血濡れた遺産と少女の手

御湖面亭

プロローグ

 あたしの名はリーシャ

 リーシャ・アレスト


 十一歳でリンカーになり三年、まだ駆け出しと呼ばれる経験歴だ。男勝りな性格と話し方のせいか、よく男と間違われている。

 この世界での技術は、殆どが古代の遺跡から得たもので、その遺跡を探し出し、調査する人間をリンカーと呼ぶ。

 といっても、リンカーの殆どは魔獣の駆除や行商人の護衛等で生計を立てており、本来の遺跡捜索は滅多にない。

 なぜリンカーと呼ばれているのかはよくわかっていない。一説によると過去と未来を繋ぐ存在だからという。その説を説いた者はロマンチストと方々から嘲笑され世から消えた。

 ある日、あたしの所属するグループはとある森の開拓依頼を受けた。

 4名の小規模グループだが、今回はいわゆる魔獣駆除がメインなので快諾した。木を切ったり畑を耕したりするなら到底受諾できない人数だが、魔獣駆除ならあたし達の人数でも楽にこなせる。


―――

 

 森にはそれほど凶暴な魔獣はおらず、仕事はスムーズに進んでいた。

 魔獣よけの罠を配置し、その範囲を徐々に広げていくことで領域を拡充していく手法を用いることで、ひと月もあれば完全に魔獣を排除できると予測された。

 開拓を進めていく途中あたし達は洞窟を発見した。人や魔獣が出入りしている様子もなく、あたし達は遺跡の可能性に期待の身震いをした。

 リンカーにとって遺跡の探索は、一攫千金の大チャンスなのだ。未発見の技術を見つけることができれば一生遊んで暮らせるくらいの金が手に入る。もし既存のものでも、売り払えば暫くは遊んで暮らせるだろう。あたし達は迷うことなく探索の為に洞窟へ入った。

 洞窟自体は特に入り組んでいるわけでもなく一本道で、探索を始めてすぐに遺跡の入り口と思しき扉に辿り着いた。

 外観は特に模様も無く、ほぼ壁と言っても差し支えない。ただ、明らかに周りの岩とは異質な素材で作られている。

 リーダーのタップが扉を押し開けた先には、無駄に広く暗い空間が広がっていた。

 松明の灯りだけを頼りに奥まで探索してみると、蛹から管が生えたような巨大な装置が壁に張り付いていた。


「これが遺物? なんだか思っていたのと違うな」

「もしかしたら入れ物じゃないかな。どこかに仕掛けがあると思う」


 魔法師のリカルドと回復術士のレイネは装置の周りをぺたぺたと調べ始めた。

 あたしと前衛剣士であるタップが、魔獣が現れた時に備えて周囲を警戒しているとぼんやりと周囲が明るくなった。

 振り向くと、蛹のようだった装置は青白く光を放ち、その中にはミイラが入っていた。

 装置が空間を薄明るく照らしたおかげで、松明の灯りでは見つけられなかったレバーやボタンを初めて認識することができた。


「なんだこれ、ただの死体じゃないか」

「きっとこの装置自体が何か意味があるはず。とりあえず明るくなった事だし、色々調べてみましょう。」


 ふたりは魔法使いというだけあって好奇心旺盛だ。片っ端から押したり引いたりしている。


「なあ、魔獣の気配も無いし警戒を解いてもいいんじゃないか?」


 自分も装置を弄りたくてワクワクしているタップに問いかける。


「ま、まぁ何かあればすぐに対処できる姿勢を崩さないようにすれば大丈夫だな。うん大丈夫だ」


 タップは小太りだが、リンカー歴20年のベテランだ。そんなおっさんが子供みたいにはしゃぐ様は少し面白い。


「お前らわかってねーなー、こういうのはこうすんだよ」


 タップが装備の小盾で装置を叩きだす。


「「やめろバカ!!」」


 突然の暴挙に驚いた魔法使いの二人は、疾風のごとくタップに飛びついた。


「さっきの話を聞いてなかったの!? この装置自体が遺物かもしれないのよ!?」

「すまんすまん、つい癖で――おいあれ!」


 一同が振り向くと、内容液を排出しながら装置が開き始めていた。

 開ききって間もなく、ミイラがドシャリと地面に落ちた。


「ほら見ろ、俺のおかげだぞ! ガハハハ」

「それにしてもこのミイラは何なのかしら」


 無視すんじゃねえと憤るタップを尻目に、レイネはミイラを調べだした。


「うっわみて凄い歯。歯というより牙ねこれじゃあ ――痛ッ!」

「どうした!?」


 さっきまで騒いでいたタップが心配そうに駆け寄った。


「ちょっとミイラの歯で手を切ったみたい」

「そうか、焦らせやがって」


 リーダーはメンバーの異変を見逃さないものだが、それにしても少し過剰すぎでは……。


「ははーん」


リカルドが二人を見ながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。

 それを見て、最初はよくわからなかったが、すぐにあたしも察した。


「ははーん」


 レイネは怪我をした自分の指に治癒魔法を掛けながら首をかしげている。


「な、なんだお前ら!」

「「べつにー」」


 年齢的にレイネは25、26くらいなのでちょうどいいんじゃないでしょうか。


「後でただじゃおかねえ。レイネ、怪我の具合はどうだ」

「大げさよ、ちょっと切っただけ。感染症の可能性を考えて治癒魔法を掛けただけなのに大げさよ」

「そうか、それならいいんだが」


――ピチャ

――ペチャ


音に反応して四人の視線がミイラに集まる。


そこにはレイネの指から滴り落ちた血を舐めとるミイラの姿があった。


「総員戦闘態勢!」


 タップが叫ぶや否や、ミイラがレイネに飛びつき、首筋を噛みちぎった。

 獣のように野蛮で乱暴な噛みちぎり方だったので、そのままレイネはタップの足元まで転がってきた。


「あ……が……」


 あまりの出血で痙攣している。

 すぐさまタップが瀕死のレイネを抱きかかえ、ミイラから距離を取った。


「リカルド!治癒魔法だ!早くしろオ!」

「わかってるよ!」


 レイネの首筋からはおびただしい量の血が流れ出ており、もはや治癒魔法でもどうにもならない事は明白だった。


 それにリカルドは魔法師。あくまでも戦闘魔法を専門としている。彼の治癒魔法では焼け石に水もいいところだ。


「リーシャ!二人を守れ!俺はやつを叩く!」

「り、了解」


 正直、今すぐにでも逃げ出したい。レイネはあれでもグループでは2番めに経験を積んでいるはず。それが一瞬で……

 でもきっとタップがなんとかしてくれる。なんたってA級魔獣のインセクトロードの討伐経験があるんだから。

 タップが暴風のような剣撃を一方的にミイラに打ち込んでいるが、まったく斬れていない。

 相手が硬すぎるのか、もはや斬撃ではなく打撃になっている。

 渾身の力を込めたなぎ払いでミイラは宙を舞い、動かなくなった。


「クソッタレが……。レイネ!」


 ミイラが動かなくなった事を確認し、レイネの場所まですっ飛んできた。


「おい、なんとか言え。リカルド!しっかり魔法を掛けろ!」

「いや、もう……」


 リカルドは力なく首を横に振った。


「いいから続けろ!ぶっ飛ばすぞ!」

「タップ、もうそれくらいに――」

「ガキは黙ってろ!クソ!クソ!クソ……」

――ググ

――グル


 タップの嗚咽だけが辺りにこだまし、それ以外の音は――!

 待て、タップは悲しんではいるが泣いてなどいない。ましてやリカルドも。

 ハッと振返ると目の前にはさっきのミイラが立っていた。


「タッ――」


 叫ぼうとした瞬間、腹部に鈍い痛みが走り、リカルドを巻き込み蹴り飛ばされた。

 内臓が全てひっくり返ったような感覚。

 言葉を発しようにも、息を吸うことすらままならない。


 胃液を吐き出しながらのたうち回っていると、何かが目の前に飛んできた事に気付いた。

 ただでさえ薄暗い上、目の前がかすんでよく見えない。

 もはやこれまでかと諦めかけていると、耳元でリカルドの囁く声がした。


「今から治癒魔法を掛ける、立ち上がったら出口まで走れ」


 直後、背中が暖かくなり痛みが引いていった。

 痛みが引くと、言われたとおり出口まで全力で走り出す。

 今までにない程の速さで走ることができ、気づけば洞窟の入口まで戻っていた。


「とりあえず応援を呼ぼう。あれはあたし達じゃどうしようもないよ」


 返事がない。

 後ろにも、前にも仲間の姿は無かった。


「なんで……」


 まさかあたしを逃がすために残りの魔力を……。

 どうする。戻るべきか、応援を呼ぶべきか。

 近くの町までどうやっても1時間はかかる。

 そうなればタップも、リカルドも助からない。

 助けに行ったところであんな化物に勝てる気がしない。

 しかしリカルドくらいなら、なんとか助けだす事ができる。

 今なら大丈夫だ。きっとタップが時間を稼いでいるに違いない。

 今なら、きっと。


「待ってろよリカルド、こんな恩は返品するからな」


 決意を胸に、踵を返して遺跡へ戻っていった。


―――


 扉の前に着くも、さっきの痛みと恐怖の記憶が蘇り、足がすくむ。

 開け放された扉からは微かに中の様子が見えた。

 人影が二つ、タップとリカルドかミイラと二人の内どちらかか。

 震える脚と頬を叩き、識別できる程度まで人影に接近した。


「うそ……」


 人影の片方はレイネだった。


「レイネ!生きてたの!?」


 思わず走りだしてしまった。

 何があってもまずは状況確認をすることがリンカーの鉄則だ。

しかし、嬉しさと安心がそれすら忘れさせた。


「傷は大丈夫なの!? タップとリカルドは? ねえってば!」


 顔を覗き込んでみると、眼の焦点があっていないばかりか、首筋の怪我も治っていない。

 むき出しの肉からは少しばかりの血が垂れているだけで、先ほどのような出血は見られなかった。

 生きているようで生きていない。

 あまりの恐ろしさに後ずさりをするも、何かに躓いて尻もちをついた。

 そこで始めて今の状況を把握することができたのだ。


「ヒィ!」


 躓いたのはタップの身体だ。

 小太りの身体には頭が無かった。

 丸太のような図太い首には、無理やり引きちぎられたような荒い断面が残っている。

 さっき蹴り飛ばされた時に見た物体が、タップの頭部だった事に気付くと、悪寒が体中を蝕んだ。


――グチョ

――ブヂゥ


 この音は知っている。今まで何度も聞いた音だ。

 魔獣に襲われた生き物が肉を食い荒らされる音。

 音の先にはリカルドを貪り食う――女がいた。

 ロングの金髪を垂らし真っ白な肌をした全裸の女が、リカルドの脚を頬張っている。

 真っ赤な瞳があたしをじっと見ていた。

 みんなの事なんて考える余裕はない。

 自分が生き残る為、叫びながら、泣き叫びながら、あたし全力で駆け出した。


「うぐえっ」


 突如、首根っこを後ろから掴まれ、強引に引き戻される。


「げほっげほっ 離せ!離せよレイネ!」

 前衛のあたしが、後衛でヒーラーのレイネに力負けするなど普通はありえない。

 きっとあの女に何かされたんだ。

 首を掴まれ宙に浮いたままのあたしに、女は歩み寄ってきた。

 

「お前はいったいなんなんだよ……」


 返答は期待していない。あまりの理不尽に思わず言葉が溢れただけだ。

 短い人生だった。これまでにも死にそうになった事はあったが、ここまでの絶望感を味わったことは一度もない。

 きっと私もあの女に食い散らかされる。そう思うと改めて恐くなり、涙が溢れてきた。


「死にたくない……。 死にたくないよぅ……」


 涙がボロボロと流れ落ちる。


「あなたを殺す予定はないのだけど」


 喋った。今まで一言も声を発しなかったのに突然。

 首の拘束が外れ、あたしは床に崩れ落ちた。

 殺す予定はない? もうわけがわからない。

あたしはきっと疑問と苦悶の織り交ざった顔をしていることだろう。


「でも、死んだらごめんなさいね」

「どういう――」


 女があたしの首筋に噛み付いてきた。

 身体の外と中から血液を吸い取られる音が脳に響く。


「は……、あ……」


 行為とは裏腹に痛みは全く無い。

 というよりも、これまで感じたことのない快感が全身を駆け巡り、そのまま目の前は真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る