第1話 目覚めの福音
――質量変換機構の複製完了、再接続します。
……。
――通常なら生命活動が停止しているはず、本当に化物ですね。
…………。
――処分方法は委員会の承諾待ちですか?
………………。
――ええ、通常の方法ですとかえって危険なので時間がかかっているのでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……。
――どの方法もシミュレーション結果は同じ、よって封印が決定された。
…………。
――ウロボロスシステム起動します。……自らの力で封印されるなんて滑稽ね。
………………。
……………………。
…………………………。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――「な、なんだお前ら!」
――「「べつにー」」
……少し、戻った。
――「リカルド!治癒魔法だ!早くしろオ!」
ああ……、満たされる……。
けど、まだ足りない。
――「ガキは黙ってろ!クソ!クソ!クソ……」
……。
…………。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ひ、ひぃ!化物!」
ようやく意識がはっきりとしてきた。
お腹が減りすぎて、何が何だかわからないうちに食い散らかしてしまった。
「レディーに対して化物とは失礼ね。さっき走って逃げていった女の子は、あなた達の仲間よね?どこへ向かったの?」
先程まで死んだフリをしていた男は、恐怖の眼差しで固まったままだ。
ていうかこいつ漏らしている。汚いなあ。
「いえね、お仲間を殺してしまった手前悪いのだけど、お腹が減りすぎて勝手に身体がうごいちゃったの。もう大丈夫だから質問に答え――」
男は泣き声とも叫び声ともつかない声を発しながら、少女が出ていった扉へ這いずりだした。
「待ちなさいって」
引き止めるつもりで脚を引っ張っただけだが、ズルリと脚だけが千切れ抜けた。
片足をもがれた男は、悲痛な声を上げながらのたうち回っている。
「あ、ごめん」
まだ力を上手く制御できていないみたいだ。少し可哀想なことをしたかもしれない。
しかしこの出血量だと長くは持たない、しかもここには治療する設備もない。延命もできないこの状況だ、人思いに生命を断ってやろう。もちろん血肉はしっかりいただきます。
男の首を水平に撫でてやる。すると頭が蕾のようにぽとりと落ちた。
「あとはしっかりと頂いて……、 うわびっくりした」
振り返ると女が立っていた。先程首を噛み切ったあの女が。
「あ、そうか。じゃあそこに立ってなさいな」
男どもは首を飛ばしたので再び立ち上がる事は無かったが、女は首に歯を立てたので動き出したのだ。
私の命令でだけ動く奴隷、グール。
「とりあえずお腹が減って仕方がないので、頂きます」
上手い具合に脚が取れていることもあり、そちらから頂くことにする。
いい具合に締まっており歯ごたえは十分。これで香辛料でもあればさらに良いのだが。
脚を食べきる頃には、身体の復元もほぼほぼ終わっており、力の制御も問題無くできるようになった。
どうせなので胴体も頂く。あちらの小太りは鎧を剥がさないといけないので、先にこのローブ姿の男からだ。
食べ始めたのはいいものの、食べる部分があまりなく、小太りの方を先にすればよかったと少し後悔していると、人が近づいてくる気配を感じた。
気配はひとつだけ、複数人いる様子はない。
横目にみると先程逃げていった少女がこちらに恐る恐る近づいてきている。
私は夜目が効くのではっきりと認識できているが、彼女はそうではないのだろう。見えていれば、常人なら逃げ出したくなるような光景がここには広がっている。
近づいてきたかと思えば、なにやらグールに話しかけ始めた。
とりあえず探す手間も省けた事だし、これを食べたらいくつか質問してみましょう。
「ヒィ!」
あら、小太りに足を取られて転けちゃった。大丈夫かしら。
心配する感情を全く乗せない心配をしながら見ていると、少女は突然喚きながらまた逃げ出した。
(逃がすな)
グールに命令を出し、少女を引き止める。
またどこかに行かれたら面倒だ。逃げても必ず見つけ出すけど。
グールに掴まれ宙ぶらりん状態になった彼女は、借りてきた猫のように大人しくなった。恐らく諦めたのだろう。
しかし今後の事も考えるとこのままというのにも問題がある。
当初は情報を聞き出してから処分しようと思っていたが、よく考えると生かしておいた方が何かと便利なのではないか。
でもこのまま大人しく言うことを聞くだろうか。好きあらば逃げ出そうとされては面倒この上ない。
見たところまだ幼い。賭けてみてもいいだろう。
「死にたくない……。 死にたくないよぅ……」
彼女に歩み寄ると、ボロボロと大粒の涙を落としながらそう呟いた。
「あなたを殺す予定はないのだけど」
(放せ)
少女はグールに拘束を解かれ地面に落ちた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔がさらに困惑の感情で歪んでいる。
「まぁ生きてもらう予定もないけどね」
首筋に歯を突き立てると、少女は先程までの苦悶に満ちた表情から一変、恍惚の表情が浮かび上がる。
身体を痙攣させ失禁し、ついには動かなくなった。
ここからはこの子次第。仮にダメだったとしても他に方法はいくらでもあるわけだし。
「あなたはもういいわ、おやすみ」
今まで使役したグールの首を撫で落とす。こいつらは私の命令でしか動かない死体のようなものなので、常に連れ歩くには向かない。
頭を落とされない限り活動を続けるので、捨て駒としては優秀だが、それ以外だと荷物持ち程度にしかならない。細かい作業は向かないのだ。
「とりあえず服はこの女が着ているものを使うとして、水はないかしら。血が乾いて気持ち悪いわ」
彼女たちの荷物を物色すると水以外にも、書物やコインがでてきた。あと変えの衣服。これはありがたい。彼女たちの着ている服は殆どが血で汚れていたのだ。それでも何とかなるが、綺麗な状態ならそちらのほうが良いに決まっている。
あとコイン、恐らくこれは通貨だろう。価値はわからないが持っていて困ることはない。書物はあとで時間のある時にじっくりと。
「よし、とりあえずはこんな感じで大丈夫そうね」
血を洗い流し、ローブを纏い通貨を入れたポーチを腰につけ準備完了。あとはあの子だけ。
「起きてー、起きなさーい、おねしょっ子起きなさーい」
頬をぺちぺちと叩き、目覚めを促すが反応がない。やはり失敗だったか。仕方ない、勝手にグール化する前に首を落とそう。彼女の首に手を添えようとした瞬間。
「んー」
反応が返ってきた。笑みをこぼしながら彼女の身体を揺する。
「ほら起きなさい。起きないと首を落とすわよ」
その言葉に反応してかどうかは定かではないが、爆発的な速さで上半身を起こし、辺りをきょろきょろと見渡しだした。
「気分はどう? 最悪?」
この状況で最高と答えられても反応に困る。おつむが壊れていては意味がない。
「あんた……、 だれ?」
「混乱しているのね、さっきまであなたの仲間を食べていたお姉さんよ」
少女の顔がみるみる強張っていく。それを和らげようとこちらも微笑むが、効果は無さそうだ。
「なんで、あたしさっき死んだ――」
「殺さないって言ったでしょ。ちゃんと心臓も動いてるし、血も通っているはずよ」
殺してはいない、殺しては。ただ、今までの生きている状態とは全く異なるけど。
「状況が把握できていないって顔をしてるわね。当たり前か。とりあえずあなたが処女でよかったわ」
「なっ!?」
少女は赤面し、睨みつけてきた。
「ふざけているわけじゃないの。どうも非処女非童貞だとグールになってしまう。その逆だとこうしえ血を分けることができる」
「血を分ける?」
「百聞は一見にしかず。まずは経験してみましょう」
少女の腕を横に撫でてやる。華奢な細腕がぽとりと床に落ち、鮮血が流れ出た。
「ッつ!あああああぐううう」
腕を抑えうずくまり泣き叫んでいる。
「泣き虫な子ね、ほら腕を見てみなさい」
床に落ちた腕が灰となり、切断面からは黒い靄が伸び出てきた。
靄は腕の形を作ると、それはしだいに元の華奢な細腕となった。
「なにこれ、あたしはどうなったの!ねえ!」
情けない顔を引っ提げて詰め寄ってくる様は、私の嗜虐心をいちいち煽ってくる。
しかしここは我慢。こんな年端もいかない女の子が、まだ心を壊していないだけましなのだから。これ以上なにかをして精神的にしなれては元も子もない。
「その説明をするから、いったん落ち着いて、ね」
できる限りの優しい表情と声色で、幼子をあやすように、優しく接する。
「お前は、タップやみんなを、殺して、あたしも、こんな!」
あ、感情が怒りに変わり始めた。気持ちはわかるけど、面倒くさいわね。
(黙りなさい、そして落ち着きなさい)
「ひゅぐ!?」
自分の意志とは関係なく、突然口が閉じたことに驚愕している。殺気立った感情も落ち着き、ぺたりと腰を落としてくれた。
「という感じね。血を分けるということは、私の能力の一部をあなたに付与するという意味。能力については身を以て体験したでしょう。ただし代償として、私には逆らえない。無理やり閉口させるような優しいものだけではなく、殺傷与奪も私次第ってことね。だいたいわかった? 解らなくても受け入れてもらうしかないのだけど」
少し強く言い過ぎただろうか、沈黙してしまった。しかし最初が肝心だ。しっかりと説明しておかないと、納得もできないだろう。ま、いきなり納得なんて無理でしょうけど。
「それじゃあ行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「あなた達が来た街よ。こんな所に居たって何にもならないわ」
微妙な記憶と微妙な知識だけでは心もとない。やはりまずは街での情報収集だろう。
「……せめて……仲間を埋めさせてくれ」
意外と仲間思いなのね。時間はあるし、別に問題は無いか。
「いいわよ。彼等は私が連れて行くから、先に外で穴でも掘ってなさいな」
「わかった」
そのままリーシャは立ち上がり、出口の方へ駆けていった。
血濡れた遺産と少女の手 御湖面亭 @okomenty
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。血濡れた遺産と少女の手の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます