第10話 大きな国の王様・3
「ふっ、ふふ……ふ」
「いつまで笑ってんですかー?」
質の良いソファに腰掛けてクフクフと笑う殿下を見下ろし、溜息を吐く。手振りで反対側のソファに腰掛けるよう指示されたので素直に腰を下ろした。すかさず俺の前に紅茶と茶菓子を用意してくれるカシアさんはやはり優秀な侍女だ。
こくりと一口紅茶を啜り、殿下を見つめる。船旅後、上陸して馬車に乗って王城まで来て、到着後間もなくのあの時間だった。生まれて初めての激務に疲労感が拭えないが、それ以上に達成感が彼の気分を向上させているのか、限界というわけではなさそうだった。
カシアさん他侍女の皆さんも、長引いた謁見の時間の間に色々と積み荷の整理を終えることが出来たようで、到着当日にしてはゆったりと動いている。エーベとネルケも問題なく侍女に溶け込むことが出来たようで何よりだ。
「お前があんなに驚いている所を初めて見たよ」
「そりゃ驚きますよ……いきなりお前の血で武器創って、って言われたら」
「処刑されると思ったのか?」
「思わないわけなくないですか……」
先程までの国王とのやりとりを思い出し、再度溜息を吐く。ぐったりと背もたれにもたれかかって目を閉じれば、カシアさんに「不敬です」と叱責された。やめないけど。
『…………あの、申し訳ございませんが……』
『何故だ』
『……【魔法研究学士】にとって、己の血液もまた研究材料の一つなのです』
「【魔法研究学士】の資格を持つ者の研究素材、研究内容、研究結果を侵害することは、国際連盟への叛逆と見なすーーよく覚えていたね、ノイン」
「流石に自分のことなのでぇ……やっぱり狙われるかぁーと思いました」
「……いや、国王陛下のあれは……」
ボソリと何かを言って口を噤む殿下。重い瞼を持ち上げて再度聞き返すが、彼は「いや、」と首を振った。曰く、ただの推測だが口にすれば本当のことになりそう,とのこと。なんだそれ。
茶菓子のクッキーを摘まみ、口に入れる。咀嚼すればすぐにトロリと芳醇な甘さが広がった。口馴染みのない味に、目を瞬かせてカシアさんを見上げる。
「これ、チョコレイトですかー?」
「はい。此方の侍女長の方から頂きました。ネルケ様とエーベ様によって毒物の確認も済んでいます」
「へぇ、相当な高級品のはずですけど……なんか、ぞわぞわする歓迎っぷりですねぇ」
フォスフォフィライト王国にとってはちょっと落としにくい小国の一つに過ぎないフローライト王国の王子相手に、何故ここまで好待遇なのか。俺が【魔法研究学士】というだけで引いてくれたのも、正直言えば不信でしかない。
フォスフォフィライト王国は国際連盟の中核を揺るがす程の国力を持つ大国の一つだ。正直、魔法研究学士の一人無理矢理命令を聞かせるぐらい、国際連盟も見逃すだろうに違いないのだ。
『……そうだったな。失礼した。良いものを見るとつい興奮してしまうな』
『恐悦至極に存じます』
『また、其方の魔法を見せてくれ』
そう言ってあっさりと己を逃がした国王は、それで謁見の時間を締めくくった。その後は殿下に宛がわれた屋敷(これまた賓客用で、広大な屋敷を丸々与えられている)に一切の妨害なく辿り着くことが出来て。
危害を加えられた様子のない侍女の皆さんの姿を目にとめて、殿下が心底安心sに他姿を見て、俺も少しばかり荷が下りた気分になったのだ。
チョコレイトが含まれたクッキーをもう一つ摘まみ、首を傾げる。すると、そんな俺の様子をじっと見つめていた殿下が静かに口を開いた。
「ノイン」
「はい」
「僕を脅しの材料にされた時は、真っ先に僕に伝えると約束しろ」
「はい?」
「真剣な話だ。恐らく国王陛下の目的の一つにお前がいる」
「……」
何故俺が、とは言わない。魔法研究学士とは、その名誉と共に狙われ続ける運命だから。国際連盟によって名目上保護されていたとして、魔法研究学士本人が望んだならば、国際連盟は手出しできない。
何を脅しの材料にされたとして、どんな拷問を受けたとて、国際連盟がそれを認知したときに本人が望むようにされていれば、その全てが不問になるのだ。
だからこそ、殿下を脅しに使われた時のことも考えておかなければならない。俺が護衛騎士である以上、殿下の身に何かあった時は動く義務があるので。
「やっぱり別行動は控えたいですねぇ。意図的に離されない限りは離れないですがー……離された時ですよね」
「危害は加えない、と約束したけれど……」
「フォスフォフィライト王国って、かなり階級主義なんてすっけ」
「階級主義でもあり、実力主義でもある」
そこって同居するんだ。首を傾げると、殿下は「歴史ある国だからね、変化に時間がかかる」と苦笑した。
どうやら、実力を重視し始めたのはここ百年んほどーー先代の時くらいかららしい。そんな父の姿を見て育った現国王も、相当な実力主義なのだとか。しかし、歴史が積み上げてきた根強い階級主義はそう簡単には消えてくれない。だからこそ貴族共が偉そうにのさばっている。
フローライト王国はかなりの実力主義だと思う。じゃないと俺なんか多分数百回は処刑されている。主に不敬罪で。
「……国王陛下の側にいた、10人くらいの人も貴族ですか?」
「お前ね、少しは異国のことを勉強しろ」
「学舎で習った歴史までしか知りませんー。騎士に学を求めないで下さい」
「お前は学士だろう」
「魔法専門です」
史学なんて専門外です。と両手で罰印を創れば、殿下が頭を抱えて深い溜息を吐く。学舎で習った歴史さえ分かってれば生きて来られたんだから、社会の方が悪いと思う。俺を怠惰でいさせる社会が悪い。
そして、そんな俺の学舎仕込みの知識では、王の側に侍るあんな強者はいなかったはず。
「彼等は【円卓の騎士】と呼ばれる、フォスフォフィライト王国最強の騎士達だ。国王陛下のお側に控えられていた10人に、国王陛下と宰相を努める第一王子殿下も含む、12名だ」
「あ、あの人第一王子殿下だったんですねぇ」
「……今後、学士様の教育にはお前も付き添うように」
「うげぇ……」
藪から勝手に蛇が出てきた。顔を顰める俺に、殿下はクスリと笑う。
【円卓の騎士】は、国王が直々に選定したフォスフォフィライト王国最強の男達だそうだ。この国にも騎士団はあるが、彼等全員が直属の部下を抱え独立しており、騎士団よりも遥かに上の立場に位置するという。
国王の命令以外に従う必要はなく、実質国王の次に高い権力を持つ。貴族階級にも一切左右されない特異な存在。
「……この国での護衛騎士ってどのくらいの立場なんでしょう」
「僕の知識が正しければ、【円卓の騎士】の部下が王子や姫の護衛騎士となるはずだよ」
「【円卓の騎士】の部下は貴族階級でいう何処なんですー?」
「そこまではまだ分からないな……」
最近になって出来た組織なら当たり前か。小耳に聞いた話には【円卓の騎士】なんて出て来なかったから、詳細な立ち位置はこれから自分で知っていくしかない。
殿下と国王の約束がある限り、そう簡単に虐げられることもないだろうし……人目につかないところには行かないようにしよ。
俺はチョコレイトの粒をつまみ、ぱくりと口に入れる。
「……ノインは、国王陛下をどう思ったんだ?」
「どう?……あぁ、印象の話ですかー?お好きですねぇその話」
「茶化すな」
「……まぁ、噂通りの人なんだなってくらいです。どちらかと言うと、側ーー第一王子殿下の方が気になります」
王子でありながら、国王が選定した【円卓の騎士】に組み込まれた男。常に全くと言っていいほど隙を見せなかった。
一体どのくらい強いのだろう。機会があれば戦ってみたい。近衛騎士になってから、殿下を暗殺しようとする雑魚以外と戦うことが無くなったから、正直飢えているのだ。……でもまぁ、先ずはこの国を知って馴染むところから始めたいのが本音だ。色々考えて動くのは面倒だし、手っ取り早く信頼を得て動ける範囲を増やすことが出来れば、回り回ってそれが殿下のためになる。
俺はふわりと欠伸を漏らし、ふと思い出したことをポツリと口にした。
「……あぁ、そうだ。それに、優れた魔法技師もいるみたいで……魔法の勉強は出来そうで嬉しいですねぇ」
「【魔法技師】……魔法具を作る資格を得た魔法士か」
「えぇ。あの部屋、魔法具だらけだったので」
一頻り魔法具とその効果を話していくと、殿下は「そんな事も分かるのか」と驚いたようにパチパチと瞬きをした。
こういう純朴さが良いんだよなぁ。なんかこう、色々裏を読む必要が無いというか。気が楽って言うんだろうか。
「俺も殿下になんか作ってあげましょーか?」
「良いのか!是非欲しい」
おや、意外。
小さな国の騎士様は、大きな国の王様に。 なるかなる @narukanaru
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