何でも知ってる宇宙人

山木 拓

何でも知ってる宇宙人

   ①


 今の時代、両目を手のひらで覆うだけで、誰もが宇宙人と交信できる。特殊な電波を送受信する装置を指先に埋め込んで、眼球と一定の距離でキープすると、それは作動する。だから交信しようとすると、自然と両目を覆うポーズになってしまうのだ。

 産まれ落ちたら必ず装置を埋め込まなければならないとか、そういう義務は特に無い。しかしそれでも皆が宇宙人と交信したがるのは、何かと便利だからだ。大抵みんな十代中盤か後半あたりで自分から望んでそうする。大学生二年生のユウもみんなと同じく、自分から進んで埋め込んだ。


   ②


 ユウにとって、大学の講義は退屈だった。せっかく世間での評判も良い大学に入ったのに、特に目的意識も持っていなかったので教授の長話も聞く気にならない。だから時々ユウは両目を手のひらで覆った。

「やあ、また話し相手になってよ」

『どうしたの、ついさっき話したばかりじゃないか』

 宇宙人の名は、キィウィという。ユウが交信する際は決まってキィウィが現れる。どうやら宇宙人の中でも地域ごとで交信に対応する者が決まっているらしい。

「今日はあの漫画の展開について語りたいんだけど」

『ああ、こっちも最新話をバッチリ追いかけているよ』

 キィウィは地球の漫画にとても詳しかった。だからユウがニッチな漫画の話題を持ち出しても、会話が盛り上がった。ただ、キィウィは詳しいだけじゃない。どんな些細な事でも覚えているのだ。漫画の作者の裏話や、登場人物の詳しいプロフィールなど、なんとなく展開を追いかけているだけでは知れない情報も頭に入っていた。ユウにとってこれほど趣味の合う相手はいなかった。二人のこの交信は、講義が終わるまで続いていた。

「ありがとう、楽しかったよ。また連絡すると思う」

『分かった、いつでも待ってるよ』

 ユウは交信を終了した。そして次の講義へ向かった。


 つい先ほどまでユウと話していたキィウィは、交信管理者のソスに質問を受けていた。交信管理者は、地球人との会話内容や盛り上がり具合を確認し評価する。そこで宇宙人が高い評価を受ければ、次の交信も任されるし高い報酬も得られる。つまりキィウィ達は、これを生業としているのだ。

『君はずっと漫画の話をしていたけれど、どこでそれを知ったんだい?』

『私は地球の漫画がとても好きなので色々と読み漁っていました。そのおかげです』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』


   ③


 ユウは自宅のノートパソコンの前で固まっていた。教授に課題を出されたので、レポートを作らねばならなかったのだ。ただ単に、教授が用意した論文を読んで自分なりの意見を述べるだけなのだが、なかなか手をつけれらなかった。イチイチ文字だらけの何かを読まなければならないその行為が億劫だったのだ。所々を掻い摘んで読むのが精一杯で、すぐに集中力が切れて部屋にある漫画を読み始めてしまった。無意味に過ぎていく時間に危機感を感じたユウは、両目を手のひらで覆い、キィウィを頼った。

「君は地球についていろんな事を知っているよね。だから助けて欲しいんだ」

 ユウはことのあらましを伝えた。

『なるほどそれは確かに面倒な問題だ。でも、そういう時のために宇宙人と交信できるようにしたんだもんね。是非任せてよ』

 こうして課題の手伝いを快く受け入れた。しかしレポートでキィウィなりの意見を述べるにしても、講義の内容や教授の用意した論文はユウしか知らない。だからまずユウは、論文で使われていた単語を、断片的な記憶を探りながら伝えた。その上でキィウィは、地球上の様々な本や論文を読み漁った。ユウの絞り出した断片的な言葉や文章が出てくる書物を探したのだ。そうすればきっと、用意された論文を読まずとも教授が評価してくれるレポートを準備できるかもしれない。色々な書物を読み、時間をかけて、最後にはキィウィなりに文章をまとめ上げた。また、ユウはキィウィがまとめたその内容がよく分からなかったので、キィウィにいくつもの質問をして理解を深めた。

「ありがとう、すごく参考になったよ」

 そう伝えて、ノートパソコンのキーボードを叩き始めた。ユウはキィウィなりにまとめたレポートの内容をそのまま書き記した。


 ソスは、キィウィが地球人にとって大いに役立っていたのを理解していた。地球人からの言葉に耳を傾け地球人の要望に応えるという、この生業において最も重要な事を確実に成し遂げていたからだ。ソスはキィウィの仕事ぶりを褒め称えながら、交信内容の確認を始めた。

『地球人からの質問に全て答えていたのは本当にすごいね。しかしそれにしても、君はそういった知識をいつ身につけたんだい?』

『地球人のために地球の書物を読んで、その中に書いてあった事を答えていました』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』


   ④


 ユウの生活はそれほど楽ではなかった。ユウは大学に通うために田舎から都会に出てきて一人暮らしを始めていた。なので、大学の費用と家賃の一部は両親に負担してもらっているものの、他の生活費は自分で賄うしかなかったのだ。だからユウはアルバイトをしている。今日も今日とて講義を終えると、その足でアルバイト先に向かった。おおよそ七時間の労働をした後に家へ帰る。その後は、すぐさまベッドで寝られる日もあれば、夜な夜な課題に取り組まなければならない日もある。そんな生活だった。

 確かに他にも同じような境遇の大学生はいるかもしれない。しかしユウは厄介なことに、労働の疲れ具合に対して時給が安いという、割の悪いアルバイトにしかありつけなかった。大学に通うためにアルバイトをしていたのに、アルバイトの疲れのせいで大学を休んでしまう日もあった。また、大学を休まなかったとしても、時々電車を寝過ごして講義に遅刻してしまっていた。通過した大学近くの駅へ戻る電車の中で、これではいけないと思い立ったユウは両目を手のひらで覆い、キィウィに相談した。

『確かに、その状況は改善する必要があるね』

 最近の自身の状況を伝えると、キィウィは同意した。

「じゃあ、どうすればいいかな」

『アルバイトを疲れないものにする、なんてのはどうかな』

「疲れないアルバイトってどう探せばいいの?」

『それは、えっと、どうすればいいんだろう』

 この問いに、キィウィは答えられなかった。しばらくの沈黙の後、知らない宇宙人の声が聞こえた。

『ごめんね、うちのキィウィが。どうやらあいつにとって答えにくい質問だったみたいだね』

「えっと、貴方は誰?」

『私はゴチャ、よろしく。話は聞いてるよ、楽なアルバイトを探してるんだって?』

「そうなんだ。何か探す方法はないかな」

『探すも何も、私は楽なアルバイトがどういうものかを知っているんだ。その傾向と条件を教えてあげるよ』

 ゴチャはユウに、事細かに説明した。

「ありがとう、教えてもらってよかった」

 ユウはすぐに、傾向と条件に添うアルバイトを探し始めた。


 その頃、キィウィはソスに怒られていた。

『困るよ、ああいうふうに黙り込むのが一番いけないんだ。せっかく地球人が交信してくれているのに、意味がなくなっちゃうだろう。せめて何か答えないと』

『申し訳ありませんでした』

『とりあえず次回からはあの地球人についてはゴチャと交信してもらうから。次の地球人との交信ではこのようなことがないように』

『わかりました、気をつけます』

 こうして、ユウとキィウィは交信しなくなってしまった。

 ソスがキィウィと話し終えると、今度はゴチャの交信内容を確認し始めた。

『地球における楽なアルバイトの傾向と条件は、どうやって知ったんだい?』

『これまでの交信で何度か、地球人と楽なアルバイトについて話しあう機会がありました。その事を思い出したのです』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』


   ⑤


 ユウには好きな人がいた。その人は、ユウと同じ講義を受けていた。そして、講義にはたまにしか出席しないのだが、教室に来た際は決まってユウの隣に座った。そしてユウに色々と話しかけていた。

「また出席してるんだ。相変わらず真面目だね」

「そっちが不真面目なだけなんじゃない?」

「生意気なこと言ってくれるじゃん」

 その人はいつも、ユウに小気味よく軽口を叩いていた。ユウにとってその時間はとても心地よかった。

「それよりもユウ、教授の話しっかり聞いておいてね。新しく出る課題だとか、次の試験の内容が話題に出たら是非教えて。こっちは寝るから」

「君もちゃんと聞きなよ」

「ごめん、もう寝た」

「まったく、勝手なやつだな」

 その人との関係は、同じ講義を時々一緒に受ける、それだけだった。あとはノートを見せてあげたり、課題や試験の内容を伝えるぐらい。二人は大学の中でしか会話をしたことがなかった。しかしユウはその人の事がたまらなく好きだったので、それ以上を望んでいた。ただ、どうすればいいのか分からず、一緒にご飯を食べたり映画を観たり、そういう約束すらも取付けられなかった。講義の間はその人が寝ている姿を横から眺めるばかりだった。

 講義が終わるとユウは大学のトイレに篭った。そこで両目を手のひらで覆い、この悩みをゴチャに打ち明けた。

「どうすればその人と今よりずっと仲良くなれるかな?」

『とりあえず、君の考えていたような、ご飯だとか映画に誘えばいいんじゃないかな』

「やっぱりそうか。誘いは受けてくれるかな?」

『きっと上手くいくよ』

「そうかな。でも、どうしてそう思ったの?」

『その人には、別に避けられたりしていないんだろう? そもそも嫌われてはいないだろうし、誘ってみる価値が充分にあるからだよ』

「ありがとう、頑張ってみるよ」


 ソスは、ゴチャの事をとても気に入っていたし、頼りにしていた。他の宇宙人が黙り込んでしまうような地球人の質問や悩みを簡単に答えてしまうからだ。ソスは流れ作業のように、ゴチャの交信内容の確認を済ませた。

『それにしても、地球人の恋愛事情について随分詳しいんだね』

『前にも他の地球人が同じような悩みを持っていたヤツがいた気がするので、それと同じような内容を受け応えしたまでですよ』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』


   ⑥


 それから一年経って、ユウは仕事を探し始めた。会社の説明会を何社も受けていた。しかし自分が何の仕事に向いているのかも分からないし、自分がどういう仕事をしたいのかも分からない。部屋でぼんやりとテレビを眺めながら、その事を悩んでいた。周りは仕事探しのために必死に行動しているが、自分は必死に行動していない。何かしなければならないが、何をしたらいいか分からない。ユウは焦っていた。そういう時はいつも、両目を覆ってゴチャを頼った。

「ねぇゴチャ、悩みがあるんだ。仕事ってどうやって決めればいいのかな」

『それは大きな悩みだね。仕事は今後の人生何十年も向き合うものだ、そう簡単に決められないよ』

「そうなんだよ。いろんな会社の話を聞けば聞くほど益々決められなくなってしまって」

『なるほど。でも君は今、全く別の選択肢を見逃しているよ』

「全く別の選択肢?」

『会社をどこか一つ選んで入るのは、絶対なのかい? そんな事はせずに、自分で仲間を集めて会社を起こしたっていいし、自分一人で何か稼げる方法を考えて仕事をするのも良いんじゃないかな』

「確かにその通りだ、別に会社に入らない人生だってあるね。それは考えもしなかった。悩みが一気に晴れてしまったよ」

『それはよかった』


 ソスは、ゴチャが地球人にとって大いに役立っていたのを理解していた。地球人からの言葉に耳を傾け地球人の要望に応えるという、この生業において最も重要な事を確実に成し遂げていたからだ。ソスはゴチャの仕事ぶりを褒め称えながら、交信内容の確認を始めた。

『それにしても、君があんなに重たい悩みをすぐに解決してしまうとは』

『他の誰かが、そんなような事を言っていたと思うんですよね。それを参考に話したまでですよ』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』


 ゴチャが交信している場所のすぐ近くには、キィウィの仕事スペースがあった。ちょうど同じ頃、キィウィも地球人との交信を終えた。ソスはキィウィの元へ移動し、交信内容の確認を始めた。

『君は地球の政治についてすごく詳しいんだね。いつ、どこで、どのようにして、地球の政治について知ったんだい?』

『どこかでそんな話を聞いたんです』

『なるほど、君は確かな情報源に基づいて喋っていたのだね』

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