第18話 僕が授かる三つのモノ

 僕は雪姫と、旅館の部屋で抱き合っていた筈なのだが、一瞬だけ何か違和感があった。雪姫とは触れ合っている感じが続いているが、旅館の部屋とは違う、覚えのある奥深い香りがする。


(何も支度をしていないのに、そのまま転移させられた?)


 恐る恐る目を開けると、何人かの人たちと目があった。僕たちは浴衣で抱き合ったままだった。


「雪姫様――、何というか、すみません」


 そらが僕たちに頭を下げた。


「もう! 転移のタイミングは、自分で取るって言っておいたのに……」


 衿を正しながら、雪姫が立ち上がる。


「そらを叱らないでくれ。ボクたちが急がせたんだ。お取込み中に悪かったね」


 雪姫に答えたのは、プラチナ色の髪をした、天使のような服装の女性だった。


「これから女王を救出するというのに、なかなか豪胆だな。しかし、そういう関係だったのか?」


 背の高い銀髪の女性が怪訝な顔をした。


「その先を聞くのは野暮よ。住む世界が違ったって、若い男女なんだから。人間との間に子どもをもうけた例なんて、幾らでもあるじゃない」


 ブロンドの髪を三つ編みにしている女性が、そう言って笑った。


「勝手に想像しないで! あなたが思うようなことは、してないから!」


 雪姫はムキになって彼女に言い返した。


「なんだ、してないの? お子様ね」


「お子様じゃないから! 二人だけで一緒に温泉にも入ったし……、ねっ?」


「えっ……、一緒にお風呂?」


 突然、雪姫が僕に話を振ってきた。


「いや……それは……」


 僕に視線が集まるが、何も答えられなかった。


「彼って、最高の加護持ちと聞いていたのに、ヘタレなの?」


「いいや、雪姫の裸にビビって、竦んでしまったんだろう」


「坊やなんじゃないかい?」


 見知らぬ三人の女性から、思いもよらぬ口撃を受けた。


(もう元の世界に帰りたい……)


――


 僕と雪姫は浴衣から着替え、再び三人の女性と向き合った。僕には、以前来たときと同じスキーウェアが用意されていた。


 雪姫は、僕に三人の女性を紹介してくれた。


 プラチナ色の髪で白い服装の女性は、雪の国の南西にある、翼人が住む天人の国のアリア王女。


 背の高い銀髪の女性は、南東にある冥府の国のシャドラ王女。彼女は戦いに長けていて、東の大国の勢力を一掃するのに大活躍をしたらしい。


 雪姫と言い合いをした、ブロンドの髪を三つ編みにした女性は、北西にある魔法の国のヘルガ王女、ということだった。


「ここまでは、同盟を結んでいる、雪の国との盟約に従って協力した。しかし、この先は別だ。残念だが、我々は女王の救出には同行できない」


 シャドラ王女が発言した。


「うん、分かっている。お母様が捕らわれているのは、東の大国の領土になっている砂漠の塔だもの。強力な結界を侵犯すれば、あなた方の国も、東の大国に宣戦布告したことになってしまうから……」


「救出に向かう前に、私たちを呼んだってことは、何か考えがあるのでしょう?」


 ヘルガ王女は雪姫に訊ねた。


「ええ、お母様の救出には、今夜、私とアキラの二人だけで向かうつもり。目立ってしまうと、先に転移されてしまうから。そのために、みんなには貸してほしいモノがあるの」


 真剣な顔で雪姫が答えた。


「仕方ないわね。大体、察しがついていたわよ。雪姫が私から借りたいのは、ほら、これでしょ」


 ヘルガ王女は、左右の手首から腕輪を外し、雪姫に手渡した。


「ヘルガ、ありがとう。これで、どんな強力な結界でも破れる」


「失礼ね。結界だけじゃないわよ。一つずつ片腕に嵌めただけでも、認識阻害が働くのよ。これがあれば、塔の中にだって、気づかれずに忍び込めるわ。とても大事なモノだから、失くさないで返してね。それと、必要がないかもしれないけど、精神体を破壊する銃弾を防ぐネックレス、一つしかないけど、これも貸してあげる」


「分かった。ちゃんとお礼をするから、後で使い方を教えて」


 雪姫はヘルガ王女に笑顔で応えた。


「じゃあ、ボクは翼かな? そうだな、キミたちがジャンプする道具に、翼を授けてあげるよ。ボクの翼があれば、砂漠の塔までだって一っ飛びさ。追加で一人ぐらい、問題なく乗せられるから、帰りはどちらかが女王を乗せればいい」


「ありがとう、アリア! 翼のあるスノーボードとスキーなんて、アキラ、ステキよね!」


「えっ、そうだね。操縦できるかな?」


「心配ないよ、ボクが授ける翼は念じれば羽ばたくよ。浮かぶ原理は魔法の国のほうきと一緒だから。スピードは断然、ほうきより速いけどね」


 アリア王女の頭に天使のような光輪が浮かび、背中から白くて大きな翼が開いた。


「あら? 私のほうきだったら、あなたの翼にだって引けを取らないわよ」


 ヘルガ王女がどこからかほうきを出し、僕たちの目の前でほうきに座って浮かんで見せた。


(ほうきと同じ原理と言われても……まぁ、ぶっつけ本番でやるしかないか……)


「それなら私からは、この無双の槍を借りたいということか? 確かに雪の国にはない、常世きっての強力な武器だが、直ぐに使いこなせる代物ではないぞ」


「そうね……。アキラは加護で護られているから、何か武器があればと思ったんだけど……」


 シャドラ王女の発言を受け、雪姫は迷っていた。


「そうだ。もし、お前が戦う力を求めるのであれば、私がお前を鍛えてやろう。私の国には、時間の流れが遅い場所がある。出発前の一時間もあれば、一年以上の経験が積めるぞ」


 シャドラ王女が僕の方を向いてそう言った。


「お願いします!」


 僕は彼女に即答した。ただ、雪姫や他の王女たちは、それを聞いて渋い顔になった。


――


 僕は転移の間から、シャドラ王女と一緒に冥府の国に転移することになった。

 常世の国々は、物理的空間と別に、無数の泡のように繋がっているらしい。双方の国で許可があれば、その泡の膜を通り抜けることができ、それを転移というようだ。常世と現世の転移では、現世が常世より低位次元なので、転移の際に許可が不要だという。


(常世や常世の人々って、なんなのだろう?)


「アキラ、お前はスキーという道具で、東の大国との親善大会に優勝したそうだな?」


「ええ、そうです」


「そのスキーとは、どんな道具なんだ?」


 転移の前に、スキーの道具をシャドラ王女に見せると、両手で持つストックを武器と勘違いしたようだった。


「こんな槍ではダメだ! 直ぐに折れてしまう」

 

 王女は、僕に専用の武器を用意してくれた。それは美しい赤と青の双槍だった。


 その双槍を持ち、時間の流れが異なるという場所に向かった。いや、落ちたという感覚だろうか。

 想像していたのは、時間の流れが異なる、ひたすら修行をするための閉ざされた空間だったのだが……。そこは切り立った山々に囲まれ、鋭く尖った岩が転がっている広大な場所だった。

 どうやら無間地獄と呼ばれる、常世で最下層の場所らしい。鬼や大蛇や巨大な虫が、無数の亡者を襲っている。


(地獄の亡者って、常世は現世で死んだ人間の世界で、ここはあの地獄なのだろうか?)


「アキラ、ここに堕ちている亡者に情けは無用だ。人の形をしているが、浄化されず、堕ちるべくして堕ちた者の残滓が溜まり、形を成しているに過ぎない。亡者に構っていては、修行にならないからな。まずは、そこの蛇と戦ってみろ」


「はい、分かりました」


「そうそう、ここではお前の加護は無効だからな。ダメージを受ければ死ぬぞ。もっとも、現実の死とは違う。ここでは焼けても、バラバラになっても、直ぐに再生するから心配するな。ここには生も死もない」


 こちらを睨んでいる大きな蛇は、長い舌を出し、時々口から火を吹いている。


「すみません! この蛇とは、どう戦えばいいですか?」


「悩む前に身体を動かせ! ここを修行の場とするか、絶え間なく罰を受ける場とするかは、その者の心次第だ。雪姫と釣り合うだけの存在になりたければ、痛みも恐怖も克服しろ!」


(シャドラ王女の方針って、放任主義のスパルタ教育だったのか……)


 僕は、双槍を構え、蛇に向かって突進した。


 致命傷を受けて三回倒されたが、直ぐに復活し、四回目に蛇の首を切り落とすことができた。これで一息つけると思ったら、次は自分より大きなサソリが襲ってくる。ここでは亡者のように蹂躙されるか、戦いつづけるかの違いはあっても、休んでいる間など全くないのだ。


(悩むどころか、考える暇すらないな)


 多くの亡者は諦めていて、逃げるだけで抗うことはせず、蹂躙されることに慣れているようだった。

 殺されては再生し、逃げて、再び襲われて殺される。やがて、逃げることすらしなくなる。そうした亡者は身体が再生せず、雪五郎が消滅したように、身体が粒子状に崩壊した。

 しかし僕は、戦って倒れては再生を繰り返し、少しずつ着実に強くなっている。


 シャドラ王女は離れた所から見ていて、僕に声をかけてくれる。手取り足取りではないが、ポイントを口頭で指導してくれる。それに襲ってくる相手が、段々と強くなるので、マッチングを差配してくれているようだった。


(前に倒れてから、どれくらい時間が経ったのだろう? もう随分と立ちつづけたまま戦っている気がする。辛い! 逃げ出したい! でも、絶対に諦めない!)


 もう周囲には亡者がいない。無数に存在していた亡者は、全て消滅してしまった。僕は激闘の末に大きな黒鬼を倒し、その勢いに乗って巨大な竜蛇の首を落とすことができたのだ。


「アキラ、お前の心の強さには驚いたぞ! ここは、残滓の塊を還元させる場所だが、お前が亡者のように消滅してしまう前に、私は止めるつもりだったんだ。それがまさか、最後まで音を上げないとは、完全に予想外だよ」


「ここで消滅した亡者は、どうなるんですか?」


「生命の循環の流れに乗り、いつかどこかで再び生を受けることになる。しかし、これだけ急成長するとは、女王や雪姫が見込んだだけのことはあるな。ここには、その竜蛇より強い存在はいない。こうなったら仕方がない。最後は私が相手だ」


 シャドラ王女が槍を振り回しながら向かってくる。


 槍先がぶつかり合って火花が飛ぶ。彼女が雷撃を放ち、僕は双槍で受け流す。果てしなく打ち合いが繰り返される。さすがにシャドラ王女は、今までのどの相手よりも強い。

 彼女が大きく突きを出した刹那、僕はその槍先に飛び乗った。槍先から柄の上を滑り、右手の槍先を彼女の喉元に突きつける。


「負けたよ、負けた。アキラ、強くなったな! ここで私が負けたのは初めてだ」


――


 シャドラ王女と雪の国に戻ると、女王を救出に向かう準備が進められていた。長期間を無間地獄で過ごした気がするが、あまり時間は経っていなかった。


「アキラ、お帰りなさい。疲れていない?」


「ただいま。疲れてはいるけど、問題ないよ。この双槍をもらって、何とか使いこなせるようになったよ」


 僕が二本の槍を雪姫に見せると、シャドラ王女が前に出た。


「雪姫、アキラは強くなったぞ。本当に驚いた。私が一族以外の者に負けたのは、アキラが初めてだ。もう雪の国の加護に護られるだけの存在ではない。もっと高みを目指せる。それから……二人は、何か契りを結んでいる訳ではないんだよな?」


「ええ、そうですけど。それが何か……」


 雪姫は照れながら口籠った。


「それなら、女王の救出に成功したら、アキラをウチの国に呼んでも構わないな」


「ええ。アキラが行きたいなら、私に止める権利なんてないわ」


「ありがとう。アキラにはウチの国をゆっくり見てほしいんだ。アキラの心の強さがあれば、冥府でも十分にやってゆける! アキラさえ良ければ……、その……私の婿に来てほしいぐらいだ……」


「えっ!」


「ええー!!」


 シャドラ王女の突飛な発言に、雪姫と僕は絶句し、その場にいた全員が固まった。が、まずは女王の救出が最優先ということになった。


 僕は他の人たちと一緒に建物から出て、ジャンプの親善大会をした場所に来た。ナイターの照明が灯った会場には、巨大なカメムシに襲われた痕跡や、戦闘の傷跡が残っている。


「雪姫様、アキラ様、どうぞご無事に帰って来てください」


 侍女に抱かれているそらが言った。


 僕と雪姫は、みんなに出発の挨拶をしてから、照明が灯されたジャンプ台に登った。二人で並んでスタートを切り、スピードを合わせて踏み切る。


 夜空に、二人が乗ったスキーとスノーボードが飛び出し、側面から翼が生える。翼が羽ばたき、僕たちは、みんなに見送られて砂漠の塔へと向かった。



  つづく

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【GIF漫画】僕が授かる三つのモノ(前編/後編)

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662145787940 

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330662255470634

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第19話 僕が砂漠の塔で戦うトキ

 砂漠の塔でアキラと雪姫を待ち受けるモノはなにか?

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校正協力:スナツキン さん


★★★ラスト2話となりました。

  ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 ★★★

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