プロローグ 志葵真日路③

 蓋代島に上陸した真日路は、島の風景に目を丸くした。第一印象は「思ってたよりずっと都会」だった。真日路の様子を見て潮は「ど田舎って思ってたでしょ」と、少し意地の悪い、しかし優しい笑みを浮かべて言った。

「そん、そんなことはないけど」真日路は舌を噛みそうになりながらそう答えたが、正直驚きを隠せなかった。

 見たことも聞いたこともない店名なのに、都市部のショッピングモールのような規模の商業施設や、島中を回るモノレール、並行する高速道路、長さ1kmはあろうかという大きな商店街に並ぶ店々。ある程度の過疎ぶりを覚悟していた真日路にとって、それは嬉しい誤算だった。


「この島はね、意外と歴史が古いんだよ。いつから発展したのかもわからないくらい。大昔にあった地震で隆起した島って話もあるけど、文献がないんだ。湧いたように急に地図に書かれるようになってるんだ。もしかしたら見つかってないだけかもしれないけど。うちの神社は割と古いんだけど、それらしい記録がなくて。ちょっとした伝承というか伝説というか、そう言ったものが少しあるくらい。・・・ちょっと浮世離れした街並みだと思うでしょ。昔から外国の船がしょっちゅう出入りしてたみたいで、いろんな文化とか技術がごちゃまぜになってるんだ。当時は本土よりよっぽど発展してたみたいだよ」。

「はあ〜」思わず変なため息が口から漏れたが、さっき言っていた伝承というのが気になり出した。

「どんな話なの?その伝承?伝説?」

「えっと、大昔夫婦の神様が降りてきて、途中で離れ離れになっちゃって、さびしくなった女神が海で8人の子供を産んだんだって。子供たちに男神を見つけろと託して、女神は海の泡に包まれて海底の岩になった。その子供たちが大きくなって、八方に分かれて長い旅を繰り返した末に、8人のうちの1人がこの島を作って暮らし始めたとか。かいつまんで言うとそんな感じの話」。

 国生み神話のみたいな話ねと真日路は言いそうになったが、まずは無言で続きを促した。

「それから、残りの7人の子供たちは旅先で伴侶を見つけて子供をもうけてはこの島に連れてきて、子孫もどんどん増えて発展したんだって」。

「じゃあ、その話で言うと、この島の人たちはみんな神様の子孫ってこと?」

「そうなるといえばそうなるんだけど、神格化されてるだけで、大陸から船で流れ着いた人が住み着いたっていうのが大元の話じゃないかな」。

 そう言われて、改めて潮を見ると、どことなく中東の人のようなくっきりした相貌にどこか異国の血を感じる。

「淡路島のさ、おのころ島の話だって、よくよく紐解くと日本に稲作や技術を最初に伝えた人たちの話って言うし、自国の黎明期に活躍した人たちを英雄視したり神格化したりするのは、どの国でもあるんじゃないかな。蓋代島の伝承だって似たようなものだよ。違うのは––––––」そう言って潮は島の西側にある海を挟んだ先に突出した断崖を指差し、「この神話の続きが江戸時代の中後期になって急に作られたんだ」。

「作られた?」

「そう。まさに『作られた』。人工というと変だけど、当時、この島に起きた出来事が神話を彷彿とさせるような事だったみたいで、その時からうちの神社でもう一柱、神様が鎮座することになったんだ。文献に書かれた内容が本当なら、とても神様とは思えない姿なんだけど」。

「へえ。なんて神様なの?そんなに怖い姿なんだ」。

「かなり恐ろしかったみたいだよ。––––文献によると、この島を七日七晩に渡り嵐が襲った。この世の終わりかと思ったくらい、空は蛇のようにのたうった稲妻と渦巻いた雲に覆われて、みんなが空を見上げる中、その神様は大きな雷音と共に地中から現れた。姿はそれこそ妖怪というか、髑髏というか、神様は神様でも西洋の死神のような。巨大で、火を身体中から撒き散らして両手で這いずり回っては、泣くようにげえげえ言いながら燃えるものは全て炎に変えていったって」。

「なにそれ。こわっ」。真日路はそう言いながら、早く続きを聞かせてと期待を込めた表情で潮を見つめた。

「怖いよね。僕も両親や祖父母からは悪さをするとアメノミカヅチノオオカミがお仕置きするぞって子供の頃はよく叱られた」。潮は軽く後頭部を撫でながら照れるような笑みを浮かべて言った。

「アメノミ・・・?聞いたことない名前」。真日路は神社仏閣巡りをほとんどライフワークのようにしていただけあって、神仏の名前は全て覚えていたのだが、潮の口から出たその名は、これまで聞いたことも神話にも登場してこなかった。強いて言えば天之御中主神アメノミナカヌシという、日本最初と言われる神様の名前に似ているが、成り立ちも事績も(もっとも、天之御中主神は何をした神なのか全くわからないのだけど)違う。

「アメノミカヅチノオオカミ。ここにしかいないからね。本社末社もない。日本のどこを探しても多分この島だけだよ」。潮は胸ポケットからメモ帳を取り出し、さらさらと何か書きながら答え、そして書き終わったのかメモを真日路に見せた。


 天之御雷槌大神


 メモに書かれた漢字を見ても、やはり初めて聞く名だった。

「そのアメノミカヅチノオオカミって、それからどうなったの?」

「炎に飲まれながら消えていったって。生き残った人たちでなんとか復興して、ようやく元の村の状態に戻ってきた頃、今度は切り捨てられた村人が発見された。その遺体には体に刃物で切られたような傷があったけど、一切血が出ていなくて、切り傷の周りが青く石化してたんだって。海の色みたいな青。村では権力のある人だったみたいだけど、横暴で、濡れ衣を着せられて打首になった人もいたみたい。それからしばらくして、今度はあの崖の下に刀が打ち上げられてたんだ。海水に浸かっていたのに錆び一つなくて、刀身は青く透き通ってて、鉄とか鋼とか、そう言った素材じゃないのは一目瞭然だった。その刀が今うちの神社に祀ってあるよ」。

 真日路は潮から話を聞いて、とてもたまらなくなった。神社仏閣巡りをライフワークにしててよかった。病気になってよかった。これらがなかったらこの流れはなかった。決めた。私はここに住む。日本のどこにもない、この島だけの神話と、そしてこの人と一緒に私は生きていくんだ。

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晴天の地下室 柿木梓杏 @CyanKakinoki

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