第17話 僕が彼女のためにできるコト
スキー場内の神社を参拝し、僕はスキーを切り上げて旅館に戻った。入浴を済ませてから食堂に向かうと、夕食の配膳をしている若女将の姿があった。
「お疲れさま。どうだった?」
「ええ、楽しかったですよ。トリプルコークをメイクできました」
「えっ、トリプルコーク!」
若女将は驚いたのか、食堂中に聞こえるような大きな声を出した。
「もしかしたら、お昼頃に黒と赤のウェアで、トリプルコークを飛んだ方ですか?」
僕が着席すると、近くのテーブルにいた女性が声をかけてきた。
「ええ、そうです」
「私、近くで見ていました。あんな凄いジャンプを見られて、感動でしたよ! 大会にも出場されているんですよね?」
「今日は調子が良かったみたいです。僕は大会には……、あれ?」
そう言い出して、僕は言葉に詰まった。
(何かの大会で、トリプルコークを飛び、優勝した覚えがある)
――
翌朝は曇り空で、午後からは雪の予報となっていた。予報通りに降ってくれれば、雪不足のスキー場には恵みの雪になる。
朝一のリフトを使って山頂に上がり、周囲の山々を見渡した。景色を見ながら、大きく深呼吸をする。
昨夜は、忘れてしまった夢の続きを見たい、と思いながら布団に入った。気持ちばかりが焦り、却って眠ることができなかった。
(きっと、忘れたことは夢じゃないんだ。雪姫は、必ずどこかにいる)
ゆっくりと林間コースを滑り、再び神社を訪ねた。
僕が祈っていると、背後から何かの気配がする。
「アキラ、あなたの声、届いたよ」
僕が振り向くと、そこにはウサギのぬいぐるみを抱いた、笑顔の女性が立っていた。
「雪姫……」
「もう会わないつもりだったけど、会いに来ちゃった」
彼女はぬいぐるみから手を離し、僕の方に飛び込んでくる。
「ずっと、会いたかった」
僕は雪姫と抱き合った。
――
「アキラ、もう大分思い出したみたいだけど、忘れている記憶を戻すね」
雪姫はそう言って、僕の額に手を当てた。
「じゃあ、やっぱり、吹雪の夜に……」
僕がそう言いはじめている間にも、僕の頭の中には記憶が甦る。
大広間で加護を与えられ、晩餐会があったこと。巨大なジャンプ台で大会があり、人狼のウルバンと争って、僕が優勝できたこと。そして、表彰式で僕が刺され、それから東の大国の襲撃があり、熊の雪五郎が消滅してしまったこと。楽しいことも、悲しいことも——。
「一緒にカレーを食べたことも、雪の国の大会でアキラが優勝したことも、みんな夢じゃないよ」
雪姫はそう言って笑った。
「キミがここに来られたのなら、もう戦いは終わったのかい?」
雪姫は、僕の問いにゆっくりと首を横に振った。
僕たちは、話の続きをする前に、山麓にあるスキーパトロールの事務所に向かった。雪姫が、自分がいなくなったことで、色々な人に迷惑をかけたので、捜索してくれた方たちに謝りたいというのだ。
スキーパトロールが、警察と消防署に連絡した。そして、事務所の会議室に、雪姫を捜索した際の関係者が集まった。
雪姫は、ぬいぐるみのフリをしているそらを、テーブルの上に置き、立ち上がった。
「みなさん、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
雪姫が集まった人たちの前で、当日の状況を話しはじめた。
彼女の説明では、吹雪に遭って避難をしたが、雪が弱まった頃を見計らい、一人で下山をして家に帰った、ということだった。帰宅後は、自分が遭難者として捜索されていたと、全く知らなかった、と彼女は伝えた。
「勝手な行動をした上に、これまで黙っていて、本当に申し訳ありませんでした」
最後に雪姫は深々ともう一度謝った。
僕は、到底理解してもらえないと思った。何故なら、彼女は自分がどこの誰か、全く素性を明かしていない。
が、僕以外は彼女の説明に納得している。とても不思議なのだが、彼女が謝ると、例外なく受け入れられるようだ。
謝罪を終えて、事務所の外に出た。
「ねえ、雪姫、僕の記憶を奪ったように、もしかしたら、集まった人たちに何かした?」
僕は雪姫を呼び止めた。
「えへっ、ちょっとだけ……」
「キミって、マインドコントロールができるの? まさか! それを僕にも使ってないよね?」
「アキラには使ってないよ。2回も聖水を飲んでいるから、アキラには効果が弱いし……。もし、ジャンプを断られていたら、使ったかも知れないけど……」
「それなら、まぁいいけど……」
僕は雪姫の言葉に納得した。ただ、そらの目が少し泳いでいた。
――
僕たちは、ゲレンデのレストランに入り、隅の方のテーブルに席を取った。彼女はテーブルの上にそらを置いた。
「ここのカレー、久しぶり。大好きなんだ」
彼女はそう言ってカレーを食べはじめた。
「美味しそうに食べるね。じゃあ、食べてから話そうか」
僕もスプーンを手に取った。
「お食事の間に、ワタシから事情を説明いたします」
そらの小さな声が聞こえてきた。
「えっ、ここで喋って大丈夫?」
「はい。周囲には聞こえないように、お二人にだけ声を届けています」
そらによると、僕が現世に帰った後、転移の間を通じて、同盟国から強力な支援があったようなのだ。雪の国の女王は、ミルとミラを信じ切っていた訳ではなく、不測の事態に備え、緊急時の支援を同盟国に予め要請していた。激しい戦闘となり、国は荒れ、多くの犠牲も出た。その末に、クーデターは失敗し、東の大国の勢力は一掃されたらしい。
「それなら、もう雪の国では、問題が解決したの?」
「いえ、女王様が捕らえられたままなのです。女王様は表彰式の会場で、他の者の命を守るために降伏されたのです。そして、ミルとミラや造反した者たちなど、東の大国の勢力が逃げる際、人質に取られてしまいました。調べた限りでは、かつての草原の国にある、砂漠の塔に幽閉されています」
「そうか……じゃあ、助け出しに行くんだね?」
「アキラ、手伝ってくれる? 雪の国の外でも加護に護られるのは、お母様が認めた、ごく一部の者だけなの。あなたは、その数少ない一人だから」
「ああ、誰から反対されても、僕は手伝うよ」
「ありがとう。ミルとミラに言われただけで、お母様は最高の加護など授けたりしない。きっと、アキラに何かを託したのだと思うわ。加護があっても、とても危険なんだけど……」
「僕は命を一度救われている。その恩は何があっても返すよ。それで、いつ行けばいいの?」
「救出は今夜。実は協力者から連絡があって、急がないと、東の大国の本国に、お母様が連れて行かれる恐れがあるの」
「じゃあ、また山小屋から雪の国に転移するの?」
「目立たない場所なら、山小屋でなくても、どこでも大丈夫だよ。私が一緒なら転移の目印になるから」
「そうなんだ……。ただ転移する前に、旅館に連絡しないと心配するだろうな。年末も遭難をして迷惑をかけちゃったから」
「だったら、私が一緒に旅館に行こうか? 私もご迷惑をおかけしたから、そのお詫びをしたいし……」
――
ゲレンデのレストランを出ると、雪姫を連れて旅館に戻った。もうスキーを滑る気分ではなかった。
旅館のフロントでは、雪姫を見て若女将が驚いた。
「この人が、去年一緒に遭難した人なの?」
「はい、そうです。色々と事情があって、山小屋から一人で家に帰っていたみたいです」
僕がそう言っても、全く信じてもらえない。若女将は怪訝な顔をしている。
「雪姫と申します。昨年末はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
雪姫がお詫びをすると、すんなりと受け入れられた。
(これって凄い能力だけど、京都で転移したときに聖水を飲んでいなかったら、同じことになっていた?)
雪姫と若女将は、以前から知っている仲のように、親しく話している。
「今夜はウチに泊まるんでしょう? ウチは貸し切りの温泉があるから、せっかくだから一緒に入ってみたら。積もる話もあるんでしょ」
「温泉? 楽しそう。アキラ、一緒に入ろうよ!」
「えっ!」
――
僕は雪姫を自分の部屋に案内した。
部屋に入ると、そらが雪姫の懐から飛び降りた。
「雪姫様、ワタシは同盟国の方々との調整がありますので、先に戻りたいと思います。転移をお願いできますか?」
「分かったわ。私は自分で転移のタイミングを取って、アキラと後から戻る。みんなによろしく伝えておいて」
「承知いたしました。では、お時間まで、アキラ様とごゆっくりお過ごしください」
ニヤニヤと笑いながら、そらが姿を消した。
「アキラ、早く温泉に行こう?」
――
僕たちは気まずい雰囲気の中、貸し切りで温泉に入っていた。どうやら雪姫は、温泉を温水プールと勘違いをしていたようなのだ。
脱衣所で想像と違うことに気づき、雪姫の顔は真っ赤になった。お互いにタオルで身体を隠しながら浴室に入り、顔を背けながら洗い場を使った。そして今は、タオルを外し、少し間を開けてお湯に浸かっている。
「温泉って、裸で入るものだったのね?」
「温泉のことを知らなかったの? 現世に来てマインドコントロールを使えば、なんでもできそうなのに」
「知らないわよ! いつも現世に来るときは日帰りで、温泉なんて、入ったことなかったし……。それに、人の心を操るのって、特別な事情がなければしてはいけないのよ!」
「そうか……、そうだよね。温泉のお湯、熱くない?」
「雪女だから、私が溶けると思った? 大丈夫だよ、身体が雪でできている訳じゃないから……。とても気持ちいい」
「キミって、現世の人間と全然変わらないように見えるけど、特別な力も使えるし、僕とは全然違う存在なんだよね?」
「ううん。少し違うけれど、殆ど同じだよ。それに、現世に来ると、こちらの秩序に縛られるから、お腹も空くし、眠くもなるの」
「ジャンプができる人間を探していたとき、僕だって直ぐに分かった?」
「実は私より、そらが先にアキラのことを見つけたの。再会できて、一緒に滑れて、とても嬉しかった。でも、アキラが私のことを覚えていないのは分かっていたから、複雑だったわ」
「だったら、その場で思い出させてくれればいいのに……。初対面なのに馴れ馴れしいから、怪しい人だと思ったよ」
「ひどい! それに、お母様に許可を取らないと無理よ」
「あの再会って、本当に偶然なのかな?」
「アキラに再会できた日に、お母様に相談したの。そうしたら、この偶然は必然であり、運命だって言っていたわ」
「運命か――。恥ずかしいけど、こうして話せて良かった」
「私も……」
いつの間にか僕たちは、肩が触れ合うようになっていた。
――
僕たちは、のぼせるぐらいに温泉に浸かった。お揃いの浴衣を着て、火照った身体を部屋で冷ました。
少し休んでから食堂に入ると、テーブルに並ぶご馳走に、雪姫は目をキラキラさせた。どうやら、どれも食べたことがない料理のようだ。彼女はとても美味しそうに、目の前に並んだ夕食を平らげた。
雪姫の食欲は、彼女の見た目からは考えられないほど旺盛だった。常世では大気からエネルギーを取り込めるが、現世では食事でエネルギー補給をする必要があり、現世にいるとお腹がとても空くらしい。
満足気な笑顔を浮かべる雪姫と部屋に戻ると、部屋には二組の布団がぴったり並べて敷いてあった。
(普段はセルフなのに、気を遣ったな……)
僕たちは布団の上に腰を下ろした。
「そうだ。転移の間って、とても良い匂いがするよね?」
「ええ、あの部屋には、特別な香木が使われているの」
「そうなんだ。とても好きな香りだ……。そろそろ時間かな?」
「そうね。そらが待っているかも――。アキラ、私は、今とても幸せ」
「僕も幸せだよ」
僕は、雪姫をゆっくりと抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
つづく
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【GIF漫画】僕が彼女のためにできるコト
https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330661865588763
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第18話 僕が授かる三つのモノ
アキラは誰から、何を授かるのか?
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校正協力:スナツキン さん
★★★ラスト3話となりました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 ★★★
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