第19話 僕が砂漠の塔で戦うトキ
星空の下、僕たちは翼の生えたスキーとスノーボードで、砂漠の塔へ向かって飛んでいる。目の前には雪で覆われている高い山が迫っていた。
僕たちが高度を上げると、山の先には荒れた砂漠が広がっている。
「アキラ、山を越えると東の大国の領空になるの。結界を破れるとは思うけど、注意して!」
「分かった。気をつけるよ」
よく見ると、オーロラのような光の幕が、行手を遮っているのが分かる。速度を落として近づき、ゆっくりと光の幕に触れてゆく。
異質なモノが身体にまとわりつき、重い抵抗を感じる。水を掻くようにスキーの翼は羽ばたいているが、次第に高度が下がってしまう。
(まるで水の中を進んでいるようだ)
そのまま飛びつづけていると、急に身体が軽くなる。
「結界、何とか通り抜けることができたようだね」
「そうね、もっと簡単に破れると思ったけど、さすがに東の大国の結界ね」
僕たちは再び高度を上げ、砂漠の上を飛びつづけた。空から見る荒廃した砂漠は、自然にできたものには思えなかった。それに、強烈な爆風で破壊されたような建物の残骸が、あちらこちらに見える。
「ここに来るのは雪姫も初めてなの?」
「小さい頃は、まだ草原の国が残っていて、一度だけ訪ねたことがあったの。緑に覆われた豊かな国だった。それが、こんな砂漠になってしまうなんて……」
「ここまで荒廃するには、長い時間がかかると思うけど、これって温暖化の影響だけなのかな?」
「草原の国が滅んだとき、雪の国に逃げてきた人たちもいるの。その人たちによると、大きな爆発があって、国中に燃え広がってしまったと言っていたわ。温暖化の原因である人間を懲らしめようとして失敗し、その反動で大きな爆発が起こってしまったと……。ただ、影響が大きいから、雪の国の中では、表向きは温暖化の影響としているの」
「そうだったんだね……」
「実は、東の大国と結託して反乱を起こした多くは、出身が草原の国なの。信じていたんだけど……」
雪姫は遠くを見ながら寂しそうに呟いた。
前方に、星明りに照らされた、天高くそびえる巨大な塔が見える。近くまで来ると、その大きさに驚くと共に、外壁の一部が崩壊しているのが分かった。
「ここまで近づくと、お母様の気配をはっきりと感じる。お母様は、この塔の一番上にいる!」
僕たちは塔の最上階を目指した。
――
広げていた翼がゆっくり閉じられる。僕たちは、塔の最頂部に近いバルコニーにスキーとスノーボードを停めた。
「ヘルガの言った通りなら、姿は見えなくても、声は聞こえてしまう。ここからは慎重に行動しましょう」
「うん。分かった。もし発見されたら、僕が戦う。だから、雪姫は迷わず女王の救出に向かって」
僕たちはスキーとスノーボードをバルコニーの隅に隠し、扉を開けて塔内の広間に入った。塔は半壊状態になっており、扉に鍵は掛けられていなかった。警戒されていると思ったが、警備の姿はなく、すんなりと最上階まで上がれてしまった。
最上階には、妖しい光を放つ大きな檻があった。その中に、脈を打つ管のようなもので、両手を繋がれた女王がいたのだ。
「お母様――」
雪姫が堪えられずに声を漏らした。
疲れ切った姿の女王が、閉じていた瞼をゆっくりと開けた。僕たちは周囲に見張りがいないことを確認し、認識阻害の魔法を解除した。
「雪姫? 助けに来てくれたのですね――。しかし、私がここにいると、よく分かりましたね?」
「はい。実は、アイナから連絡があったのです」
「そうですか、アイナが……」
「見張りはいないのですか?」
「ええ。いつもいません。きっと、この檻を破られない自信があるのでしょう。私は、この通り、力を吸われつづけて動けませんし……」
「そうなのですね……」
雪姫は檻の近くから女王に話しかけている。僕は雪姫に歩み寄った。
「雪姫、シャドラ王女からもらった槍を試してみるよ」
「お願い」
左右に槍を構え、深く深呼吸をする。そして強く念じながら、腕を重ねるように大きく槍先を振った。
檻が切り取られ、格子の一部が大きな音を出して床に落ちる。
「ごめん、音を出してしまった」
「仕方がないわよ。それより早く、お母様から力を吸い取っている、その管を切るのをお願い」
「やってみる」
僕は槍先で、女王の右手首に巻き付いた管のようなものを、慎重に斬った。
その瞬間、警報音が塔の中に響き渡る。
「しまった……」
僕は急いで女王の左手首の管も切り取る。
「お母様は私の後ろに。ここからは、ヘルガから借りた魔法の国の認識阻害の腕輪を使います」
僕たちは気配を消し、スキーとスノーボードを隠したバルコニーまで移動を開始した。
――
塔の中は一気に物々しい警戒態勢となり、警備の兵が続々と集まる。僕たちは気づかれないように、時間を掛けてゆっくりと階段を下り、何とかバルコニーのある階まで辿り着いた。
そのバルコニーに繋がる広間から、ミルとミラの声が聞こえてくる。
「逃げ出したなんて、どうして見張りがいないのです。常時見張る必要はないと言いましたが、駆けつけられるよう、待機もしていなかったのですか? 呆れますね。どれだけ失態を重ねるのです」
「まぁ、ミラ、そう厳しく言うな。まだ塔の中に潜んでいるに違いない。雪の国を実効支配こそできず、水資源は手に入らなかったが、もう一つの目的は達成した。人心を操る能力を持つ女王を確保し、その力を再現することだ。我々は、この塔で女王を使った、広範囲に現世に影響を及ぼす実験にも成功したのだ。これで皇帝陛下から、現世を支配する次の段階に進む許可をいただける」
「確かに、女王の力の解析は済んでいるので、もう女王がいなくとも力の再現が可能です。しかし、あの檻を破られたとなると、ますます雪の国を侮れません。また、同盟国の助力を得ていると思われますので、崩れかかったこの塔に留まっているのは危険です」
「そうだね。女王が見つかろうと見つかるまいと、ここでの用は済んだのだ。我々は本国に引き上げる時かもしれない。ミラ、皇帝陛下の元に戻るとしよう」
「はい。ミル様、それでは転移の支度をいたします――。あなた方は、もう次がないと思って対処しなさい!」
広間からミル代表とミラ使者が出て行くのを見届けると、慎重に広間の中に入った。そこには、従者として雪の国を訪れた面々と、クーデターに失敗して脱出をした雪の国の者がいた。女王の補佐官だった者や狐耳で巫女姿のアイナたちだ。
「何が『もう次がない』だ! ミルとミラ、いつもいつも偉そうに! 成功すれば手柄は自分のもの、失敗すれば責任はこちら、ふざけるな! とっとと本国に帰りやがれ!」
「本当です。杜撰な計画に巻き込んでおいて、この処遇は酷すぎます。こんなことなら、話に乗るべきじゃなかった」
ウルバンと、女王の補佐官だった者が不満を口にした。
「まさか、今頃になって、女王を助けたのではないだろうな?」
僕を刺したアイヴァーンが問い詰めている。
「今更そんなことはしない。もう後戻りはできない」
答えたのは、雪の国を裏切った補佐官だった。雪姫と内通していたアイナは何も答えなかった。
「ねえ? これって、あのときの道具じゃない?」
随行者の一人として雪の国に来ていた女性が、バルコニーから声を上げた。ウルバンが慌ててベランダに向かう。
「この道具は、雪姫と人間のアキラのモノだ! あの二人が空を飛んで、女王を助けに来たんだ!」
ウルバンが叫ぶ。
「何を馬鹿な。あの道具は飛び上がるだけで、空を飛べない筈だ。それに結界だって張ってある」
アイヴァーンが冷静に応えた。
「待てよ――。雪の国の同盟国の天人の国から翼を授かれば、道具を使って空を飛ぶことができる。それに、魔法の国には、結界を破る宝具がある。確か、認識阻害の効果もあった筈だ」
「おいおい、いい加減にしろ! そんなモノがあるなら、もっと早く教えろ!」
ウルバンが、白い着物の元補佐官の襟を掴む。
「止めろ! もういい」
「じゃあ、どうする?」
ウルバンはアイヴァーンに従った。
「その道具が残されていたのなら、ここから逃げるつもりだったということだ。この近くに三人はいる」
「確かにそうだ。どこに隠れている!」
ウルバンが大きな声を出して周囲を見回している。
アイヴァーンがゆっくりと歩いて広間の中央に立った。
「雪の国の女王、それに雪姫、聞こえているのだろう。俺は、草原の国の王太子であったアイヴァーンだ。国が滅び、今は東の大国に従属しているが、どうして草原の国が滅んだと思う?」
アイヴァーンが部屋の中央に立ち、ゆっくりと周囲を見回しながら、話しはじめた。
「父は、この常世に悪影響を及ぼす、人間を許せなかった。だから東の大国の皇帝と手を結び、現世に影響を及ぼす技術を、この塔に導入したのだ。父は、この塔から蓄えた力を放ち、現世に甚大な災害を与え、人間に鉄槌を食らわした。しかし、反作用で大爆発が起こり、逆流した力で国土の多くが焼け、国は滅んでしまった。それは、多くの人間を殺した因果応報ということなのだろう」
(あの不自然な砂漠は、やっぱり温暖化の影響だけじゃないのか……、それに現世に大きな災害って、何てことをするんだ……)
「女王よ、あなたは莫大な力を持っている。その自分の力が吸収されていた理由を知っているか? ミルとミラは、あなたの力を使って、広範囲に現世を精神支配し、東の大国の傀儡に、人間を管理させる実験をしていた。彼らにとって現世の人間など、常世の大気の状態を安定させるために、家畜化すべき対象なのだ。ただ、実験で余った力は、この塔に蓄えられている。姿を現さないのであれば、あなたが大事に見守ってきた現世に、再び大災害を与える。起動装置は俺が持っている。現世を守りたいのであれば、姿を現せ!」
片手に何かを持ったアイヴァーンが、僕たちの存在を感じているかのように言い放った。
僕は、雪姫が認識阻害の効果を解かないように、彼女の腕を掴んだ。そして、雪姫と女王と何度か視線を交わして意図を伝え、自分が付けていたヘルガ王女の腕輪を女王に渡した。
「二人の代わりに、僕が相手をしますよ」
僕は認識阻害の範囲外に出て、立ち上がった。
「人間、お前に用はない! 女王と雪姫はどこだ!」
「僕にはあなたに用がある。家畜とか、故意に災害を起こすと言われて、黙って見過ごせる訳がない!」
僕は槍先をアイヴァーンに向けた。
周囲を囲まれて戦闘になる。相手の数は多かったが、加護で護られるまでもない。僕が振るう双槍に、太刀打ちできる相手がいなかったのだ。
銃を向ける者もいたが、銃声が響くことはない。加護の効果を確認するまでもなく、撃たれる前に銃を構える者に対処できた。
僕は、致命傷を与えない程度に相手を無力化し、時間を掛けて戦った。
「こいつ、こんなに強かったのか? それにこちらの動きを全て読まれている」
ウルバンがそう呟いた。
「この程度の戦いなんて、冥府の国の無間地獄に比べれば造作もない」
「なんだと! 現世の人間が、無間地獄を耐え抜いたというのか?」
「ああ、何度倒れたか分からないけどね」
刃を交えながら僕はウルバンに答えた。
「単なる加護持ちではないということか……道理で。こうなったら仕方がない。お前は、自分の世界に下される厄災に、ここで後悔するといい!」
アイヴァーンの声が聞こえ、振り返ると、起動装置のようなモノを懐から取り出そうとしている。
「待て、押すな!」
僕は怒りのあまり、咄嗟にアイヴァーンの腹部を槍で突いた。
視線を上げると、勝ち誇ったような顔があった。彼が持つ起動スイッチに、彼の指が掛かっていたのだ。
つづく
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【GIF漫画】僕が砂漠の塔で戦うトキ
https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662630313449 (前編)
https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662693215134 (後編)
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第20話 僕が見た砂漠のユキ
アキラは砂漠に降る雪を見る。それは何を意味するのか?
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校正協力:スナツキン さん
★★★次回が最終話です。
あと一話、お付き合いいただければ幸いです。 ★★★
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