第12話 笑顔


「おはよう、かえでちゃん」


「あ、パパ、ママ、おはよう!」


 とある日曜の朝。集会場に入った楓が、理事の東野ひがしの夫妻に挨拶した。


「今日も元気だね、楓ちゃんは」


「うん! 何と言っても今日は、新しい入居者さんが来る日なんだもん。いつもより早起きしちゃったよ、あはははははっ」


「はっはっは、いやいや、元気なのは嬉しいんだけどね。それにしてもその、パパって呼ばれるのには、中々慣れないものだね。こっずかしいというか」


「えー、どうしてー? だってみんなみたいに親父って呼ぶ方が、私には抵抗あるんだもーん。それにパパって響き、私すごく気に入ってるんだー」


 そう言って満面の笑みを向ける楓に、東野は照れくさそうにうなずいた。


「いやいや、楓ちゃんがいいなら構わないんだ。それにしても楓ちゃん、新しい人の調査も担当してくれたんだし、今日はほどほどでいいからね。あまり無理はしないように」


「ありがとうパパ。大丈夫だから心配しないで。それに身辺調査だって、すごく楽しかったから。私のことも、こうやって調べてくれたんだよね。そう思ったらね、何だか嬉しくって」


「おかげでこうして、家族になってもらえた訳だからね」


「次の人もきっと、ここを気に入ってくれるよ」


「楓ちゃんのように、かな?」


 意地悪そうな笑みを浮かべながら、北見ちづるが割って入った。


「おはようちづるさん。千春ちゃんも、おはよう」


 そう言って千春を抱き締める。


「楓ちゃんは本当、ここの一員になったね」


「うん! みんなのおかげで、本当に毎日が楽しいの!」


「あの時は大変だったけどね」


「もぉーっ、ちづるさんってばー。それは忘れてって言ってるのにー」


「あははははははっ、ごめんごめん」


「楓、もう来てたんだ」


祥太郎しょうたろうくん、まだ寝ててもよかったのに。昨日も遅くまで仕事だったんだから」


「いやいや、奥さんが率先して働いてるのに、呑気に寝てなんかいられないよ」


「うふふふっ。本当、二人は仲良しさんね」


「お袋、あんまりからかわないでよね」


「本当のことなんだからいいじゃない。毎晩愛しあってる訳だし」


「え」

「ぷっ」


「うはははははははっ! 出たよ、楓ちゃんの惚気のろけ


「……楓、正直なのはいいことなんだけど……恥ずかしいから、みんなの前ではちょっと控えて」


「何言ってるのよ祥太郎くん。ここは私たちの家、そしてみんなは家族! 家族の間で隠し事なんて、あってはいけないんだからね! 一人はみんなの為に、みんなは一人の為に!」


「うはははははははっ! 朝からご馳走さんだな、こりゃ」


「全くだ」


 住人たちに囲まれて、楓が幸せそうに笑う。


「あ、そうだ祥太郎くん。ちょっといいかな」


 楓に袖をつかまれ、集会場の外に出る。


「どうしたの?」


「あの……ね、相談したいことがあるんだけど、いいかな」


「改まって聞かれると、ちょっと身構えちゃうね。何かな」


「管理費のこと、なんだけどね」


「管理費がどうかした?」


「ほら、私たち所帯が一つになったじゃない? それでパパが、管理費も1口でいいって言ってくれて。でもね、いつまでも甘えてちゃいけないと思うの」


「なるほどね。それで楓は、どうしたいのかな」


「2口って言っても、それはそれで普通じゃない? それに私たちが出会えたのも、楽園のおかげなんだし。生活も安定してきたし、出来ればもう少し頑張ってみたいの」


「具体的には?」


「怒らないで聞いてね。4口、月20万に挑戦してみたいの」


「20万かぁ……」


「どう? 駄目かな?」


「いや、いいと思うよ。楽園を大切に思う気持ち、僕も嬉しいよ」


「本当? やったー! ありがとう祥太郎くん、だーい好き!」


「ははっ、嬉しいけど、ここでキスはなしで」


「えー、ケチー」


「でも、うん、いいと思う。贅沢さえしなければ、全然いける額だし。それに僕らにとっては、この楽園が全てなんだから」


「祥太郎くんなら、そう言ってくれるって信じてた。ありがとう」


「上野さんなんか、仕事を掛け持ちして10口してる訳だし。それも何年も」


「そうなんだよねー。私も初めて聞いた時、負けられないって思ったの。いつか私たちが、楽園で一番貢献してる夫婦になるのが目標なんだ」


「楓なら、いつかきっと出来るよ。何と言っても、僕の最高の奥さんなんだから」


「私も! 祥太郎くんに出会えて、本当によかったって思ってる! だから今、最高に幸せなんだ!」


 二人が笑顔で抱き合う。


「おーい、着いたみたいだよー」


「はーい。祥太郎くん、行こ!」


「うん」


「楽しみね、楓ちゃん」


「そうですね。私も本当に楽しみです!」


「きっと楓ちゃんみたいに、素敵な人が来るわよ」


「あははははははっ。そう言ってもらえて嬉しいです」





 マンション楽園。

 ここは今日も、みんなの笑顔に包まれていた。


***************************************

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしたちの楽園 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ