていましたね――。いいでしょう。それに、雪の国はいつでもあなたをお待ちしていますよ」


 女王は僕の望みを聞き入れてくれた。


「ありがとうございます」


「アキラさんに、常世と現世の関係についてお話ししておきたいことがあります。元々、物理的にも精神的にも一つの世界でしたが、宇宙の変化と共に、常世と現世が分かれました。それは、人類が文明を築くより前の時代のことです。その時、精神的な活動を具現化できる、上位次元に移り住んだのが、私たちの祖先です」


「神様や死者の世界かと思っていましたが、常世は超古代文明時代の子孫が住む場所なのですか?」


「そうなりますね。死者の世界とは言えますが、それだけの世界ではありません。現世と常世では、様々な生命エネルギーが循環しています。死者もその一つです。現世での生命活動が活発になれば、常世に循環するエネルギーも増えます」


「以前、そらから常世の国は、現世と文化や思想的な面で、深く繋がっていると聞きました。実は、現世に文明を与えたのは、常世の人たちなのですか?」


「はい、そうです。常世には、異なるエレメントの国々がありますが、国同士の交流は少なかったのです。過去には、現世に文明を与え、生命エネルギーを増やすために、常世の各国が現世に干渉していました。その結果、私たちは信仰されるようになりました。でも、それが原因で争いが起こり、その争いが常世にも持ち込まれました。――この争いを広げないため、私たちは現世への干渉を止めたのです……。その後、現世は物質文明だけが急速に発展し、自然の破壊、気候の変動、多くの動植物の絶滅が起こりました。そして生命エネルギーの循環に影響が出るようになったのです。このため、アイヴァーンのように、現世の人間を好意的に思わない者がいるのも事実です。招待をしておきながら、危険で不愉快な思いをさせてしまい、大変申し訳なく思います」


「いいえ、現世の人間の行いを考えれば、無理もないです」


「東の大国は、これから現世に大きく干渉すると思います。これに雪の国では、同盟国と相談の上で対処します」


「現世に戻ったら、僕の力は限られているかもしれませんが、できる限りのことはします。必要であれば、お声がけください」


「ありがとうございます」


 女王が静かに話を終えると、雪姫が近づいてきた。彼女は涙を流している。


「アキラ、必ずまた会いにゆくから」


 僕は泣いている雪姫を、そっと抱き締めた。


——


 現世に一人で帰ったのは、翌朝になってからだった。常世で得た加護の力こそ感じないが、経験したことは、しっかりと記憶に刻まれており、何一つ失われていなかった。


 食堂に向かい、調理場で朝食の支度を始めている若女将に声を掛けた。


「雪姫は、朝になる前に実家に帰りました。挨拶もせずに申し訳ないと言っていました」


 僕がそう伝えると、若女将は何も言わず、優しく頷いてくれた。


 その日は、彼女と滑った思い出を確かめながら、一人でスキー場を滑り回った。懐かしさと切なさが心に広がる。


 翌日、半日だけスキーをして、旅館で挨拶をしてから自宅に帰った。


——


 温暖化の影響なのか、その年の夏の訪れは早かった。僕は先輩が代表となったスノーボードサークルの正式なメンバーとなっていた。これからはスキーとスノーボードの両刀使いを目指そうと思っている。


 そのスノーボードサークルのオフシーズンの活動を決める打合せで、僕はあることを提案した。それはスキー場の清掃ボランティアに参加するということだった。


 この週末は、僕が雪姫と過ごしたスキー場で清掃をすることになっていた。ゴミ袋と清掃用のトングを持ち、ゲレンデに落ちているゴミを回収する。


「あー、もう疲れた。こうして見ると、色々なゴミが落ちているのね」


「本当ですね。冬は雪で隠されているから気づかないけど、見た目では分からないものですね。先輩、来シーズンはここで一緒に滑れるように、がんばりましょう!」


 僕は、リフト下で疲れた顔をしている先輩を励ました。


——


 その日の夜、僕は馴染みの旅館で、初めて仲間たちと一緒に夕食のテーブルを囲んだ。一人も悪くなかったけれど、こうして仲間といるのは楽しい。それに、仲間と一緒でないと、できないことが多いと気づいた。


「お飲み物は、何になさいますか?」


 注文を取りに来たのは、旅館で手伝いをしている雪姫だった。


「それなら瓶ビールとウーロン茶を、それぞれ五本ずつ」


 先輩が答える。


「了解しました。少々お待ちください」


 雪姫は笑顔で先輩に答えると、テーブルから離れる前に、僕に目で合図を送ってきた。


「僕が手伝うよ」


 僕は席を立って、雪姫と食堂の奥に向かった。


 彼女は、時々情報収集のために、現世に来るようになっていた。東の大国の現世での活動が活発になり、傀儡を用いて、直接支配を目論んでいるらしい。この過剰なな介入を監視するため、雪の国を中心とした同盟国も動き出していた。

 その同盟国の活動拠点の一つが、この旅館になっている。そして雪姫は現世への滞在中、時々若女将の手伝いをしているようだった。


 冷蔵庫からビールを取り出しながら、雪姫が話しかけてきた。


「ねえ、アキラ、ニュースで流れた、大統領の演説、見た?」


「ああ、クーデターを起こして、暫定大統領の宣言をした演説だよね。ニュースで何度も見たよ。とうとうクーデターが起きたと思ったら、後ろにあの二人がいたね」


「そう、ミルとミラがとうとう表に出てきたわ」


「これから忙しくなりそうだね」


「ええ、こちらにいることが多くなりそう。でも明日は、情報収集も旅館の手伝いも、どっちもお休みよ。もっと大事な使命があるから」


「大事な使命って、本当にいいの?」


「そうよ! お母様も言っていたわ。小さな積み重ねこそが、負の連鎖を断ち切り、正しい循環に戻すことに繋がるんだって」


 丸盆の上にビールを置きながら、雪姫が笑顔で答えた。


——


 翌日の清掃には、雪姫も参加することになった。僕たちが、神社の周辺に落ちているゴミを回収しているときだった。茂みの奥から枝葉が擦れる音が聞こえる。

 そこには巣穴から出たばかりと思える、子熊と子狐が一緒にいた。二匹は、暫く僕たちと目を合わせてから、どこかに去って行った。


「そうか、あの子たちは……。こっちに生まれ変わったんだね」


 雪姫がそう言った意味が、僕にも分かった。僕は雪五郎と狐耳のアイヴァーンの姿を思い出した。


「これから僕が約束を果たすか、見張られるのかな?」


「大丈夫? アキラ」


「ああ。できることは限られるけど、約束は守るよ」


 木々の緑が、初夏の強い日差しを和らげてくれている。どこからか涼しい風が吹いてきた。その風は、雪の国で感じた、とても良い匂いを運んでくれた。



  了

――――――――――――――――――――

【GIF漫画】僕が見た砂漠のユキ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662990805935 (前編)

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330663005548057 (後編)

 

――――――――――――――――――――

校正協力:スナツキン さん


★★★おかげさまで、無事最終話を公開できました。

  ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。 ★★★


少し時間をおいて、ChatGPTを活用した改稿版を掲載予定です。


【ご参考】GPT-4を活用した『ゲレンデで出会った彼女は雪女?』の改稿手順

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662983803388


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲレンデで出会った彼女は雪女?(オリジナル版) ユキナ(GenAI) @tuyo64

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ